320列立位CTによる機能性疾患の可視化 〜健康長寿の時代に向けて〜 
陣崎 雅弘(慶應義塾大学医学部放射線科学教室)
Session 2 次世代CTの可能性と今後

2023-12-25


陣崎 雅弘(慶應義塾大学医学部放射線科学教室)

慶應義塾大学では,キヤノンメディカルシステムズと共同開発を行った立位CTを用いて,機能性疾患の可視化に関する研究を行っている。本講演では,立位CTによる機能評価の結果や,健康長寿社会における立位CTの応用の可能性について報告する。

■臥位CTの課題と立位CTの開発

マルチディテクタCT(MDCT)は,約20年間で長足の進歩を遂げ,より薄いスライス厚での高速撮影が可能になったことで,三次元・四次元画像での診断が可能になった。一方,立位のみで症状が増悪あるいは顕在化する疾患は,通常の臥位CTでは診断や評価が難しく,立位で人間の解剖学的構造や病態生理を横断像で定量的に評価する手段がないことは画像診断の課題の一つである。
われわれは,64列CTにて軀幹全体を約20秒で撮影可能となっていた2012年,東芝メディカルシステムズ(現・キヤノンメディカルシステムズ)に立位CTプロジェクトを提案し,2014年に機器開発に着手した。撮影姿勢や転倒防止策などの検討を重ね,2016年10月に臨床機が完成,2017年に当院に第1号機が導入された。立位CTの撮影時間は,頭部が約4秒,軀幹部が約14秒であり,設置面積は臥位CTの2/3と狭い場所にも設置可能である。また,立位CTは薬機法認証を取得しており,保険診療で使用することができる。

■立位CTの基礎的検討

立位CTを導入後,性能評価やワークフロー,安全性・快適性について検討を行った1)。ファントム実験では,立位CTの空間分解能(MTF)やノイズ特性(NPS),CT値などは従来の臥位CTとほぼ同等であった。また,立位CTの撮影時間は臥位CTと同等であるが,一般撮影と同様に入室後すぐに立ったまま撮影でき,ポジショニングも不要なため,臥位CTよりもワークフローが改善する。これにより,1日約60件の撮影を行っている施設もある。さらに,背中を支える支柱を立てることで安定性が得られ,快適性に関するアンケートでは,5点満点中,平均4点以上の高い評価が得られた。

■立位で明らかになる機能性疾患

立位で明らかになる機能性疾患のうち,まず,脊椎すべり症や骨盤臓器脱,鼠径ヘルニアの診断にはとても有効である。立位CTが有効なその他の疾患について,以下に紹介する。

○変形性膝関節症
変形性膝関節症は,Kellgren-Lawrence分類(K-L分類)を用いて重症度判定を行うが,早期のgrade 1と2の区別は判定者によってバラツキがあり,客観性に乏しい。そこで,立位と臥位のCT画像にて大腿骨と脛骨の回旋のズレを見ることで,早期の分類が可能か検討したところ,grade1と2では明確な回旋の差があることが明らかとなった(図1)。立位CTは,早期の変形性膝関節症の診断への有用性が期待される。

図1 変形性膝関節症の早期診断

図1 変形性膝関節症の早期診断

 

○循環器系(静脈)
静脈径は体位によって大きく変化することが知られているが,立位CTによって初めて立位での上大静脈の定量評価が可能になった。健常例における立位と臥位のCT画像を比較したわれわれの検討1)では,立位では上大静脈径が約80%縮小するのに対し,下大静脈径は約37%増大し,大静脈の断面積や扁平率は体位によって変化することが明らかとなった。また,横隔膜の高さでは,臥位と立位で静脈径は変わらなかった。一方,心不全患者では,立位でも上大静脈にさほど縮小が見られないため,心不全の重症度を評価できる可能性がある。そこで,臥位ならびに立位CTで計測した上大静脈断面積と心臓カテーテル検査における右房圧との関係を検討した結果,立位での断面積と右房圧に相関を認めた。心臓カテーテル検査を施行できない場合などに,立位CTが血行動態の指標となりうる可能性が示された2)
なお,頭蓋内では臥位と座位で静脈径は変化しないが,座位では内頸・外頸静脈が細くなり,その分,椎骨静脈(叢)に流入する部分から太くなる3)。これらを合計すると還流量は一定であり,頭蓋内の恒常性が維持されていることがわかる。

