iPhone・iPad向けFileMaker版薬剤識別支援システム「Drug Identification Support System(DISS)」
木村 敦 氏(特定医療法人恵済会ゆうあいホスピタル薬剤科,徳島大学大学院医科学教育部(医療情報学分野))

2012-12-21


木村 敦氏

木村 敦氏

モバイルデバイスを用いたシステムが普及していく中で,ユーザーである医療従事者自らがソリューションを開発するケースが増えている。これは,複雑なプログラミング言語を必要とせずに開発できる環境が整ってきたことの影響も大きい。今回は,「FileMaker 」を用いて作成した薬剤識別支援システムについて,木村 敦氏が解説する。

■はじめに

私は,薬剤師として調剤薬局・病院での調剤業務・訪問業務・服薬指導などを経験し,「昨今の業務改善指向や情報技術を取り入れることで,より正確で,効率的な業務ができるのではないか?」という,薬剤師業務における情報化の必要性を強く感じ,薬剤師領域における医療情報指向の推進に励んでいる。
かつて,患者さんより「赤い血圧のお薬をほかの病院でもらっています。名前はわかりませんが一緒に飲んで大丈夫でしょうか?」という質問を受けた際,私は「お薬の名前などを記録したお薬手帳やお薬の実物がなければ,色や病名からはお薬を特定することはできないので,飲み合わせについては正確には判断できません」と返答していた。
こういった返答を日々繰り返していたある日,「本当にこの対応でいいのか?」という疑問を感じた。人は,過去から引き継いだ教科書や,自分含め周りの同系統の人たちの経験による固定観念にとらわれ,時代が変化しているにもかかわらず,本来重要であるはずの本質の改善に目が行き届いていないことがしばしばある。
このことから,薬剤師領域でも,薬剤の相互作用のチェックという業務が「この場合はできない」と思考を止めてしまっていないか? または,時間がかかりすぎるという理由で「諦めて」いるのではないか? という疑問を抱いた。
そこで私は,まず業務を効率化し,負担を軽減する業務改善をテーマに,薬剤師領域における医療情報指向のPDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルを回し始めることとした。真の業務改善を実現するためには,現場のニーズを正確に把握している医療従事者が,システムの設計・構築・試行・評価・修正を迅速に行える環境が必要であるため,「ユーザーメード」で,システムの構築・改版サイクルを短時間で行いやすいデータベースソフウエア「FileMaker」を用いて,薬剤師による薬剤識別支援システム「Drug Identification Support System(DISS)」を開発することにした。
薬剤識別は,持参薬管理など薬剤師をはじめ医療従事者の日々の重要な業務の1つであり,紙媒体やWebを利用しているものの,現場には十分な支援システムが整備されているとは言い難く,より効率的で柔軟なシステムが望まれている。東日本大震災時においても,薬剤識別など薬剤師業務の重要性が再認識され,今後の薬剤師のあり方が見直されているところであり,専門職能集団が行う専門業務の根幹を支援するシステムの重要性は言うまでもない。

■なぜiPadなのか?

薬剤識別・検索業務が想定される場所は,外来・病棟・訪問など広範囲であり,さまざまな医療従事者がかかわる業務である。さらに,現場での素早い対応が必要なケースも多く,携帯性・簡便性・迅速性の3つが重要と言えよう。
そこで,モバイル端末であるため携帯性に優れ,タッチパネルにより直感的に指だけで操作することができ,患者さんに画面を見せながら操作することも可能であるなど柔軟なユーザーインターフェイスを持つ,iPhoneやiPadが最適と考え,システム開発を始めた。さらに,iOS 6になり「Single App Mode」が搭載され,専用端末化が可能となったことも大きな魅力である。

■なぜFileMakerなのか?

システム開発・導入において大きな問題となるのが,開発時間と開発コスト,それに必要なプログラミング習得およびOSへの対応である。ファイルメーカー社の「FileMaker Pro」は,開発にプログラミング言語を必要とせず,直感的にシステムを開発することが可能であり,iPhone,iPad,Mac,Windowsに対応するシステムが開発可能であるため,現在考えられる最速のiOSアプリケーション開発環境であり,すでに医療従事者が開発したアプリケーションソフトが多数使用されている。
また,2011年に発売されたiPhone,iPad版アプリである「FileMaker Go 」は無料化されたため,従来よりもさらにシステム開発コストも削減され,ホーム画面にアイコンを作成することにより,ネイティブアプリと同じように使用可能である(図1,2)。

