FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

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CROSS TALK(CEO対談) 園生智弘 氏(TXP Medical CEO)× ブラッド・フライターグ氏(Claris International Inc. CEO ) 

「医療データで命を救う。」
救急医療のDXに挑むスタートアップ企業を支えるローコード開発プラットフォーム

園生智弘 氏(TXP Medical CEO)× ブラッド・フライターグ氏(Claris International Inc. CEO )

 

近年,人材不足や働き方改革などの課題に対してDXへの期待が高まっているが,医療分野においてもそれは例外ではない。「医療データで命を救う。」の理念の下,救急医療分野のデジタル化に先進的に取り組んでいるのがTXP Medical株式会社だ。救急・集中治療専門医である医師・園生智弘氏が救急医療の課題を解決するために2017年創業した同社は,株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズや伊藤忠商事株式会社から出資を受けて急成長。救急医療分野で課題を抱える地域でのシェアを急速に拡大している。医療DXとローコード開発プラットフォームの可能性について,TXP MedicalのCEO・園生氏と,「Claris FileMaker 2023」のリリースに当たり来日したClaris International Inc. CEOのBrad Freitag(ブラッド・フライターグ)氏が対談した。

救急専門医としての問題意識から「NEXT Stage ER」を開発

園生:TXP Medicalは,2017年8月に創業しました。私自身が現役の救急科専門医でClaris FileMakerの開発エンジニアですが,当社には私のほかに医師資格を持つエンジニア5名を含めて12名が在籍し,開発に当たっています。コアプロダクトとなるのがClaris FileMakerプラットフォームで開発した「NEXT Stage ER(NSER)」です。救命救急センタークラスの大病院救急外来に特化したシステムで,救急車やドクターカーなど病院前情報とERの情報を統合的に管理し,電子カルテとの連携や医学研究用データの蓄積を一元化します。NSERは,紙での運用が中心だった救急部門に大きなインパクトを与えました。導入施設は62施設(2023年6月現在),大学病院の救急部門でのシェアは30%以上と順調に実績を伸ばしています。また,2020年には,自治体向け救急隊連携システム「NSER mobile」をリリースしました。NSER mobileは,従来,紙や電話,手入力などアナログで行っていた救急搬送時の業務を,iPhone/iPadとFileMaker Goを使うことでデジタル化して情報共有を可能にします。音声入力やカメラを使った光学文字認識(OCR)などの人工知能(AI)プログラムによって,患者の保険証や生体情報モニターの画面から文字を認識し,住所やバイタル情報をアプリに自動入力できるのが特長です。国内の自治体ではすでに250万人以上の人口をカバーし,8万件以上の救急搬送で使用されています。さらに海外ではマレーシアをはじめとしたASEAN 諸国で稼働を開始するといった,グローバルなプロジェクトもスタートしています。

Freitag:鎌倉市で実際にNSER mobileを活用している映像を拝見しました。システムによってエラーを防ぎ,処置までの時間を短縮することは,患者に対しても良い結果につながっていると感じました。NSERの開発のきっかけはどんなことだったのでしょうか?

園生:私自身が救命救急センターで勤務していたときに感じた課題が原点です。多くの救急医療の現場では,いまだに紙が使われています。現場スタッフ自身も不便を感じているものの,救急搬送では名前や住所など個人情報が不明なまま運ばれてくるケースが多く,目の前の患者から得られる情報を多くのスタッフが共有し迅速に処置するためには,紙やホワイトボードなどアナログの運用が最善の方法でした。課題を自覚していてもなお,紙を使うのは必然性があるからです。これをデジタル化するには,その必然性をくつがえす新しいツールやコンセプトが必要でした。デジタル化実現のためには,まず自分が働く現場で,自分がシステムを開発して稼働させ,その実績をもって全国へと展開させることが近道だと考えました。

施設ごとの要望に対応するカスタマイズ性の高いローコード開発

Freitag:開発プラットフォームとしてClaris FileMakerを選択された理由を教えてください。

園生:一番の理由はカスタマイズ性の高さです。多様で複雑な疾患を扱う大病院からは,自院の診療体制に合わせたシステムのカスタマイズを期待されます。NSERはClaris FileMakerで開発しているので内部のデータベース(DB)の汎用性はしっかりと担保しつつ,ユーザーインターフェースや画面デザインについては柔軟かつ小刻みの変更が可能です。ここが従来のベンダー製の病院情報システムとは一線を画している部分です。例えば,NSERの患者一覧画面(基本画面)は,現在導入いただいている施設ですべて異なります。扱う患者数が多いとサイズが変更されていたり,誰(医師,看護師,コ・メディカル)が最初に患者にアクセスするのかなど,運用によっても画面は大きく変わります。また,看護師記録の画面でも,キーワード検索から特定の処置を選択できるようにして入力の処理を効率化したり,手書きでのシェーマの入力を可能にしたりと,病院ごとの要望(好み)を反映して開発しています。
また,FileMakerは日本の医師の間ではポピュラーなので,すでに病院が独自にDB を構築していることがよくあります。そういったDBとの連携もNSER であれば容易にできます。新たなデータの入力はNSER で一元化する一方,既存のDBと連携でき,データの継続性を生かせるのは大きなメリットです。

NEXT Stage ERの患者一覧画面(基本画面)。施設ごとの要望でレイアウトを柔軟に変更

NEXT Stage ERの患者一覧画面(基本画面)。施設ごとの要望でレイアウトを柔軟に変更

 

スタートアップゆえのハードルをClarisの信頼性でクリア

Freitag:社会課題の解決策を今までにない新しい手法で提供する場合,さまざまな反応があるかと思います。反対意見や反発などをどのように乗り越えたのでしょうか?