■立位CTでの機能評価

立位CTは,嚥下機能や排尿機能,歩行機能などの評価に有用である。従来の排尿検査は,逆行性に尿道から造影剤を注入する侵襲的な方法であったが,立位CTでは造影剤を静注後,排尿しながら動態撮影を行うだけで検査可能である。本法によって,健常ボランティアを対象とした検討では排尿の機序が明らかとなったほか,前立腺肥大による排尿障害症例においては,障害の原因が症例によって異なることが明確となった。立位CTにより非侵襲的に排尿障害の原因が分別できれば,治療法の選択などに寄与する可能性がある。
これまでは,がんや循環器・動脈硬化,生活習慣病などの生命予後にかかわる器質的疾患の診断に重点が置かれ,それらは臥位CTでも十分に評価可能であった。しかし,今後は健康寿命がより重視され,慢性閉塞性肺疾患(COPD)や運動器疾患などの機能性疾患の評価が重要となることから,立位CTの活用が期待される。

■立位CTの予防医療への応用

立位CTは日常生活の自然な姿勢での三次元画像が得られるため,健康診断にも有用であると考えている。例えば,腹囲計測では臥位と立位で10%ほどの誤差が生じるが,立位CTの方が正確な測定が可能となる(図2)。また,筋肉量の経時的変化の定量的な測定にも有用である。われわれは,軀幹や大腿部,下腿の筋肉を5%以内の精度で測定可能な人工知能(AI)ソフトウエアを開発した(図3)。同ソフトウエアを用いることで,フレイルのリスク予測や診断学の構築につながる可能性がある。
また,骨盤底筋の弛緩が排尿障害の原因となることが知られているが,立位CTでは骨盤底筋の弛緩の経時的変化を定量的に測定することも可能である(図4)。従来,骨盤底は臥位と座位で位置が変わらないとされ,立位での骨盤底を評価した研究はなかった。しかし,立位CTにて,膀胱頸部は健常者でも男性は6mm,女性は10mm降下することが明らかとなり,排尿障害が女性に多いこととの関連が考えられた4)。そのため,今後は立位CTの計測結果に基づいた健康診断の構築を検討している。

図2 正確な腹囲計測への応用

図2 正確な腹囲計測への応用

 

図3 当院にて開発中のAIソフトウエアを用いた筋肉量計測

図3 当院にて開発中のAIソフトウエアを用いた筋肉量計測

 

図4 骨盤底弛緩の経時的変化の測定

図4 骨盤底弛緩の経時的変化の測定

 

■まとめ

立位CTは,臥位CTと同等の性能を有し,一般撮影に類似したワークフローで効率の良い運用が可能である。立位で明らかになる機能性疾患や動態機能の評価,予防医療への応用が可能であり,健康長寿をめざす社会においては,機能性疾患の早期診断などに有用であると考える。

*記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれる場合があります。

●参考文献
1)Jinzaki, M., et al., Invest. Radiol., 55(2): 73-83, 2020.
2)Fukuoka, R., et al., Eur Radiol., 33: 4073-4081, 2023.
3)Kosugi, K., et al., Sci. Rep., 10(1): 16623, 2020.
4)Narita, K., et al., Int. Urogynecol. J., 31(11): 2387-2393, 2020.

一般的名称:全身用X線CT診断装置
販売名:CTスキャナ TSX-401R
認証番号:229ADBZX00025000

 

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