インナビネット特集 インタビュー
川上 潤 氏(GEヘルスケア・ジャパン株式会社代表取締役社長兼CEO)日本の医療が抱える問題解決に貢献できるプライマリケア向け製品の開発やヘルスケアITの強化を進めていく

GEヘルスケア・ジャパンでは,2011年6月1日に川上 潤氏が新しい代表取締役社長兼CEOに就任しました。そこでインナビ・インタビューでは,ヘルシーマジネーションに基づき,“In Japan for Global”というコンセプトによる日本での製品開発や,新たな市場創出に向けて,陣頭指揮を執る川上社長に,今後の事業展開などをうかがいました。

● まず,新社長としての抱負をお聞かせください。

  GEでは現在,グローバル全体で,大きなイニシアチブとして「ヘルシーマジネーション(医療)」と「エコマジネーション(環境)」の2つを掲げています。ヘルシーマジネーションとは,想像力を駆使して,医療の提供のされ方を変えていこうというイニシアチブです。私は,このヘルシーマジネーションを日本で具現化したいと考えています。具体的には,日本の超高齢社会は急速に進んでいますが,これに対応した医療の提供のされ方を築く「Silver to Gold戦略」を推進します。この戦略を進めるために,これまでのCTやMRIなどのハードウエアだけでなく,これからの時代に合わせてITやサービスも含めたトータルソリューションを提供するヘルスケアカンパニーへと大きく変えていきたいと考えています。

● 社長就任から2か月が経ちましたが,これまでの手応えはいかがでしょうか。

  ヘルシーマジネーションもSilver to Gold戦略も,6月以降始めたものではありません。ヘルシーマジネーションは2009年に掲げたものですが,2年が過ぎ,着々と変化が出てきていると感じています。今年は東日本大震災の影響もあり,足踏みをした時期もありましたが,全体として良い方向に向かっています。1つの例として,私たちは2010年に超小型・軽量の超音波診断装置「Vscan」を発売開始しましたが,この装置がわが国のこれからの医療で重要となるプライマリケアのセグメントを築くことにつながると考えています。これまで日本にはプライマリケアのセグメントがありませんでしたが,これはその領域に対してのテクノロジーがなかったからです。私たちが新たなテクノロジーとしてVscanを提供していくことは,Silver to Gold戦略のソリューションにもつながります。現在,Vscanの全世界での販売数のうち,日本の比率は約4割となっており,非常に良い成功例だと考えています。
  また,私たちは,IJFG(In Japan for Global)というコンセプトで,日本で開発した製品を世界展開することを進めていますが,これも順調です。9月からは日本が開発・設計に大きくかかわった「Optima MR360 1.5T」の生産を国内でも行います。さらには,東日本大震災の被災地では,津波によって紙やフィルムの診療情報が紛失してしまう被害が出ましたが,今後の復興の中で,診療情報のIT化に取り組む動きが出てきています。こうした新しい医療のインフラ整備をする中で,私たちもご協力させていただいており,ヘルシーマジネーションやSilver to Gold戦略に沿った事業が展開できています。

● 東日本大震災の事業への影響はいかがでしょうか。

  社団法人 日本画像医療システム工業会(JIRA)の市場統計では,1〜3月の業界全体での売り上げが落ち込んでおり,4〜6月で回復基調にありますが,総合して上半期ではマイナスになっています。これは,昨年好調だったことの反動が出たことと,震災の影響が出ているからだと考えています。
  一方で,今回の震災でのユーザー施設の被害状況については,想定していた規模よりも少なくすんだと分析しています。震災後1か月の時点では,設置台数ベースで95%以上が復旧できました。この復旧にあたっては,支店・営業所の社員のがんばりも大きかったと思います。例えば,仙台支店では,震災によって建物に被害が出ましたが,翌日からサポート業務を再開し,社員は事務所に詰めて駐車場で寝泊まりしながら装置の復旧にあたりました。このような復旧作業では,二次災害の危険などが伴い,被災した施設に行くことが困難な場合もありましたが,リモートメンテナンスサービスである「InSiteBB」が非常に有効に機能し,MRIのクエンチを防いだり,早期復旧に貢献できました。
  このほかにも,GEの社会貢献活動団体であるGEファンデーションを通じて日本赤十字社と宮城県にそれぞれ1億円(125万ドル)を寄付したほか,超音波装置のVscan,「Voluson e」,外科用X線透視診断装置「OEC 9900 Elite」を寄贈しました。GE全体としては,1000万ドルの支援を行うとしており,今後も復興プロジェクトに協力していく計画を進めています。
  今年は,東日本大震災の影響でJRC 2011がWeb開催となり,2011国際医用画像総合展(ITEM in JRC 2011)もeITEM2011としてWeb上で行われました。私たちは,このほかにも,「GE healthymagination day」と題した製品展示会を5月下旬から8月下旬にかけて,全国各地で開催しました。展示の規模はITEMよりも小さいものの,例年ならばパシフィコ横浜にお越しいただけなかったお客様とも,ゆっくりお話しできる良い機会になったと考えています。

