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取材報告

2010
情報処理学会と日本医療情報学会が共催
「e-Health時代の医療情報処理アプローチを考える」開催

会場は満員の盛況
会場は満員の盛況

武田 裕氏(大阪大学)
武田 裕氏
(大阪大学)

山本隆一氏(東京大学)
山本隆一氏
(東京大学)

大江和彦氏(東京大学)
大江和彦氏
(東京大学)

柴田真吾氏(大村市民病院)
柴田真吾氏
(大村市民病院)

大井川和彦氏(マイクロソフト)
大井川和彦氏
(マイクロソフト)

浦本直彦氏(日本アイ・ビー・エム)
浦本直彦氏
(日本アイ・ビー・エム)

 情報処理学会と日本医療情報学会による「e-Health時代の医療情報処理アプローチを考える」が,3月8日から12日まで開催されている情報処理学会創立50周年記念全国大会(会場:東京大学本郷キャンパス)の中のプログラムとして3月10日(水)に行われた。創立50周年記念全国大会は,情報処理学会の創立50周年を記念して開催したもので,東大キャンパスの施設を利用してさまざまな講演,シンポジウム,展示会が企画され,6000名以上が参加登録した。
  今回のシンポジウムでは,両学会の共催企画として,現在,ナショナルプロジェクトとして実証事業が進められているPHR(Personal Health Record)の現状と課題を中心に,PHRで課題となるセキュリティや標準化の取り組み,地域医療連携システムを運用する長崎からの報告,PHRのプラットフォーム・サービスの現状,PHRを支えるインフラとして注目されるクラウドコンピューティングについてと,「e-Health」をめぐるさまざまな話題について,講演とパネル討論が行われた。
  最初に,プログラムの司会を務めた大阪大学大学院医学系研究科の武田 裕氏が講演し「e-Health 時代の医療情報処理アプローチ」についての現状と課題をポイントを上げて概説した。武田氏は,電子カルテなどの診療情報から周辺データまで医療情報の電子化が進み病院のシステムとしては完結するレベルまできたが,これからは地域医療連携や健康情報との連携が必要な段階にきているとして,EHR(Electric Health Record:健康情報まで統合したシステム)やEMR(Electric Medical Record:個人の生まれてからの生涯の医療データを統合したシステム)が必要になっているとした。ただし,それを実現するためにはセキュリティや患者個人を特定するためのID,収集するデータの標準化など,クリアすべき課題は多く,情報科学・工学系の研究・開発に期待するところが大きく医療と工学の連携が必要だと述べた。

 続いて「EHRと社会基盤の動向」を講演した東京大学大学院情報学環准教授の山本隆一氏は,日本における医療の情報化への取り組みと現状を振り返り,厚生労働省・総務省・経済産業省の3省連携でPHRの実証事業が進められている沖縄県浦添市の健康情報活用基盤実証事業を紹介した。実証事業では,シングルサインオンによる認証システム(SAML2.0)や安全な属性情報の流通(ID-WSF2.0)など,PHRの基盤となる技術の実証が進められている。山本氏は,これらの技術を活用してインフラとなるミニマムなPHRをユニバーサルサービスとして提供することで全国展開や事業化の可能性が期待されるが,事業仕分けで社会保障カードの先行きが不透明になったことでPHRの根幹となる個人を認証するIDが問題になっていると述べた。さらに,データの二次利用とプライバシー保護は,アメリカでも「医療情報は安全ではなく,役にも立っていない」という論文が出ていることを紹介し世界的な課題だとした。

 東京大学大学院医学系研究科教授の大江和彦氏は,データの2次利用の点から「e-Health のための医療情報の標準化」について講演した。大江氏は,電子カルテから悉皆型標準化匿名臨床データベースをめざすことが重要だとして,現在,全国の入院患者の2分の1のデータが蓄積されているDPCの事例を挙げ,こういったデータベースを所見や検査データなど診療情報でも構築することが必要だと述べた。さらに,大江氏はPHRのような生涯に渡る診療情報を収集・管理するためには,長期継続利用性,経年変化対応性に優れたデータの保存方法が必要で,現在進めている“オントロジー工学”によるデータ処理の研究を紹介した。データの疫学的な利用のためには経年変化を含めた相互運用性を実現することが必要で,こういったデータベースや仕組みをクラウドによるSaaSで実現していくことがこれからの課題だと結んだ。

 「特定非営利活動法人長崎地域医療連携ネットワークシステム協議会『あじさいネットワーク』の取り組みについて」を講演した大村市民病院の柴田真吾氏は,長崎地域医療連携ネットワークシステム(通称「あじさいネット」)の運営の現況を紹介し,実運用の中で明らかになってきた医療連携システムのメリットと課題を講演した。あじさいネットは2004年10月から運用を開始し,現在は参加医療機関124施設,医師などの利用登録者160名,患者約1万人,情報提供側7施設に拡大している。柴田氏は,現在はネットワークの運用は医療機関の善意で行われており,今後はこれを事業として成立させる仕組みを検討していくことが課題だとした。さらに,医療従事者としてはITの活用によるサービスの質の向上を実感しており,それがヘルスケア領域まで拡大することで『PLR(Personal Living Record)』に発展して,ライフスタイルイノベーションが起こると期待している,と述べた。

 マイクロソフト(株)の大井川和彦氏は,「Microsoft HealthVault の目指すもの」として同社が米国で展開しているPHRのプラットフォームであるMicrosoft HealthVaultの概要を紹介した。HealthVaultは,個人が主体的に自らの情報を管理する仕組みで,クラウド上に医療・健康に関する情報金庫(vault)を設けて情報をコントロールできる。また,「HealthVaultコネクションセンター」では血圧計や体重計など計測機器の情報をHealthVaultに送ることが可能になっている。大井川氏は,アメリカでのメイヨークリニックなどHealthVaultを利用したサービスやヨーロッパでの状況などを含めて世界の動向を紹介した。

 最後に「クラウドコンピューティングと医療への応用―その期待と課題」を講演した日本アイ・ビー・エム(株)の浦本直彦氏は,クラウドコンピューティングの定義からその医療分野における応用の現状,メリットと課題について概観した。浦本氏は,クラウドコンピューティングでは,ネットワーク上のリソースを活用することで業務のあり方を変革できるが,反面データのセキュリティの保証が難しいというリスクをがあると述べた。その上で,“エビデンス・セントリック”なシステムを実現できるプラットフォームとして期待されるが,クラウドをビジネスとして成立させるエコシステムが重要だと強調した。

 パネル討論では,それぞれの講演内容を踏まえ,武田氏の司会で各講演者が「e-Health時代」に向けて,解決すべき課題と解決に向けたポイントをディスカッションした。
 PHRの基本となるIDの問題,データの2次利用のあり方,クラウド・コンピューティングの活用の方向性,医療情報安全管理ガイドライン4.1とクラウドの関係などについて議論が行われた。武田氏は「PHRは,国民の健康管理や福祉に役立つだけでなく,蓄積されたデータは新たな医薬品開発など次の世代の財産にもなる。その意義を理解していただき,実現に向けて各方面と協力しながら進めていきたい」と総括した。