インナビネット特集 インタビュー
中野智紀 氏 IT戦略本部医療情報化に関するタスクフォース 各施設が機能を発揮し,役割を果たすことがシームレスな地域連携医療には重要 まずは地域での問題を共有化しヒューマンネットワークを築く

IT戦略本部の医療情報化に関するタスクフォースでは,2011年5月25日(水)に「新たな情報通信技術戦略」の具体的な施策についての報告書をまとめた。構成員として報告書作成に携わった中野智紀氏に,「シームレスな地域連携医療の実現」のねらいと,地域連携を成功させるための方策をうかがった。

地域ぐるみの疾病管理 による生活習慣病の 重症化予防を重視

● 報告書のポイントについてお教えください。

  医療情報化に関するタスクフォースでは,2010年5月にまとめられた「新たな情報通信技術戦略」と,6月に公表された「工程表」を受けて,8月から医療分野のIT戦略の実現に向けた検討を行ってきました。「新たな情報通信技術戦略」で掲げられた施策としては,「『どこでもMY病院』(自己医療・健康情報活用サービス)構想の実現」「シームレスな地域連携医療の実現」「レセプト情報等の活用による医療の効率化」「医療情報データベースの活用による医薬品等安全対策の推進」の4項目があります。
  この中で,「『どこでもMY病院』(自己医療・健康情報活用サービス)構想の実現」「シームレスな地域連携医療の実現」は,将来のEHR(Electronic Health Record)やPHR(Personal Health Records)を見据えた施策と考えられます。
  「『どこでもMY病院』(自己医療・健康情報活用サービス)構想の実現」については,これまで医療機関が管理していた情報を,ITを用いて患者さん自身が管理することが,一番のポイントです。また,「シームレスな地域連携医療の実現」は,従来各地で行われてきた地域連携に,さらに疾病管理の概念を加えているところが,いままでの施策と異なります。この疾病管理では,例えば生活習慣病の重症化予防をすることに活用できます。さらに,連携の範囲も広げ,医療だけでなく介護までをカバーすることもポイントです。タスクフォースでは,こうした施策を進めていく上で,全国どこででも同じような仕組みでITシステムやネットワークが構築できることが重要だとして,その基本的なアーキテクチャを示すための議論も行ってきました。

「シームレスな 地域連携医療の実現」で地域住民の疾病管理の 一元化を

● 地域連携におけるIT化は医療機関単体の場合とどのような違いがあるとお考えですか。

  医療機関のIT化と言えば,電子カルテシステムが挙げられますが,これと「シームレスな地域連携医療の実現」で用いられるITシステムは似て非なるものです。
  電子カルテシステムがめざすものは,業務管理だと言えます。例えば,検査のオーダを出したり,その実施内容を入力したり,施設内の医療情報を集約し,管理するといったことに使われていました。これはある意味正しかったのですが,あくまでも1人の患者さんに対する医療に重点を置いたものだったと言えます。一方で,「シームレスな地域連携医療の実現」では,個人だけではなく,集団の疾病管理を行うものでもあると思います。
  疾病管理には,従来の個人に対する疾病管理に加え,地域住民を対象とするものがあります。地域住民に対する疾病管理の必要性について,糖尿病を例にとって考えてみましょう。地域で糖尿病患者が増加してしまうと,人工透析の患者数も増え,透析を受けられない方が出てくるだけでなく,医療費が高騰し,国民健康保険(国保)の負担が重くなります。もし国保が破たんするようなことになれば,現在のわが国の医療制度そのものを維持できなくなり,地域医療の崩壊だけでなく,国民皆保険制度の存続も危ぶまれます。そこで,地域連携にITを活用し,地域住民の医療情報を集約して,共通の重症化予防プログラムやスクリーニングプログラムなどのワークシェアリングを行います。また,こうした情報を,医療整備や人材育成などに活用することも将来的には可能となるでしょう。
  現状の地域医療は,病院,診療所ともに,本来の機能を発揮できていないところが多いのではないかと,私は考えています。病院で専門的な医療を受けるべき患者さんが診療所へ行っていたり,診療所に行くべき患者さんが病院に行っていたりということが,日本の各地域で起こっているのではないでしょうか。それをITを活用して地域住民の疾病管理を一元化し,病期ごとに適切な医療を受けられるようにすることが,「シームレスな地域連携医療の実現」の大きなねらいです。

