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第18回 後期高齢者医療制度はどこへ向かうのか

●「後期高齢者医療制度廃止」を明言した長妻厚労相

 先の総選挙は,周知のとおり,民主党の「歴史的圧勝」に終わった。その後,あらゆるマスコミが,民主党のマニフェストを検証し始めている。思えば,従来の選挙後に,政権党の政策(公約)を再確認することなど,我が国にはなかった。その意味では,今回の選挙が“日本の民度”を高めるきっかけになったことは間違いない。選挙後に組閣が発表され,厚生労働大臣には長妻昭氏(民主党)が選ばれた。かつてから「ミスター年金」として,ジャーナリスト経験者らしい,急先鋒な追及で名を馳せた人物である。他の大臣に決定しそうだったところを,“年金はライフワークだから”と直談判し,厚労相に納まったという報道もある。

 その厚労相が,公約どおり「後期高齢者医療制度の廃止」を明言した。「民主党のマニフェスト(政権公約)(PDF)で廃止を明言している。年齢で区分して1つの保険制度に入れるのは無理がある」と述べたものの,「時期や手法については,現状把握をした上で詳細に制度設計を作り上げたい」とし,具体的な廃止時期については言及していない。総選挙後,他の民主党幹部が「1〜2年かけて,十分な議論が必要」と語ったように,すでにスタートした制度を一朝一夕に廃止・変更することは難しい。しかしながら,「後期高齢者医療制度とその関連法を廃止する」というマニフェストがある以上,方向転換が行われることは既定路線と言ってもいいだろう。

●反対の多い「制度廃止」

 よく日本人は“熱しやすく冷めやすい”と言われる。08年4月に導入された本制度は,その最初から批判にさらされていた。各地の医師会決議をはじめ,後期高齢者自身の“現代の姥捨て山”という声。マスコミも制度を叩き,国会でも論争になった。ところがこうした動きは,今年に入ってからほとんど聞かれない。さすがに総選挙前には取り上げられたが,それによって国民の怒りが再燃するということもなかった。まさに“冷めてしまった”内容なのである。

 制度の廃止について,反対の声も多い。制度を運営する後期高齢者医療広域連合や,保険料の徴収を行う市町村などは早くも反対の「のろし」を上げている。たとえば9月5日に京都府の広域連合は,鳩山政権の誕生を見越し,「制度が廃止された場合,老健制度が抱えていた問題の解決を遠ざける。制度の度重なる大幅な見直しにより,高齢者や制度を実施する現場に大きな混乱が生じることが懸念される」として,制度堅持を求める決議を賛成多数で可決している。また本制度の開始まで,保険料を徴収する市町村,運営主体となる広域連合は約2年間をかけて,徴収システムの新設・窓口業務を行う職員の研修などに追われていた。すでに来年度の保険料の改定作業も始まっており,すぐに制度を変えた場合,現場の負担は大変大きなものとなる。こうした事情を踏まえ,全国後期高齢者医療広域連合協議会の横尾俊彦会長(佐賀県多久市長)は,「多額な投資をして準備してきた制度であり,元に戻すとなると,同じくらいの費用がかかる。現状は落ち着いており,制度の基幹は残すべきだ。現場の意見を聞いてほしい」と述べている。現場の混乱は行政組織だけでなく,反対の先頭に立っていた医師会も指摘された。制度の開始当初,市町村に殺到した保険料などの苦情も目立たなくなっており,日本医療政策機構が今年1月に行った世論調査では,現行制度を基本的に維持すべきだとする人が,70代以上では56%に上がっている。いまや状況は一変したと言えるだろう。

●本来の「社会保障の姿」を取り戻せるか

 国民皆保険制度は,日本が高度経済成長に向かうなか,生活の安心を勝ち得るためには不可欠な制度であった。しかし超高齢社会の到来が目前に迫っている現在,制度の理念や枠組みが50年近くも変わらないということは,時代背景を無視した政策と言わざるを得ない。「皆保険」のしくみを残したまま,真の「社会保障の姿」に立ち返らなければならないのである。民主党は“年齢による区別は行わない”と公約で謳った。一方で医療費の3分の1は,70歳以上に充てられていることも事実である。高齢者に対する医療制度変更は,一足飛びに理想を実現するよりも,まずは“理想と現実のギャップを埋める”ことから出発すべきだろう。将来設計をやり直した上で,2〜3段階の制度変更がなければ,矛盾や混乱に満ちた状態になってしまうのだ。

 来年には診療報酬改定が控えている。後期高齢者に提供されている医療は,制度導入前とほとんど変わっていないはず。ならば無理をして来春に間に合わせる必要はない。十分検討・議論を行い,制度の“将来像”を明らかにしていくことが,もっとも求められていることなのである。