リアルワールドにおける虚血性脳卒中AI解析の今と未来 〜Abierto Reading Support Solution for Neuro〜 
柴田宗一郎(聖マリアンナ医科大学 脳神経内科)
Session(1): Healthcare IT

2023-6-26


柴田宗一郎(聖マリアンナ医科大学 脳神経内科)

虚血性脳卒中では,急性期における再開通療法の適応判断を迅速かつ適切に行うことが予後改善のために重要になる。本講演では,当院にて実施したキヤノンメディカルシステムズの読影支援ソリューション「Abierto Reading Support Solution(Abierto RSS) for Neuro」を用いた臨床研究の結果を中心に,人工知能(AI)解析を用いた虚血性脳卒中の診療支援の可能性について述べる。

虚血性脳卒中の疫学と現状

脳血管障害は,死因別の死亡率は第4位,要介護度別に見た介護が必要となった主な原因でも要介護度1〜3で第2位,要介護度4,5で第1位と日常生活動作(ADL)を低下させる疾患である。死亡率を下げ後遺症を残さないためには早期の治療が必要だが,脳梗塞診療においては施設間や地域によって格差があることが報告されている。施設別の発症4.5時間未満に来院した脳梗塞症例に対するrt-PA静注療法の実施割合は,0〜60%と施設によってバラツキがある1)。また,人口10万人当たりの機械的血栓回収療法の治療件数は,山梨県や愛媛県などでは少なくなっている2)
虚血性脳卒中のうち,脳梗塞は脳血流量低下のレベルによってさまざまな機能障害が起こる疾患である。ただし,血流量が低下することで直ちに不可逆的な機能障害が起こるわけではなく,血流が早期に回復することで機能回復が望める疾患でもある。この回復可能な領域を「ペナンブラ(不完全虚血部位)」と呼び,血流低下が短時間であるほど回復の可能性は高くなる。したがって,脳梗塞においてはできるだけ早く血流を回復させることが重要であり,速やかなrt-PA静注療法や機械的血栓回収療法の施行が望まれる。

rt-PA静注療法の障壁

rt-PA静注療法は発症4.5時間以内に使用することで機能予後改善が期待できるが,使用には禁忌の除外が重要となる。その適応判定に用いられるのが,ASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score)である。ASPECTSは,規定された2断面のMCA領域を10か所に区分し,早期虚血性変化がなければ10点,全域に見られれば0点と減点法でスコアリングを行う。ASPECTS 5点以下が広範梗塞で,rt-PA静注療法の禁忌となる。
しかし,専門医以外の医師には,CT画像から梗塞部位を判断するのは難しく,これが急性期の虚血性脳卒中に対する適応判断の障壁になっていると考えられる。へき地や離島におけるrt-PA静注療法には,脳卒中専門医の不在や診察技術の問題,rt-PA静注療法の禁忌を適切に除外することなどの障壁があるが,最も解決が難しいのが画像読影(ASPECTS評価)だと言える。実際に発症早期(100分以内)のASPECTSには評価者間の評価の差が大きく,また経験の差が大きいことも報告されている3)

Abierto RSSを用いた臨床研究

そこで,人工知能(AI)の技術を活用して,(1) 読影精度を一定にすることはできないか,(2) 急性期治療(特にrt-PA静注療法)を安全に施行するためのツールにできないかの検討を目的として,Abierto RSS for Neuroを用いた臨床研究を行った。

1.対象・方法
図1にstudy flow chartを示す。当院に入院した脳梗塞患者500例のうち評価が可能な448例を,発症から48時間以内に頭部CT検査を行った集団1と4.5時間以内に行った集団2に分けて検討した。評価方法は,最初に放射線科専門医と脳卒中専門医各1名が,単純MR画像を参考にしながら基準となるASPECTSを作成した。次に,脳卒中専門医と神経内科のフェロー,レジデント各2名の計6名が,運動麻痺情報のみで単純CT画像を読影してASPECTSを評価した。そして,最後にAbierto RSS for Neuroを参考にしてASPECTSのスコアリングを行った。それぞれの結果について,基準のASPECTSに対する一致率,感度,特異度を算出した。

図1 Study flow chart

図1 Study flow chart

 

2.患者背景
今回の研究対象となった患者の背景を図2に示す。年齢は集団1が平均73.8歳(SD=13.2),集団2が平均74.8歳(SD=13.0),性別は男性が272例(60.7%)と76例(57.6%)と,日本における脳梗塞患者の年齢,性別の割合とほぼ近似していた。また,NIH Stroke Scale(NIHSS)は中央値が集団1が3,集団2が4.5となっている。これまでの同様の臨床研究では,NIHSSが15点以上と重症な疾患群を対象にしたものが多かったが,日本におけるNIHSSの50%値は4と報告されており1),今回の研究対象は日本における虚血性脳卒中の実臨床に類似した集団だと言える。