● 福島第一原発の事故以降,被ばくに関心が高まっていますが,放射線医療にたずさわるメーカーの立場からはどのようにお考えですか。

  CTの被ばく低減について,私たちはいち早く取り組んできました。今年発表した「Veo」は,一般X線撮影並みの圧倒的な低被ばくを実現した最先端の再構成技術です。一般臨床での使用の上では画像の再構成にまだ時間がかかりますが,よりスピーディにできるようさらに開発を進めていきます。また,CTの被ばくについては,業界としてきちんとした指標をつくらなければいけないと考えています。各社が「何パーセント被ばく低減」などと訴えていますが,一般の方々の被ばくへの関心や放射線についての知識が高まっている中,明確な基準を示す必要があります。私たちも,これまでは「従来製品の何パーセント」という表現をしていましたが,Veoの説明では,「何ミリシーベルト」とプロトコールを明記するようにしました。

● Silver to Gold戦略を進めていく上では,プライマリケア分野の開拓も重要だとお考えのようですが,その理由をお聞かせください。

川上 潤氏  今後の日本の医療の姿を考えた場合,超高齢社会の中で従来のように,かぜを引いたら大学病院に行くという医療は,非常に非効率的です。大学病院や地域中核病院は,これまでどおり高度な医療を担い,それを支えるプライマリケアを行う施設を充実させていかなくてはいけません。特に超高齢社会では,慢性疾患を抱える高齢者が増えるので,在宅医療も含め,プライマリケアのニーズは高まってきます。私たちとしても,これまでどおり,高度医療を行う大学病院などに高性能な装置を提供していくことに加えて,プライマリケアを成長分野と位置づけ,製品やサービスを手がけていきたいと考えており,さらにはITを用いてネットワーク化していくことも視野に入れています。
  プライマリケア分野の製品展開は現在検討中です。例えば,超音波装置や心電計などが挙げられますが,そういったものだけでなく,ITも含まれると思います。

● 今後の製品展開でも重要となる IJFG のねらいについてお聞かせください。

  グローバルな視点から見ても,日本のテクノロジーや日本市場で学んだことを製品開発に生かすことは重要です。これまでモダリティが普及するには,米国市場向けにハイエンドクラスの製品が開発され,それが段々と世界各国へと広まっていくという流れがありました。しかし,市場は世界の国,地域によって大きく異なります。従来のような画一的な製品開発では,うまくいきません。そこで,GEでは4年前に方針を転換して,米国市場だけでなく,個々の国,地域のニーズを取り込んでいくという,製品開発の多極化を図ることにしました。日本のほかにも,中国やインドなど,それぞれの市場のニーズに合った製品を手がけているのですが,日本で開発された製品は,国内市場だけでなく,米国,ヨーロッパ,新興国の市場にもマッチして,受け入れられています。日本の製品は,ハイエンド装置のパフォーマンスを持ちながら,コンパクトで,省エネ,ライフサイクルコストが低いというのが特長です。米国やヨーロッパでもハイエンドの装置ばかりを求めるユーザーばかりではないので,高いニーズがあります。コンパクトな装置というのは,米国の開発陣からはなかなか出てこない発想です。そういう点で,日本の製品はグローバルで受け入れられやすいと言えます。
  IJFGの製品としては,最初に手がけた「Signa HDe 1.5T」(MRI)や「Optima CT660」などがあります。Signa HDe 1.5Tは,開発時には米国もヨーロッパもあまり関心が高くなかったのですが,いざ発売すると非常に好評でした。また,Optima CT660も日本での販売は1/3程度で,ほかはヨーロッパなどです。米国でもFDAの承認を得たので今後販売台数が伸びると期待しています。
  IJFGを進めるにあたっては,当初IJFJ(In Japan For Japan)という考えで,日本国内向けの製品を考えていました。しかしそれでは,グローバルに向けてアピールできずに,中国やインドなどの新興国に開発などのリソースが持っていかれてしまい,日本の将来性が失われてしまいます。そこで,私たち日本のGEヘルスケアでは,国内のニーズから学んだことを生かし,グローバル市場で戦える製品をつくることにしたのです。

