インナビネット特集 インタビュー
武藤 正樹 国際医療福祉総合研究所長,国際医療福祉大学大学院 教授,株式会社医療福祉経営審査機構CEO,株式会社医療福祉総合研究所 代表取締役社長 / 新医療計画を実施する上で重要になるクラウドやセンシングなどのITの活用を進めて情報の二次利用ができる環境を整備するとともに技術革新によって産業としても成長を

2012年度の診療報酬改定や2013年度から始まる新医療計画において,地域連携や在宅医療は重要ポイントとされています。これらを進めていく上でITが果たす役割と,医療現場でITを普及させるための方策について,厚生労働省「医療計画見直し等検討会」座長を務める武藤正樹氏にインタビューしました。

● 2013年度から始まる医療計画では在宅医療や災害医療,精神医療を充実

私が座長を務めている厚生労働省の「医療計画見直し等検討委員会」では現在,2013年度から始まる新しい医療計画に向けての指針づくりに取り組んでいます。現在,検討会では,2008年度から始まった現在の医療計画の見直しをしており,新医療計画の指針は2012年2月に各都道府県に対して発出される予定です。

その中で,地域連携については,まず在宅医療を充実,強化していくことを検討しています。これは,介護サービスも含めた多職種間での連携や,診療時間外でも在宅や救急医療を受けられる24時間対応,終末期患者への医療提供体制などが指針に盛り込まれることになります。

また,現在の医療計画から始まった地域医療提供体制である4疾患5事業(4疾患:がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病,5事業:救急医療,災害医療,へき地医療,周産期医療,小児医療)については,新たに精神疾患を加え,5疾患5事業の医療サービスを提供する体制の構築を求めることにしています。これは,認知症や統合失調症,うつ病の患者数増加を踏まえてのものです。特に高齢化に伴い増え続けている認知症患者に対する医療提供体制は,重大な課題であり,現在全国155か所に整備されている認知症疾患医療センターと,非専門医を含めた診療所などとが連携をとりながら,地域全体で行っていくことになります。

このほか,東日本大震災における医療体制を踏まえて,災害医療についても見直しの重点項目としており,災害に強い医療提供体制を構築することを指針には盛り込む予定です。

● 新医療計画を進める上で重要な鍵となるクラウドやセンシングなどのIT活用

新しい医療計画を各都道府県で進めていくためには,ITの活用が非常に重要となります。例えば,在宅医療においては,見守りシステムが有用だと考えられます。また,災害医療では,東日本大震災の際に被災地の医療機関において衛星携帯電話すら使えなかったケースもあったことから,特に災害発生直後にいかに情報連携するかという対策が必要になってきます。一方で,東日本大震災では医療機関で診療情報が消失してしまったほか,被災者がお薬手帳を失い避難先での処方が困難となりました。このような事例を踏まえ,政府が進めている「どこでもMY病院」でも電子お薬手帳の提供を検討しています。新医療計画では,このほかにも,レセプトやDPCデータを利用して,患者の受療状況を分析し,医療圏の見直しも行うことにしています。

このようなITの活用においては,クラウドやセンシングなどの新しい技術が重要な鍵となります。クラウド技術については,現在,KDDIなどで構成される,ジャパン・クラウド・コンソーシアムの健康・医療クラウドワーキンググループ(WG)において,健康・医療クラウドのプロトタイプ構築に向けて取り組んでいます。WGでは,医療と介護の情報連携のための検討を行っています。現在,各都道府県では,地域医療再生計画が進められており,被災地では積極的に地域連携にITを活用することにしています。こうした地域で,クラウドやセンシング技術を用いた新しい医療・健康サービスが提供されることが期待されています。例えば,医療だけでなくレストランでの食事やフィットネスクラブでの運動などパーソナルな健康に関する情報を自動的に収集し,PHR(Personal Health Record)に取り込むようなことも考えられます。

従来このような医療や介護,健康分野のIT活用のプロジェクトは,国の補助金事業として行われることが多くありましたが,あまりうまく機能しませんでした。ですから,ビジネスモデルとして成り立たせることを念頭に置き,そのためのインフラ整備やプラットフォームのための技術開発を行うことが重要です。

● IT利用を広げるために必要な技術革新と情報の二次利用のための環境整備

医療分野のIT化をさらに進めるためには,技術革新が必要です。現在,在宅医療や介護の現場では,タブレット端末が利用され始めていますが,まだ操作性も機能も不十分だと思います。例えば高齢のホームヘルパーの方でも使いやすい,患者さんのベッドサイドにある連絡ノートと同じ感覚で使えるデバイスや,薬の飲み忘れをアラートで知らせたり,自動的に行動記録が入力されるような見守りシステムといったものが,現場では期待されています。

加えて,集められた情報をデータベース化し,二次利用できるようにすることも大事です。例えば,自動入力された認知症の患者さんの行動記録を医師が分析することで,アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症のいずれかの鑑別が可能になります。また,多数の症例のデータが集積されれば,新薬やサプリメント,食品などの開発にもつなげることができます。

だからこそ,情報を二次利用するための制度を含めた環境を整備しなければいけません。個人情報を保護しつつ,安全に利用できれば,新しいビジネスの創出にもつながり,データベース化の費用を賄うことも可能になります。また,データベースの活用は,無駄な医療費の削減にもつなげられます。韓国では,レセプト情報を基にナショナルデータベースを構築し,医療の質を計測して,その結果が高い医療機関にインセンティブを与えるようにしています。こうしたP4P(Pay for Performance)は,欧米でも進んでおり,医療の質の向上に役立てられています。ですから,データベース化は,医療の質の観点からも必要なことだと言えます。

データベースの活用は,慢性疾患の増加によって近年注目されるようになってきた疾病管理にも役立てることができます。疾病管理とは,慢性疾患の患者さんに対する服薬などによる継続的な管理により,合併症の発症を予防するというもので,欧米各国で取り組まれています。疾病管理を行うことで,製薬企業は確実に薬剤が消費されるというメリットがありますが,さらに合併症を予防することが入院や救急外来の患者数を減らすことにつながり,医療費を節減できます。一方で,医療機関にとっては,疾病管理にITを活用して,病院の専門医と開業医が情報を共有しながら連携することで,日常の管理は開業医が行い,専門的な診療は病院で行うという機能分化に結びつきます。これにより,病院は効率的に高度な診療を行え,診療所は確実に患者さんを確保するという,Win-Winの関係を築くことも可能になるのです。疾病管理の仕組みができるならば,データベース基盤や情報連携のためのIT化の費用負担についても,企業や保険者からの理解を得られやすいのではないでしょうか。

このように,医学のためにも産業のためにも,情報基盤となるデータベースを整備することは重要です。いまこそ,利用のための制度を整え,積極的に活用していくことが求められているのです。

(2011年12月20日(火)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
(むとう まさき)
1974年新潟大学医学部卒業,78年新潟大学大学院医科研究科修了。国立横浜病院,ニューヨーク州立大学家庭医療学科(留学)を経て,88年に厚生省関東信越地方医務局指導課長となる。その後国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長などを経て,国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長・同大学大学院教授。2007年に株式会社医療福祉経営審査機構CEO,2011年に医療福祉総合研究所代表取締役社長(兼務)。日本医療マネジメント学会副理事長,厚生労働省医療計画見直し等検討会座長などを務める。近著に「地域連携クリティカルパスと疾病ケアマネジメント」(中央法規出版)や「医療が変わるto 2020」(医学通信社)などがある。

(インナービジョン2012年2月号 別冊付録 ITvision No.25より転載)
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