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第2回 医療のIT化と経営戦略

●IT化が進まない3つの理由

 “医療へのIT導入”が叫ばれるようになってから久しい。電子カルテや診療報酬のオンライン請求,さらには診療・診断機器の活用など,あらゆる面でITは課題であると同時に必要性自体も高まっている。しかし,現実には厚生労働省の見込みほどIT化は進んでいない。その理由は何であろうか。

うーむ 第1の理由は「導入コスト」である。例えば電子カルテの導入費用は,安くなったとはいえ1床あたり100万〜150万円前後であり,カスタマイズ費用と併せてそれ以上の金額を想定しなければならない。また維持費も医業収入の3〜5%と言われており,安易に“電子化する”という決断はできない。ある病院ではオーダリングシステムの導入は行ったものの,予算の都合で看護支援システム導入を見送った。その結果,看護業務は従来の手書きとシステム入力の両方が必要となり,業務負荷と請求もれの増大が発生しているという。

 第2の理由は「スケールメリット」を挙げることができる。IT化することで記録保存や統計作成が容易になったとしても,業務時間の短縮や効率化につながるほどの量的な改善が見込めないためだ。画像診断機器について,厚生労働省はフィルムレス化を進めているものの,導入費用を回収できるほどの撮影件数がなければ,やはりIT化へのインセンティブは働かない。

 第3の理由は「IT化のめざす方向性が不明である」ことだ。おそらく医療機関・経営者にとって,この理由こそ“本命”ではないだろうか。逆に言うと「方向性が明確であればIT化に踏み切る」という医療機関も増加すると考えられる。国は“IT化せよ”と言うが,そのことで何を実現しようとしているのかがわからない。効率化を図ることが,最終的に医療費抑制を助長するのであれば,医療機関経営の首を絞めることにもつながりかねないのである。現在,厚生労働省はレセプトのオンライン化を進めており,すでに本年4月から400床以上の病院に対してオンライン化,または電子媒体による請求を義務付けた。このことでレセプトの点検が不要になったわけではない。一部の病院では「請求チェックシステム」を活用しているが,従来の紙媒体による請求であってもシステムの効果は変わらないのである。

  これまでの厚生労働省の“IT化戦略”は,コストを上回るメリットが見当たらない状態であれば,医療機関は反応しないということがわかっただけであった。

●どうすればIT化は進むのか?

 では医療機関のIT化推進がメリットにつながるような方策は,考えうるであろうか。例えば2006年の診療報酬改定で創設された「電子化加算」は,初診算定時に3点を加算するものであった。経営的メリットはなかったとは断言できないが,少なくともこの収入でIT化費用を賄うことは不可能である。あるいは今回の改定で廃止された「デジタル映像化処理加算(2010年3月までは経過措置として15点を算定可)」の代わりに新設された「電子画像管理加算」にしても,これまでの点数が大幅にアップしたわけではない。つまりIT化推進において,診療報酬による経済誘導はないということになる。

PC 一方,人件費をはじめとする諸経費の削減に対して,IT化は貢献可能であろうか。医療法や診療報酬による人員基準が定められている以上,いかに業務の効率化を実現したとしても,大幅なコストの見直しは困難である。確かに時間外手当や事務職員の配置数は適正化の要素は考えられる。また,カルテやフィルムの管理費用は,削減が可能となる(この“管理”の概念には時間的要素も含まれる)。ここまでを総合して検証すると,IT化は“費用削減効果は考えられるが,収入増に直結するものではない”ということになる。

 それでは“IT化の必要性”はどこにあるのか。今後の医療の変化を想定した場合,最も重要なのは「データによる経営戦略の検証」と「情報共有」という2点であろう。例えば疾患別の診療単価や平均在院日数,スタッフの労働生産性や原価管理など,生き残りのために“経営体”としてレベルアップを図ることは,医療機関にとって不可欠な事項である。そのための統計作成やデータ抽出のために,ITは必須ツールとなる。漠然とした経験則と勘に頼るのではなく,「数字」という根拠に裏付けられた戦略・方針が求められる時代なのだ。もう1つの「情報共有」は,院内のスタッフだけではなく,他の医療機関や福祉施設とタイムリーに連携するための“武器”となる。また,医療制度改革によって整備された「医療機能情報提供制度」に対応した広報戦略を展開する上でも,医療機関の各種データとリンクした情報発信の仕組みが構築されなければならない。

 これら2点の必要性について,国は「医療の将来像とIT化の関連」を提示することで,医療機関のIT化へのモチベーションを高めなければならない。同時に医療機関側も「先を読んだ戦略構築」の一環として,IT化に向き合う決断が求められるのである。