● IJFGを進める上で日本での開発体制についてお教えください。

  日本の開発部門にはもともと非常に優秀な技術者が数多くいます。彼らの力をフルに発揮することで,すばらしい技術・製品の開発ができると考えています。また近年,“GEヘルスケア”というブランドが確立されてきたことで,若く有能な技術者が,国籍を問わずどんどん私たちの仲間に加わってくれています。いまだったら私など入社できないくらい,みんな優秀です(笑)。そういう意味で,開発の質が高くなってきていますし,みんながIJFGで,日本からグローバルへ製品を出していくぞという気持ちを持って取り組めていると思います。

● 若く有能な社員をまとめるために,リーダーシップをどのように発揮されていますか。

  “Purpose(目的)”を与えることが大事です。若い世代の人たちは,「社会にどのように貢献できるか」といったことや自分の存在意義を仕事に求めています。グローバルのGEヘルスケアでは,“At work for healthier world(より健康な世界を作るために)”というPurposeがあり,加えて日本では「我々は,患者さんのために最善を尽くすことに誇りを持つ」を企業理念に掲げています。これをPurposeとして社員に意識してもらい,グローバルに自分たちの製品を出していくという目標をもって取り組めるようにしています。スポーツ界では多くの若者が世界最高レベルの場でプレーしていますが,私たちの業界でもグローバルな市場で戦える,グローバルでのキャリアが開かれているというのは,大きな魅力があると思います。最近の日本は元気がないと言う方がいますが,若い社員を見ていると,決してそんなことはないと感じています。どんどん良い人材も出てきているし,だからこそ,IJFGという展開ができるのだと思います。

● グローバルの話題が出ましたが,海外市場は今,どのような状況でしょうか。

  2011年は,国・地域によってはっきりと差が出ています。新興国は伸びていますが,米国・ヨーロッパ市場は厳しいです。米国では国債の格下げもありましたし,ヨーロッパでも一部の国で経済危機が長く続いている状況で,それを反映して市場は伸びていません。成長が著しいのは,中国,インド,東ヨーロッパ,アフリカ,南米で,これらの地域がグローバルでの成長に貢献しています。かつては米国が中心と言われていましたが,ここ数年でそういう時代ではないということを実感しています。GEヘルスケア・ジャパンはGEのアジアパシフィックに属していますが,この地域の中では特に東南アジアへの期待が高まっています。東南アジアでは,まだ医療の整備が行き届いていない国もあり,例えばインドネシアの周産期医療では,助産師が竹の筒で胎児の心音を聴いて状態を確認するということが今でも行われています。GEでは政府と協力して,周産期医療にVscanを使っていただくようなプロジェクトも進めています。これはヘルシーマジネーションの一環だと言えます。

● 円高の勢いが止まりませんが,影響は出てきていますか。

  円高については,良し悪し両面の影響があります。GEヘルスケア・ジャパンとしては,日本で生産している製品と輸入している製品がありますが,輸入製品に関しては,円高はプラスです。一方で,日本で生産している製品の輸出についてはマイナスとなります。特に,日本での生産については,これ以上円高が進むと,見直しが必要になってくるのは避けられないでしょう。
  ただし,IJFGの製品については,必ずしも日本で開発から生産まで行う必要があるとは思っていません。クオリティの高い製品を作れるのであるならば,海外生産も柔軟に考えていくべきだと思います。ただし,日本の責任者としては,日本で製品をつくることの付加価値は大きいと思っています。