図1 薬剤識別支援システムのアイコン

図1 薬剤識別支援システムのアイコン

図2 ホーム画面配置例

図2 ホーム画面配置例

 

■システム構成

1. 色・形情報を視覚的に再現

薬剤識別において,薬剤の色情報は重要であるが,色の種類が多彩であるため,従来の文字列で表現する方法では検索に用いるのは困難であった。そこで,薬剤の色情報をカラーパレットで表現し,ボタンとして配置,押すことで色を選択できるように設計した。また,全薬剤の形を調査し,検索に使用できる項目を整理して,形を再現したボタンを押すことで選択できるようにした(図3)。

図3 薬剤識別支援システム検索画面

図3 薬剤識別支援システム検索画面

 

2. ボタン化

よく使う項目である錠剤やカプセルなどの剤形,先発・後発医薬品,割線の有無などの項目は,ドロップダウンリストではなく,文字列をボタン化し,絞り込みボタンとして配置している。 

3. 入力方法

従来のシステムでは,検索窓が複数存在することにより,検索窓を探し,選択する過程が存在した。そこで,入力・検索時の「迷い」をなくす工夫として,検索窓を1つにして,頻度の高い項目はボタンとして配置,検索実行ボタンを廃止し,状況に応じてインクリメンタルサーチが実行されるよう開発した。
また,検索窓に入力できる検索ワードは,「医薬品名」「識別コード」「系統」などだが,識別コードなどの項目を自動判定するように設計したため,Google検索と同じように検索ワード間をスペースで区切り,複数の検索ワードを同時入力することが可能となった。

4. 音声入力

iOSに搭載されている,「Siri 」に対応し,キーボード入力の代わりに薬剤名を話かけるだけで検索・入力・表示を可能とした(図4)。

図4 音声入力検索画面

図4 音声入力検索画面

5. 表示方法

識別時は,写真を指の操作だけで拡大・縮小といった操作を行うことができ,PTP包装,バラ包装,旧包装などへの切り替えも可能とした。また,検索結果の写真一覧表示にも対応したため,同成分・同系統・類似薬一覧表やジェネリック医薬品を一覧表示し,包装の違いなども目視で確認できるようにした(図5)。

図5 写真一覧表示画面

図5 写真一覧表示画面

6. 院内医薬品集作成

院内医薬品を登録・管理しているため,必要時に院内採用医薬品集を作成し,PDF化することを可能とした。また,従来は労力を要した目次作成や医薬品収載のページ番号作成の自動作成化にも対応した。

■運 用

いま現在,薬剤識別支援システムにより支援される業務には,「院内採用医薬品集作成,添付文書確認,採用医薬品・代替薬・ジェネリック医薬品の確認,限度量確認,副作用確認,薬価・識別コード・医薬品コードの確認,納入先,使用量の確認,持参薬管理」などがあり,今後もさらに薬剤師業務支援機能を充実させていく。

■評 価

現在,薬剤識別・検索業務について,他科からの持ち込み薬剤の識別などを行う「実物識別」,実物はなく薬剤情報を検索して確認する業務である「薬剤検索」,実物も薬剤名も不明で患者さんとの会話などにより薬剤を推定する業務などの「薬剤推定」の3つに分類し,従来のシステムと精度・速度などを比較し,有用性を評価している。

■展 望

薬剤識別・検索業務は,薬剤部門での根幹であり,持参薬管理との連携強化,電子版お薬手帳や分包機との連携など,さらなる拡張により,その効果が見込まれる。
今回,ユーザーメードによる開発で,既存のシステムにとらわれず,利用者目線に立った柔軟性に富んだシステムが構築できた。今後は関連するシステムベンダーと,既存のシステムとの連携方法や製品化を視野に入れ,さらなる改良を行っていく。

 

◎略歴
(きむら あつし)
2000年徳島文理大学薬学部卒業。調剤薬局勤務を経て,2009年から特定医療法人恵済会ゆうあいホスピタル薬剤科勤務,2011年より徳島大学大学院医科学教育部(医療情報学分野)での研究も始め,薬剤領域の学術系団体だけでなく,日本ユーザーメード医療IT研究会や日本医療情報学会にも参加し,薬剤師領域でのユーザーメードによる真の業務支援機能の洗い出しと,これからの薬剤師領域の情報化に向けた検討・試行を行っている。

 

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