METISからの提言―日本の医療機器・技術によるヘルスケア戦略―
第4回 革新的医療機器を生み出す産業と研究開発促進体制─国家としての打ち手 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 江上美芽/岡野光夫 氏
はじめに

世界の先進医療が大きく進む中で,ハイテク国の日本においても医療機器,デバイス,再生医療の発展に国民の期待が寄せられている。難治性疾患の現実を広く知らしめると共に,志と技術を併せ持つ医師が先端医療機器を駆使して抜本的な治療を実現する姿を,しばしばテレビ・新聞報道が取り扱って注目を集めている。この期待に応えるためには,優れた科学技術の融合,医工産連携研究による日本発の革新的医療機器開発への体制整備と,グローバル競争を視野に入れた戦略性がきわめて重要となっている。

一方,日本の医療機器市場規模は現在おおよそ2.2兆円,年率5%程度の成長率を示しているものの,世界市場(欧州医療機器産業連合会データで2192億ユーロ,約26兆円規模)においては10%を切る存在であり,近年そのシェアは年々低下傾向を示している。また,国内生産額1.7兆円のおおよそ1/3にあたる0.6兆円が輸出である一方,国内売上額2.2兆円のうち1兆円強を輸入で賄う現状であり,市場の増大を主に輸入がカバーする入超の構造が定着している。単に,日本企業の初期製品開発の停滞を示唆するのみならず,開発から市販後に至る新規製品の安全管理ノウハウが,産官医の連携体制で十分蓄積されているか,また,安全性や治療効果向上に向けた機動的一部変更を遂行する臨床現場と産業の連帯が十分保持されているかという点で,日本の先端医療開発環境が日々国際的に低下することをも示している。

スーパー特区と促進体制

こうした事態を打開し,日本発の革新的医療機器の臨床研究開発体制を強化するために,平成19年後半より最先端医療開発特区(スーパー特区)が開始され,公募選定された先端医療機器・再生医療・革新的医薬品開発を標榜する34の研究チームが,産学連携体制で臨床に向けた研究開発を進めている。本学においても,革新的医療機器・再生医療の双方で開発中であるが,特区プロジェクトへの十分な開発促進制度や,薬事規制の構築が追いつかない中で,残り2年数か月を残すのみとなり,主要な研究開発者は当該研究開発活動以上に制度設計の提案,新規薬事規制の構築協力を求められるところとなっている。

こうした先端医療機器開発を支える法体制整備の一環として,平成22年3月31日付け薬食発0331第7号「臨床研究において用いられる未承認医療機器の提供等に関わる薬事法の適用について」において,“医師主導”の臨床研究における未承認医療機器の使用が明確に認められたものの,医師と企業の共同研究契約による医療機器の臨床研究,あるいは企業が製品化を目的として開発した未承認機器を用いた臨床研究の取扱いは依然,不明確なままである。優れた医療技術の開発と安定的治療双方の社会的責任を医師と共に支えるべき企業の存在意義と開発体制整備の必要性が,この国においては十分に認められているとは言い難い。同時に臨床研究を主導すべき医師,医学部研究者,臨床機関の多くにおいて,優れた医療機器の製品開発プロトコルや,関連規制とコンプライアンスの根本的理解を習得する時間的余裕が少なく,専門人材を安定的に採用する制度も不十分である。さらには,革新的医療機器開発を薬事承認に繋ぐ科学的実験設計力,レギュラトリーサイエンスを誰がどのように構築するのかについて,行政が明確な方針を打ち出せていない。本学では平成22年度より,医療機器・先端医療のレギュラトリーサイエンス共同大学院を早稲田大学と連帯して開始しているが,専門人材育成という喫緊の課題に対するアカデミアへの官の連帯も,本格的な段階には至っていない。

日本の医療機器の臨床研究を支えるGCP省令

医薬品の臨床研究や治験を支えるGCP(Good Clinical Practice)が,ICH(International Clinical Harmonization)によりすでに国際整合しているのとは異なり,医療機器GCPは現時点では国際的に整合されたものではない。認証期間によるCEマーキング体制をとる欧州ではISOのGCP(ISO14155),日本は医療機器GCP,米国はIDE(Investigational Device Exemption:治療医療機器の臨床試験実施のためのFDA治験届と適用免除)により治験が実施され,各地域のGCPギャップを埋める必要がある多国間臨床試験においては,元来医薬品を対象とする ICH-GCP(Document E6)およびISO14155を枝葉部分で採用しているのが現状である。日本のGCPは,医療機器の臨床試験の実施基準に関する省令(平成17年厚生労働省令第36号)による「省令」である一方,米国では医薬品,医療機器共に,GCP条文は法令化されていない。cGCP(current,現時点でのGCP)として,臨床機関体制の進化により,自主自律的に修正しうるガイドラインとなっている。

上記の米国IDE制度(法令としてのGCP,規制法21CFR812)は,通常であれば未承認のために法定不適合あるいは不当表示として扱われる機器を米国における臨床試験用に出荷することを許可する法律であり,申請企業に対して510(k)またはPMAといった薬事承認の取得,医療機器施設の登録,機器の登録,品質保証関連(設計管理に関する規定を除く)の要求事項が免除される。機器が著しいリスク(significant risk)を持つかどうかにより,臨床施設のIRB(倫理委員会)承認だけでよいのか,FDAのIDE承認も必要とするかが決まるが,その判断は申請企業が行い,臨床施設のIRBが確認することとなっている。FDAが2007年度に211件の新規IDEおよび4345件のIDE補足申請を受領していることからも,著しいリスクを持つ医療機器の臨床試験において,活発に制度利用されていることがわかる。