図2 患者背景

図2 患者背景

 

結 果

集団1(発症48時間以内)の読影精度を比較した結果を図3に示す。統計については級内相関係数を使用した。Abierto RSSを加えた評価では,専門医とほぼ同等の精度となっている。これは集団2(発症4.5時間以内)でも同様であった。次に,集団2(発症4.5時間以内)の医師およびAbierto RSSを加えた場合の感度・特異度を図4に示す。Abierto RSSを使用した場合には,感度は専門医と同等もしくはやや劣る,特異度は向上することが示された。
これらの結果から,今回の臨床研究では実臨床に即した集団での検証の結果,Abierto RSSの解析結果を参考にした場合では専門医と同等の読影精度があり,医師と比較して感度は同等で,特異度が高いことが示された。

図3 読影精度の比較(発症48時間以内)

図3 読影精度の比較(発症48時間以内)

 

図4 医師およびAbierto RSSを加えた場合の感度・特異度(発症4.5時間以内)

図4 医師およびAbierto RSSを加えた場合の感度・特異度(発症4.5時間以内)

 

考 察

この結果を踏まえて,改めてAIの技術を活用することで,(1) 読影精度を一定にすることや,(2) 急性期治療を安全に行うためのツールとしての活用について考えてみると,(1) についてはAbierto RSSの解析結果を参考にした場合と脳卒中専門医の結果が同等であり,Abierto RSSを用いることで読影精度を一定にする可能性があることが示唆された。また,(2) について感度・特異度を求めた際の元データを検証してみると,画像上の考察ではあるが,本来投与すべきでない患者に対してrt-PA適応ありと判断した例(擬陽性)は,Abierto RSSを使用した群が最も少なかった(図5)。
臨床研究の結果を踏まえて,Abierto RSSを使用した虚血性脳卒中の治療フローを作成した。脳卒中患者でNIHSS 6点以上の症例で,かつ発症6時間以内に来院した場合のフローチャートを示す(図6)。頭部CT撮影時に脳出血がなければASPECTS評価を行い,5点以下であればrt-PA静注療法や血管内治療は適応外となる。ASPECTS 6点以上かつ発症4.5時間以内であれば,速やかにrt-PA静注療法を開始し専門医療機関に搬送する“drip & ship”を行う。4.5時間以上6時間以内であれば,血栓回収療法適応の可能性があり,直ちに専門医療機関に転送するという流れとなる。
しかし,このフローチャートは画像診断に頼る部分が多く,実臨床の中で医師の負担軽減につなげるには,さらなる補助アプリケーション(アプリ)が必要だと考えられた。当科の医師が開発を進めているスマートフォン向け脳卒中診断補助アプリは,患者の臨床情報から推奨される治療プランが表示され,医師の判断をサポートすることができる。こういったアプリと画像診断をサポートするAbierto RSSを連携させることで,さらに診断精度が高まり,患者の利益につながる運用が可能になると考えられる。

図5 Abierto RSSを参考にすることでrt-PA静注療法の誤投与を低減

図5 Abierto RSSを参考にすることでrt-PA静注療法の誤投与を低減

 

図6 Abierto RSSを使用した虚血性脳卒中の治療フロー

図6 Abierto RSSを使用した虚血性脳卒中の治療フロー

 

まとめ

近未来の虚血性脳卒中診療は,Abierto RSSなどAI技術を活用することで,へき地や離島など医療の恩恵を受けられない患者に対して適切な医療を提供できるようになる可能性がある。しかし,AIはあくまでも診断・治療における補助ツールであり,使用する医師の教育や根本的な医療体制の構築が必要であることは変わらないと言えるだろう。

*記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれます。
*AI技術は設計段階で用いており,自己学習機能を有しません。
*本記事のソフトウエアが脳卒中を自動診断する,あるいはASPECTSスコアリングを行うものではありません。

●参考文献
1)「脳卒中レジストリを用いた我が国の脳卒中診療実態の把握(日本脳卒中データバンク)」報告書, 2021.
2)Rescue Japan project 全国調査
http://www.rescue-japan.jp/公開データ2017_2018.pdf
3)Naylor, J., et al., J. Stroke Cerebrovasc. Dis., 26(11):2547-2552, 2017.

一般的名称:汎用画像診断装置ワークステーション用プログラム
販売名:汎用画像診断ワークステーション用プログラム Abierto SCAI-1AP
認証番号:302ABBZX00004000

 

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