チーム医療の質を高める在宅医主導の患者情報共有システム
数尾  展(数尾診療所 院長)

2018-2-1


数尾  展(数尾診療所 院長)

医療や介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第6回は,数尾診療所の数尾 展氏が,在宅医療における多職種連携のための患者情報共有システムについて解説する。

はじめに

病院から地域へ─地域包括ケアシステムの推進を背景に,多職種連携チーム医療の現場が病棟から在宅へと広がってきている。重度な要介護状態になっても,できるだけ住み慣れた地域で安心して最期を迎えられる体制構築が必要とされてきている中,在宅医療・介護の連携はより重要になってきている。
在宅医療・介護の連携において,成功のカギとなるICTシステムを活用した情報共有に取り組む当診療所の事例を紹介する。

在宅医療現場のニーズに応えるタイムライン形式の情報共有

大阪府南東部に位置する藤井寺市は,藤井寺球場があったことで知られる大阪のベッドタウン。人口は約6万5000人で,約4人に1人は高齢者,と高齢化も進んでおり,実際に町には高齢者の姿が多く見受けられる。藤井寺駅から北方向へ徒歩10分ほどの住宅街で内科・外科を標榜する在宅療養支援診療所である当診療所は,130人前後の在宅患者に対して訪問診療・往診を行っている(図1)。また,地域での取り組みとして,ケアマネジャーや看護師らとともに2007(平成19)年度に「医療・ケアマネネットワーク連絡会(通称:いけ!ネット)」を立ち上げ,医療・介護における多職種連携を推進してきた。

図1 数尾診療所の概要

図1 数尾診療所の概要

 

在宅診療は,医師だけでは進められない。訪問看護ステーション,保険薬局,ケアマネジャーなどさまざまな職種と密接に連携したチーム医療を実践しなければならない。それを実現させるためには,安全で効率的な情報共有の仕組みが必要になるということを強調したい。一般的には多職種メンバー間の連絡手段として電話やFAX,電子メールを利用することが多いが,「外来・訪問診療中の連絡対応が困難」「1対1,あるいは一方通行のやりとりになってしまう」「紙媒体やセキュリティが不十分な電子メールだと個人情報漏えいリスクが伴う」といった理由から,情報共有の手段としては問題があると指摘する。
これらに代わるツールとして期待されるのがICTシステムである。しかしながら,ICTシステム導入における問題も少なくない。それぞれの問題を以下に列挙する。

(1)医療・介護の現場で「使える」システムになっているか。
在宅医療の現場で「使える」システムとしてスムーズに導入するためには,以下のようなシステム導入における課題を解決していく必要があると考える。
<1>モバイル端末やシステム自体に不慣れな参加者もいる。
<2>システムベンダーなどのフォローアップが少なく,操作に慣れる前や効果を実感するまでに利用を止めてしまう。
<3>医療者が求めるバイタルデータや療養状況が,客観的な数値データや主観的評価で共有できない。

(2)情報共有の目的を明確にし,職種間で共通認識を持てているか。
多職種間でのルールづくりが重要であり,「とりあえず使ってみよう」といった安易な形での導入では継続できない。

(3)多職種は平等になっているか。
多職種が同じ目線で発言しやすい仕組みになっていて,各職種の人が気兼ねなく書き込みができるものでなくてはならない。多職種の医師に対する心理的なハードルが存在している。

(4)セキュリティの担保
個人情報保護の観点からもセキュリティ面で安心して使用できるシステム環境,デバイスでなくてはいけない。

上記の問題を解決すべく,複数のICTシステムを検討した結果,当診療所は患者情報共有システム「バイタルリンク」(帝人ファーマ販売)を導入した。
同システムは,各種モニタリング装置から簡単にバイタルデータを取り込み,多職種でリアルタイムに情報共有ができる。厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」などで要求されている「2要素認証」に準拠しており,電子証明書,SSL/TLS通信によってセキュリティを確保している。
また,タイムライン形式の連絡帳による情報共有スタイルで,医師の治療方針や薬剤師の処方提案,訪問看護師による残薬確認やケア情報など,すべての書き込みを参加メンバー約20人が把握し,在宅患者を支え最適なケアの提供に当たっている。

システム活用で発揮された薬剤師の役割

バイタルリンクを導入して1か月後,SNS(social networking service)機能を備えた連絡帳のコメントを分析すると,ある傾向に気付いた。
それは,「職種別では薬剤師からの報告が最も多い」ということだった。同システムは,前記したケア情報などを共有する「連絡帳機能」およびバイタルデータ(体温,血圧など)と主観的評価(睡眠,痛みなど)をグラフ化して表示する「バイタル機能」,多職種間のスケジュールを調整する「カレンダー機能」,患者の「基本情報」,そして処方薬剤を管理する「おくすり情報機能」で構成されている(図2,3)。これらのシステム上の特徴もあり,患者の状態がタイムリーに把握できることや,薬剤情報を気兼ねなく発信することを可能にしたため,特に薬剤師が積極的に発言し,ケアに関与するきっかけにつながった。

図2 バイタルリンクの主な機能

図2 バイタルリンクの主な機能

 

図3 バイタルリンクの利用イメージ

図3 バイタルリンクの利用イメージ

 

また,導入後の分析で重要案件のメール送信機能や,既読機能を用いたチームメンバーの共有状況把握も連携に有用であった(図4)。

図4 多職種連携における有効な機能

図4 多職種連携における有効な機能

 

