東京大学社会連携講座が取り組むモバイルデバイスを活用したヘルスケアシステム(2)
内村 祐之 氏(東京大学大学院医学系研究科健康空間情報学講座)

2012-11-21


内村 祐之氏

内村 祐之氏

スマートフォンやタブレット端末の普及は,社会インフラとしての医療の姿を大きく変える可能性を秘めている。今回は前回に引き続き,内村祐之氏が東京大学が取り組むスマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスを活用したヘルスケアシステムの実証実験について解説する。

■スマートフォンを利用した「Mobile PHRシステム」

これまでの研究成果を活用し,さらなる応用をめざして進めているのが,スマートフォンを利用したMobile PHRシステムである。近年,医療機関内の情報共有や,患者への情報の公開が広がりつつあり,個人の医療健康情報を記録し管理するPHR関連サービスも増加しているが,多くはオンラインでの利用が前提であり,障害や災害などのオフライン時は利用が著しく制限されるという問題がある。そのため,オフライン時にも情報が参照できることを目的とした,モバイルICTに最適化された個人医療健康情報管理システムを開発した。本システムは,個人の医療健康情報を患者自身のスマートフォン内で管理し,スマートフォンを情報ハブとしてPHR情報基盤サービスと連携を行うことを特徴としている(図6)。

 

図6 Mobile PHRシステムの概念図

図6 
Mobile PHRシステムの概念図

 

現時点で対象としている医療健康情報は,在宅で測定する血圧,体重,歩数,服薬実施情報などの患者から発生する情報と,現病歴,既往歴,アレルギー,検査結果,画像情報などの医療機関から発生する情報がある。データ送信方法は,血圧,体重,歩数はBluetooth通信機能を備えた市販の測定機器を用い,測定後に自動でスマートフォンへ送信し記録する。服薬実施情報は,開発した無線通信薬箱の開閉を服薬実施情報として,Bluetooth通信によりスマートフォンへ送信する。今後は,多施設・多職種間での在宅医療支援や,患者と医療機関間での診療支援システムとして利用可能な,個人医療健康情報活用基盤に向けての発展的構築を行う予定である。2012年8月より,都内で本システムを使用した在宅医療支援を行う実証試験が始まっている。

■携帯電話を用いた外来患者案内システム

外来患者の待ち時間満足度調査において,満足24.4%,普通38.5%,不満30.6%,その他・無回答6.5%(出典:厚生労働省「平成20年受療行動調査」)という結果のとおり,外来患者の待ち時間対策は,医療機関における患者サービス向上に直結する重要な課題となっている。そこで,携帯電話を利活用し,外来患者の待ち時間の有効活用を支援することを目的としたシステムを開発した。本システムを利用することで,患者は待ち時間の有効活用によって受診に伴う負担の軽減を図れる。また,病院側の利点としては,外来診察室へのスムーズな案内により,診療の円滑化を図ることが期待できる。
本システムの提供機能は,大きく以下の3つからなる。

1. オンライン再来受付機能
病院周辺のあらかじめ設定されたエリア内で,携帯電話によるオンライン再来受付が可能。位置情報を利用し,受付可否を判定。

2. 情報配信機能
下記の案内または通知を,プッシュ配信する(図7)。
(1)予約案内
(2)再来受付案内
(3)診察進捗通知
(4)診察呼び出し
(5)支払案内

図7 外来患者案内システムの情報配信のイメージ(スマートフォンの場合)

図7 外来患者案内システムの情報配信のイメージ(スマートフォンの場合)

 

3. 案内サイト
各患者に用意されたサイトで下記情報を確認できる(図8)。
(1)受診票
(2)診察進捗
(3)予約確認
(4)受診履歴

図8 外来患者案内システムの案内サイトのイメージ(スマートフォンの場合)

図8 外来患者案内システムの案内サイトのイメージ(スマートフォンの場合)

 

2011年11月から2012年6月に,東京大学医学部附属病院で行った実証試験(12人の協力患者,延べ50回以上の来院)では,システム利用患者へのインタビュー結果として,
・併科受診の日,診療時間が長く空いているときは重宝する。
・診察が順調であることがわかるのが便利。
・(呼び出しの)心配がなく,トイレに行くことができた。 
・病院職員に進捗を聞かなくてよいので助かる。 
・ 前日の予約案内が親切で良い。 
・(従来の)ポケベル呼び出し機の利用圏外の場所でも,進捗が把握できて良い。 
・将来的にもぜひ使いたい。 
といった受診に伴う負担の軽減を示唆した回答が得られた。
また,病院側のメリットである外来診療の円滑化については,呼び出しから入室までの時間を比較して検証した。本システム利用患者は平均48秒±21秒,その他の患者は平均112秒±310秒となり,システム利用患者は呼び出し時に待ち合い室で待機できていたために,呼び出し後に速やかな入室が可能であったのに対して,その他の患者の一部は呼び出し時に待ち合い室に不在だったために,呼び出しから入室まで長時間を要したケースがあった。これにより,システム利用患者は,その他の患者と比較して,呼び出し後速やかに診察室に入室する傾向があった。

■おわりに

ここ数年でスマートフォンやタブレット端末などのモバイルデバイスが急速に普及しているが,モバイルデバイスを活用した医療の情報化により,個の医療の質の向上を図り,変化している医療需要に対応することが可能になると考える。そのためにも,ここで紹介した4つの研究テーマを,今後さらに発展させ,医学的有用性・効率化(医療資源の有効活用)・経済性・継続性について,臨床研究をベースとしたエビデンスを示していくことが重要であると考える。

◎略歴
(うちむら ゆうじ)
東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業。歯科医師。大学卒業後,日本アイ・ビー・エム株式会社でSEとして病院情報システム構築に従事後,2009年9月から現職。専門は医療情報学。現在は,携帯端末を医療分野へ応用するための研究を中心に行っている。著書に,「Android SDK逆引きハンドブック」(C&R研究所)がある。

 

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