地域が抱える問題を共有してヒューマンネットワークを 築く

● 地域連携ネットワークシステムは,以前から取り組まれていましたが,あまり成功してきませんでした。その要因をお教えください。

  地域連携がうまくいかない原因の多くは,ヒューマンネットワークに起因することが多いと思います。ITシステムであっても,紙の運用であっても,地域連携の実績がなく,地域全体で患者さんを診るという文化がないと,なかなかうまくいきません。
  これまでITを使った地域連携がうまく運用できている,あじさいネットワーク(長崎県),わかしおネットワーク(千葉県),かがわ遠隔医療ネットワーク(香川県)などの例を見ると,同じ大学の出身者で構成されていたり,1病院と複数のかかりつけ医間での連携であったりと,シンプルな仕組みで連携している例が多くありました。ですから,今後はいままでのように大学病院や地域中核病院だけがイニシアチブをとるのではなく,地域の医療機関すべてが協力し合って,人的ネットワークとITシステムを構築し,運用していくようなモデルをつくる必要があります。
  私が勤務する東埼玉総合病院のある利根保健医療圏でも,このモデルでの地域連携を進めていきたいと考えています。埼玉県は人口に対する医師数が全国で最も少なく,糖尿病専門医の数も少ない県です。しかも急速に高齢化が進んでおり,利根保健医療圏の高齢化率は21%にもなります。こうした状況下で複数の疾病を抱える高齢者が増えており,医師不足に拍車をかけています。地域住民の疾病構造が,急性疾患から糖尿病やがんなどの慢性疾患が中心になっていく中で,病院完結型の医療ができなくなっており,地域全体で患者さんを診なくてはならない状況になっています。つまり,今後は地域が医療のメイングラウンドになるわけですが,私たちも地域の医療機関と協力し合いながら仕組みをつくっていきたいと思います。

● ヒューマンネットワークを築くにはどうしたらよいでしょうか。

  どんなに小さくてもよいから,具体的な行動を起こすことが必要だと思います。問題点を指摘するだけだったり,考えているだけではうまくいきません。
  私たちの地域では,これまで地域連携糖尿病プログラムや二人主治医体制に取り組み,2009年には埼玉利根医療圏糖尿病ネットワーク研究会を立ち上げて,糖尿病の地域連携に取り組んできました。その経験から言えるのは,「お互いに腹を割って話し合う」ということです。地域が抱える問題点を話し合い,それがお互いの施設にとってどのような悪影響があるのかを明らかにして,問題を共有し合うことが何よりも重要です。利根保健医療圏の場合は,それによって,重症の患者さんを病院が診て,軽症の患者さんを診療所が診るという施設の機能に応じた役割分担ができるようになるなど,メリットを生んでいます。
  また,話し合うだけでなく,医療の質の保証にもつながるよう,定期的に勉強会や診療所の看護師向けのインスリン導入ワークショップを開催したり,糖尿病療養指導士認定制度を設けるなど,医療技術の向上やスキルアップにも取り組んでいます。
  一方で,患者さんや住民へ対する啓発や教育も大事です。患者さんと話し合い,地域全体で質の高い糖尿病診療が受けられることを理解していただくように努めています。

医療に対するアウトカムを出すことがITには求められている

● 地域医療再生計画に基づいて,地域連携でのIT導入が進むと思いますが,ご意見をお聞かせください。

  いまは国が医療分野のIT化に予算を投じていますが,医療に対するアウトカムを残せなければ,医療分野へのIT投資はなくなるでしょう。医師不足の解消なども大事なことですが,少子高齢化での医療対策や患者さんのQOL向上などにITは役立つという成果を示すことが大切です。これまでは,「つなげば良くなる」など,ITを導入することに満足していた側面があると思います。しかし,例えば電子カルテシステムを入れたから良い医療ができるわけではありません。
  タスクフォースでの中では,ITの導入やシステムの維持だけでなく,その効果に対してもインセンティブをつける必要があると発言しました。糖尿病で言えば,年間の新規透析導入患者数を減らしたとか,地域の疾病構造の実態を可視化したとか,住民の健康保険負担を軽減したなど,具体的な成果を上げた取り組みを評価をしてほしいと思います。

自分たちの機能を発揮し与えられた役割を果たしてwin-winの関係を

● 医療機関経営の観点から,地域連携はどのようなメリットがありますか。

  事業を継続するために必要な報酬を得ることは重要なことだと思います。利根保健医療圏での糖尿病の重症化予防の取り組みにより,当院の場合,検査件数,入院患者数,手術件数がすべて増えました。頸動脈エコーや造影心臓CTなどの検査数が伸びたほか,栄養指導,教育入院なども増加しています。早期発見,早期治療にも結びつき,患者さんにとっても良いことだと思います。また,紹介から逆紹介までの流れも速やかで,ベッドの稼働率も高い水準です。
  当院は,193床というあまり大きな規模の病院ではありませんが,予防医療に力を入れ,「病気にならないための病院」という地域の中での役割を果たすことで,経営的にもうまくいっています。それを踏まえると,地域連携では,それぞれの施設が自分たちの機能を発揮し,共にwin-winの関係を築くことが重要だと思います。

(2011年5月16日(月)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
(なかの ともき)
獨協医科大学卒業。社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス東埼玉総合病院代謝内分泌科・地域糖尿病センター勤務。糖尿病学会認定専門医,日本内科学会認定内科医,埼玉県糖尿病協会理事。高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部の医療情報化に関するタスクフォース構成員を務める。

(インナービジョン2011年7月号 別冊付録 ITvision No.24より転載)
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