園生:NSERを展開する上で越えるべきハードルが2つありました。1つは,われわれのようなスタートアップが大規模病院の業務を担うシステムを構築することに対する反発です。病院情報システムのベンダーは,有名な大手IT企業ばかりです。そこに創業間もないベンチャー企業が参入することには,さまざまな障壁や反発がありました。それをクリアするには,一歩ずつ地道に実績を積み,医療現場の要望を具体的に実現していくことで信頼を獲得するしか方法はありませんでした。もう1つは,開発プラットフォームがClaris FileMakerであるということに対する先入観です。Claris FileMakerは,ローコードで容易に高度なシステムを開発できるプラットフォームですが,医師個人の研究用DBなど,小規模でローカルに使うシステム構築のツールだという先入観が病院のシステム部門の方々には根強くありました。「会社とはいっても医師の自作システムではないか,それを病院が公式に採用するのはいかがなものか」という懸念を呈されることがありました。これも実績を重ね,デジタル化の価値を具体的に示すことでNSERというシステム自体を評価していただくようになりました。

Freitag:世界的に見ても,園生先生が経験されたように,Claris FileMakerは運用性や拡張性に欠けるのではないか,あるいは小規模なDB向けのプラットフォームではないかという懸念や反対意見を過去にもいただくことがありました。われわれはそういった意見に対し,具体的な懸念事項を情報提供により解決したり,あるいは仕様変更や,機能改善することで継続的に取り組んできました。今後も園生先生が事業を拡大する中で直面する課題や要望があれば,常にフィードバックしてください。

可能性を拡げるREST APIやJavaScriptなど外部との連携

Freitag:Claris FileMaker は,Data API やREST API,JavaScriptのライブラリへのアクセスなどプラットフォームの拡張機能を強化しています。Claris FileMakerを使用するエンジニアの視点から,こういった機能の重要性はどのように感じていますか?

園生:FileMaker Data APIやJavaScriptライブラリへの接続など,プラットフォームを拡張する機能の強化は非常に歓迎しています。救急隊が利用するNSER mobileでは,さまざまなAPIを連携しています。音声入力では,Apple のSiri の利用を試みたり,Googleの音声入力機能と当社で開発した医療専門辞書を組み合わせたシステムにより,より医療現場に寄せた変換も実現しています。これによって救急現場での情報入力を効率化しています。さらに,当社が独自に開発したOCRシステムのAPIをさまざまなシーンで活用しています。例えば,救急現場で使われる生体情報モニターの画面をモバイル端末で撮影して内部で自動解析し,項目(呼吸数,酸素,血圧,脈拍など)ごとにその数値を自動的にFileMaker Goに入力することが可能です。また,救急車が到着したエリアの電波状況が悪い場合に,ネットワーク圏外でアプリに入力したデータをオンライン時に同期させるなどの機能はData APIを利用しています。Claris社には今後も引き続き,外部連携やAPI拡張等の強化をしていただきたいですね。

NSER mobileのOCRシステムを用いたデータの入力フロー a:救急車内で生体情報モニターの画面をカメラで撮影 b:項目と数値を自動認識 c:データはiPhoneやiPadのFileMaker Goに自動入力

NSER mobileのOCRシステムを用いたデータの入力フロー
a:救急車内で生体情報モニターの画面をカメラで撮影
b:項目と数値を自動認識
c:データはiPhoneやiPadのFileMaker Goに自動入力

 

医療DXの未来を担うローコード開発プラットフォーム

Freitag:Clarisは,クラウドでのサービス(Claris FileMaker Cloud)を2020年から提供しています。オンプレミス版FileMaker Serverとハイブリッドで提供していますが,さまざまなサービスがクラウド化しているように,今後はクラウドの比率が高くなっていくと考えています。医療のクラウド化について,どのようにお考えですか?

園生:日本の医療現場もクラウドやモバイル端末を活用したサービスに移行していますので,クラウドサービスの選択肢が広がることは歓迎します。一方で,日本の医療機関の各種システムは,古いフレームワークで稼働していることが多く,常に最新のシステムが要求されるクラウドとは相性が悪いところがあります。そういった古いシステム環境にも配慮しながら進化してほしいと思います。TXP Medicalは医療機関や地方自治体の多くのFileMakerシステムを運用支援しており,Claris FileMakerプラットフォームは,セキュリティやシステムの安定性に関して非常に高い評価を受けています。これは,この10年の間,Claris FileMaker自身がアップデートを続けた成果だと感じています。

Freitag:ありがとうございます。古いシステムもAPIや外部接続を活用することで共存できるはずですから,医療機関の課題解決に向けていくつかの解決方法を提示できると思います。Claris FileMakerがさまざまな規模の医療機関のインフラとしてお使いいただけるよう継続的に研究開発していきます。TXP Medical 社が掲げる「医療データで命を救う。」という事業理念に,Claris FileMakerが継続的にコミットできるように今後も取り組んでいきます。

(対談は2023年5月9日に実施)

 

園生智弘 氏(TXP Medical CEO)× ブラッド・フライターグ氏(Claris International Inc. CEO )

(左)園生智弘(そのお・ともひろ)
2010年東京大学医学部卒業。同附属病院救急・集中治療部,日立総合病院救命救急センターに勤務。2017年8月にTXP Medical(株)を創業。
(右)ブラッド・フライターグ(BRAD FREITAG)
Roambi(現・SAP),Hyperion Solutions(現・Oracle),IBMなどの上級管理職を経て,2013年セールス担当のVice PresidentとしてFileMaker(現・Claris International Inc.)に入社。2019年CEOに就任。

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