当診療所が導入したシステムの効果検証については,2016年7月に大阪で開催された第9回日本在宅薬学会学術大会合同シンポジウムにおいて報告を行った。その要旨を以下のとおり記す。

<1>多職種間での患者情報共有頻度および共有情報量が増加した。
<2>メールや電話での連携に比べて共有内容も濃くなり,かなり詳細な症例検討が可能となった。
<3>薬剤師の積極的な関与により,処方確認,疑義照会,残薬情報共有,副作用の可能性,注意喚起などがスムーズに行われた。
<4>バイタルデータの時系列確認により,看取り時期の推察ができ,多職種間での意思統一や準備が円滑に行えた。

本報告において,ICTシステムの活用による多職種連携をめぐり,「チームでの在宅医療へのモチベーション向上」を1番の評価ポイントというサマリを提示させていただいた。

患者情報共有システムを活用した地域医療・介護ネットワークの普及・拡大へ

患者情報共有システムを活用した連携には,病院主体で大掛かりに展開されている事例もあるが,在宅医療現場で必要な情報は限られる。われわれ開業医は,患者さんのバイタルや痛みなどの基本的な体調の変化さえわかればよい。それを地域の薬剤師,訪問看護師,ケアマネジャー,当診療所の看護師などが,同じレベルで,全員で把握することが重要である。バイタルサインである体温,血圧,脈拍,呼吸数,酸素飽和度,痛み,呼吸困難感などを継時的にチェックし,行き届いたケアを行うことに意味がある。FAXや電子メールでは経時的な変化がわからず,今すぐ動かないといけないのかどうかなど判断ができない。
例えば今,ターミナルの患者さんが苦しんでいることがわかれば,システムを活用して鎮痛剤の量を薬剤師と相談し調整する。システム上では全員が共有しているので,多職種で同じ情報を共有が可能となる(一種のグループトークのようなイメージである)。
このバイタルリンク導入後,関係者が集まるカンファレンスの回数が減少した。連絡帳機能を通じて毎日,密に話し合っている(情報共有を行っている)ため,対面で会う時間を大幅に短縮し,より患者のケアに時間を使えるようになった。空いている時間に意見の書き込みができ,それぞれの役割に専念できるメリットは非常に大きい。当院の多職種連携の輪に最近,歯科医師,栄養士が加わり,歯科衛生士の参加も予定されるなど,従来の連携の枠を超えた広がりを見せている。
前段で薬剤師のコメントが増加したことについて触れたが,具体的には本システム導入後に疑義照会の件数が圧倒的に増加していた。これまでもFAXした処方せんをめぐって問い合わせはあったが,本システムを活用することにより,より適切に,必要なタイミングで処方変更することが可能となった。薬剤師は,医師に意見表明すると怒られると思い込んでいるかもしれない。しかし,医師は患者のために,処方に関する意見交換は頻回にしたいと思っている。本システムは気軽に情報交換できる最適なツールだと感じている。実際,薬剤師からの意見を基に処方変更したケースも数多くある。
現在,門前薬局の役割が問われているが,こういった多職種連携のネットワークに加わっていくことで,診療所と同様,在宅医療に参画しないかぎりは,薬局・薬剤師も業界内での生き残りが難しくなってくるのではないかと感じている。
また,今後は,こういったICTシステムに患者さんの家族を加えていくことを考えていきたい。電話だと聞きにくいことでも,こういったシステムを介せば比較的抵抗なく伝えられるのではないか。モバイルデバイスやパソコンに対する世代的な苦手意識がなくなったとき,多職種連携の形も違った展開になると期待している。
最後にセキュリティについても触れておきたい。患者情報共有システムには,レセプト連携機能や帳票作成機能に強みのあるシステム,SNSに特化した無料システム,汎用のWebグループウエアなどさまざまな種類がある。ただし,ID・パスワードと電子証明書など,種類の異なる情報を組み合わせる厚生労働省のガイドラインに準拠した2要素認証が入っていないとセキュリティに不安が残る。厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の第5版にも,多職種連携における患者情報共有においては,個人所有の端末を介して誰でも参加が可能な公開型のパブリックSNSの使用について警鐘を鳴らしている。
システムを利用するデバイスについての対応も同様にセキュリティの観点から注意が必要である。日本医師会医療IT委員会「新たな日医IT化宣言」「医療介護における多職種連携のあり方」にて求められている条件として,BYOD(Bring Your Own Device)禁止(個人所有のPC,スマートフォン,タブレットによるシステム使用禁止)が記載されており,デバイスについてもセキュリティに関して対策を行うことが重要である(表1)。当診療所でもバイタルリンク使用に当たって個人所有のデバイスの使用禁止を徹底しているが,今後は,セキュリティを確保しながら,患者と家族を中心として多職種がより効率的につながるICTシステムが重要になってくると考えている。

表1 患者情報共有システムに求められるセキュリティ要件

表1 患者情報共有システムに求められるセキュリティ要件

 

(かずお ひろむ)
1982年東京理科大学理学部化学科卒業。1989年鳥取大学医学部卒業。大阪大学医学部第一外科に入局後,大阪警察病院外科,大阪府立羽曳野病院(現・大阪はびきの医療センター)外科を経て,1996年より現職。

 

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