● 日本の技術と言えば,今秋新たにクラウド型のデータホスティングサービス「医知の蔵」を開始されますが,そのねらいは何でしょうか。

  モダリティの高性能化,高機能化によって,データ量が増大しており,読影はもとよりデータの保存など運用管理の負担も無視できないものとなっています。以前からユーザーの先生方からは,データ運用のソリューションを提供してほしいという要望がありましたし,2010年には厚生労働省が診療情報の民間事業者による外部保存を認めました。私たちとしては,こうした状況を踏まえ,医療機関で問題となっているデータ保存を請け負う事業を開始することにしました。それが“医知の蔵”です。医療機関にとっては,サーバのハードディスクの容量を抑え,運用管理の負担も軽減することができ,経営改善につなげることが可能だと考えています。
  日本国内でこのようなデータホスティングサービスを行っている企業はほとんどありませんので,私たちとしては,これを第1ステップとして,しっかりと進めていきたいです。その先の展開については,大規模病院が医知の蔵を利用することで,周辺の中小規模病院や診療所と,データ共有などの医療連携をできるようにすることです。ITを使った地域医療連携では,データセンターの設置場所や運営費用などが問題にされますが,医知の蔵のようなサービスを利用すれば,こうした問題も解決でき,医療機関が相互にデータを参照できるようになります。このように,医知の蔵をデータセンターとして,地域医療連携でのデータ共有に利用してもらうことを第2段階とすると,第3段階では,医知の蔵でのアプリケーションソフトウエアの提供が考えられます。中小規模病院や診療所では,コストの面で自前でサーバを保有してアプリケーションソフトウエアを導入することが難しい場合がありますが,これを医知の蔵を通じて提供し,データを参照できるようになれば,本格的なクラウドコンピューティングが実現します。私たちとしては,こうしたサービスが提供できるように,慎重にこのステップを進めていくつもりです。時間はかかるかもしれませんが,医療の提供の方法を変え,Silver to Gold戦略にも通じると,大きな期待をしています。

● 2009年にバイオテクノロジー関連事業を行うGEヘルスケア バイオサイエンスと事業統合してライフサイエンス事業を強化していますが,現状についてお聞かせください。

  ライフサイエンス事業の場合,製薬企業や研究機関を対象とした事業となるので,フロントエンドでオーバーラップする部分は現在は少ないのですが,バックオフィスのファイナンスやオペレーションの仕組みなどの面で,事業統合のメリットが生まれています。また,ライフサイエンス事業は非常に付加価値が高く,利益率の高いビジネスです。どのように価値を付加するか,差別化をどのように図るか,そのノウハウは,モダリティの事業に生かせると考えています。
  ライフサイエンス事業については,2011年の7月に武田薬品工業との間で,私たちが研究用機器の資産管理を一括で行う「Scientific Asset Services(SAS)」の契約を締結しました。今後は,このような新しい事業を展開していきたいと思います。加えて,ライフサイエンス事業では,いろいろな分野の製品やサービスなどを結びつけて,統合のシナジーを生み出していきます。

● プライベートについても,うかがいます。休日はどんなことで息抜きをなさっていますか。

川上 潤氏  私は高校まで野球部にいて,社会人になっても軟式野球を続けてきましたが,3年ほど前からは再び硬式野球を始めました。高校のOBたちでつくったチームで,プレーしています。マスターズ甲子園という大会があり,地区予選を勝つと甲子園で試合をすることができます。先日も試合があったのですが,みんな真剣で,試合の時など「ここでエラーはできない」と,仕事より大きな緊張感がありますね(笑)。

● 最後に読者へのメッセージをお願いします。

  ヘルシーマジネーション,そしてSilver to Gold戦略を進める上では,IJFGが重要となります。日本の医師・診療放射線技師の先生方は非常に高い能力を持っていますので,私たちの製品開発には,皆さんの協力が必要です。ぜひ皆さんのご意見をお聞かせいただいて,一緒に日本発の製品をグローバルへ送り出したいと考えています。

(2011年8月17日(水)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
東京大学経済学部卒業後,日本ブース・アレン・アンド・ハミルトン株式会社に入社。1994年にノースウェスタン大学でMBA(経営学修士号)を取得し,1997年に日本ゼネラル・エレクトリック株式会社に企画開発部長として入社。2000年に取締役となる。2003年からはGEメディカルシステム・インターナショナル アジア サービスのセールス&マーケティング担当ゼネラルマネージャーとなり,翌年にGE横河メディカルシステム株式会社(現・GEヘルスケア・ジャパン株式会社)常務取締役サービス統括本部長。2007年に常務取締役営業本部長,2009年に取締役副社長画像診断機器統括本部長,取締役副社長ヘルスケア統括本部長を経て,2011年6月1日に代表取締役社長兼CEOに就任。

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