このIDE制度あるいはICH-GCPと日本の医療機器GCPの内容は,根本的には似ているものの,対象となる臨床試験(研究)の範囲,治験契約,IRB(倫理委員会),必須文書(種類と量),ならびにファイナンシャル・ディスクロージャー(利益相反:治験責任医師,治験分担医師本人とその配偶者ならびに子供に該当する)の点で大きく異なる。ICH-GCPやIDEと比較し,GCP省令においては,治験依頼者(企業)が実施医療機関とは契約できるが治験責任医師とは契約できない点,実施医療機関ごとにIRB設置が必要となり,総括的な中央倫理委員会の設置ができない点,治験責任医師がIRBから治験承認を得るのではなく,治験実施医療機関の長がIRBに意見を聞くことが求められる点,などである。IDE承認を得ると有料での製品提供による治験が可能になることからも,IDEにはファイナンシャル・ディスクロージャーの規定が明記されている。最近,HBD(Harmonization By Doing:FDAと厚生労働省が主導し,産学が協力して実施する医療機器の同時申請プロジェクト)の第4WGが行った,日米およびISO-GCPの比較分析報告の概要(日英)が医機連ホームページに掲載されているので,一読されることをお勧めしたい。

こうしたGCPの違いは,より習熟した治験責任医師がリードし,多施設連携での優れた治験実施を必要とする革新的医療機器の治験と産業の開発意欲に大きな影響を与えている。特にこれまで,ライフサイエンス分野での科学技術政策が産業育成政策に連動し得ていない日本と,革新的医療機器の開発意義を国家が提唱し,開発リスクとプロダクト・ライアビリティとの整合性に法的にも取り組んできた米国とのギャップは大きい。

“メディカルイノベーションの作法”を強化する米国

米国では1970年代,生体内人工材料(豊胸材シリコン等)に関わる相次ぐ数千億円規模の訴訟と,風評被害による株価低落から,ダウケミカル等大手企業が医療分野から撤退した。その後の35年間に,明確な医療機器産業育成の国家ビジョンを掲げ,医工学研究人材の育成に取り組み,図1に紹介する涙ぐましいまでの先端医療技術の開発環境整備を実行してきた。その結果,先駆的治療機器分野においては,メドトロニック,ボストンサイエンティフィックなど,米国大手医療機器企業が欧州および日本企業を凌駕し,世界をリードしている。インシュリンポンプや心臓人工弁等における承認機器の日米の世代ギャップは深刻な状況にある。

また,FDA審査官については,法規制の範囲に沿った審査結果に関して免責条項が適用されている。医薬品・医療機器の承認審査では,非臨床試験・動物実験・臨床試験データ等のさまざまな情報の多角的な検討により承認可能か否かが決まるが,常に統計的に完璧なデータに基づく一元的な審査でない以上,審査官の“判断”が大きなポイントとなる。米国ボストンサイエンティフック社の内田毅彦氏は,「そもそも米国の法律,合衆国憲法は英国憲法を基として起草された。当時イギリスは王国であり,政府を訴えるという概念そのものがなかった。後に,米国国民が政府(職員)を訴えることを認める法律(Federal Tort Claim Act)が定められたが,FDA審査官については除外規定(Code for Federal Regulations Title 28, Part VI, Chapter 171, Section 2680 Exceptions(a))が当てはまることにより,事実上免責であると考えられる。」と述べている。日本の審査官に免責が保証されていないことで,より多くの情報やデータの要求や長期の審査期間を生じ,革新的医療機器による治療が常に他国に遅れて開始する事態を引き起こす可能性はないかを,十分に検証する必要がある。

図1 先端医療機器開発にかかわる米国での主な体制整備の歴史
図1 先端医療機器開発にかかわる米国での主な体制整備の歴史
日本の打ち手への期待
平成21年12月30日及び22年6月18日に閣議決定された新成長戦略においては,第4期科学技術基本計画(2011年〜)を基づくライフイノベーション分野として,2020年までに新規市場50兆円,新規雇用284万人が宣言され,総合体制整備の一環として「ポジティブ規制」の活用が明示された。優れた産学フロントランナーがクラスターに結集し,専門人材育成と「ポジティブ規制」に支えられた医工産連携集の研究開発と社会実証実験を促進できるよう,早期の具体策の実行を当事者として強く期待するものである。

◎略歴
江上美芽 氏
1981年,一橋大学社会学部(国際経済)卒業。国内外大手金融機関の国際金融業務を経て,2006年,東京女子医科大学先端生命医科学研究所客員教授,チーフ・メディカルイノベーションオフィサーおよび国際産学連携・知財戦略コーディネーター。2010年,科学技術振興機構イノベーションコーディネータ奨励賞受賞。
岡野光夫 氏
1979年,早稲田大学大学院高分子化学博士課程修了(工学博士)。同年,東京女子医科大学医用工学研究施設助手,84年,ユタ大学薬学部Visiting Assistant Professor,86〜94年,同Associate Professor。94年〜東京女子医科大学教授兼ユタ大学Adjunct Professor。99年,東京女子医科大学医用工学研究施設施設長,2001年〜同大学先端生命医科学研究所所長(現職)。04年〜早稲田大学客員教授,05年〜日本学術会議会員。1997年,Clemson Award,98年,高分子学会賞,2005年,江崎玲於奈賞,2009年,紫綬褒章受賞。

(インナービジョン2011年1月号より転載)
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