METISからの提言―日本の医療機器・技術によるヘルスケア戦略―
未承認医療機器による臨床研究 京都大学大学院医学研究科薬剤疫学 教授 川上浩司 氏
日本における医療機器の開発, 薬事環境

医療機器には大変に多様な種類,用途があり,その安全性や有効性の評価は単一的なものではない。現在の改正薬事法では,医療機器のリスクに応じたクラス分類制度,低リスクの医療機器に係る第三者認証制度の導入,高リスク医療機器等の販売業・賃貸業への許可制の導入がなされている。また,法制上の名称が「医療用具」から「医療機器」になっている。

医療機器の臨床試験には,医療上,および薬事環境上の特有の問題が存在している。医療上の問題としては,医療機器の使用に際しては手術手技を伴うことがあるため,施設・術者の違いによるバイアスや,ラーニング・カーブ(学習曲線)の影響を受けやすいこと,比較試験を実施する際に無作為化は可能でも盲検化が難しいということ,さらに,医薬品と異なり,体内に植め込まれて治験実施期間終了後も生命維持に直接関係するものが存在するということなどがある。したがって,臨床試験の計画,実施,解析にあたっては,個々の医療機器の特性を考慮する必要がある。なお,植え込み型の医療機器に対する特定医療用具としてのトラッキング制度は,承認前の治験には適用されない。しかしながら,治験期間終了後の安全性確保について,同様の注意が必要と思われる。また,治験を実施し,被験者が存在するにもかかわらず,何らかの理由で当該医療機器の開発が中止された場合,被験者の安全性の担保や医療機器のメンテナンスなどをどのようにするのかという問題が生じる。

薬事上の問題とは,クラス分類によって審査と承認の制度が異なっているということである。クラス II の医療機器の場合,第三者認証機関において審査を受け,認証される。この場合,薬事法上の治験ではなく,臨床研究のデータをもとに申請されることとなる。一方,新規性の高いクラス II の医療機器や,クラス III あるいは IV の医療機器の場合には,独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)において承認申請の審査を受けることになる。そのためのデータは,治験の結果に基づくものとなる。この制度的乖離,すなわち,薬事承認を得るための申請のために臨床研究を実施するのか,あるいは,治験を実施するのかという差異は,開発企業やアカデミアなど医療機関における研究者に大きな戸惑いとなっている。

図1 未承認医療機器の臨床研究実施のフローチャート
図1 未承認医療機器の臨床研究実施のフローチャート
医療機器における臨床研究実施にかかる問題と解決に向けて

前述のように,薬事認証が行われるもの,すなわち,臨床研究のデータの取得が必要であり治験が実施されないようなもの(おおむねクラス I ,II)の場合,Good Clinical Practice(GCP)を遵守して実施される治験ではなく,臨床研究の実施が不可欠である。しかしながら,これまで,薬事法の解釈上は,臨床研究において用いられる未承認医療機器を企業からアカデミア等の医療機関に提供するに際して,多くの混乱があり,医療機器開発企業としては,薬事法違反を恐れて臨床研究が実施されにくいという問題が起きていた。企業側は,臨床研究段階における薬事法の適用範囲についての解釈に慎重になっており,医師から要望されたいかんにかかわらず,未承認機器は提供できないと考える例がある。また,臨床現場(医師)から,医療機器開発企業に寄せられる改良の要望に基づいて機器を改良し,臨床研究として評価を実施し,その評価結果に基づいて,最善の仕様,使用手順にて承認(認証)を取得しようとしても,そのための未承認医療機器の提供ができないという報告もあった。そのため,現状では,医療機器は改善,改良のたびに承認(認証)申請をし,承認(認証)取得後に臨床研究が実施され評価されている。このサイクルが製品開発の遅れの要因となっている。

このため,2010年には,「臨床研究において用いられる未承認医療機器の提供等に係る薬事法の適用について」が発出された。しかしながら,具体的な事例や,臨床研究の実施上の注意点についてはいまだ不明瞭であり,どのようにすればよいのかという意見が多く出ている。また,昨今改定された「臨床研究に関する倫理指針」は,医薬品を用いた臨床応用研究を念頭にされた記載が多く,医療機器を用いた臨床研究においては解釈が困難な場合がある。

産業界(日本医療機器産業連合会),アカデミア研究者,関係政府省庁のメンバーによって構成される医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS)においては,第4期METIS計画として,10年先を見据えたシーズ発掘と実用化・事業化,医療機器産業の基盤整備のための提言と推進,啓発活動を掲げているが,この中で,特に重要な基盤整備として,昨今,「未承認医療機器の臨床研究」の戦略会議が設置された。本組織では,産業界側の委員,アカデミアからの委員によって未承認医療機器を用いた臨床研究の基盤整備に取り組み,『医療機器の臨床研究実施の手引き(仮称)』を策定することになっている。第1版は2011年春に発表され,2012年春までに改訂版を作成するという計画である。本手引きにおいては,アカデミア医療機関の研究者が,医療機器を用いた開発や改良に携わる場合に,治験を実施すればよいのか,臨床研究を実施すべきなのか,どのような規制あるいはガイドライン等を遵守すべきか,企業とアカデミア研究機関との間にどのような契約を結べばよいのかということについて,時系列を追って詳しく記載がされている。

医療機器産業の振興のために 必要な制度改革

わが国においては,制度上治験と未承認薬を用いた“臨床研究”とが乖離していることが指摘されている。日本では,医薬品企業を製造,販売・流通の面から規制する薬事法においては,新規の科学技術の成果を医薬品などに応用していくという道筋はなじまず,米国などのように臨床研究と治験を一体化させたInvestigational New Drug(IND)制度が存在しないために,医療への応用化は非常に困難である。特に医療機器の開発においては,上述のように,医薬品を想定した薬事法の取り扱いに医療機器がなじみにくいという背景があり,さらに,医療機器GCPの発令以降,企業で試作した医療機器の候補品(プロトタイプ)をアカデミア等で臨床研究として実施することが困難となっている。米国においては,1997年に制定されたInvestigational Device Exemptions (IDE)制度によって,医療機器を用いた臨床研究(開発)は規制当局であるFood and Drug Administration(FDA)から一元的に管理,支援を受けているため,弾力的にプロトタイプを用いた臨床研究が行われている。さらに,医療上の融合製品については,FDAにおける各専門の部署がさまざまな薬事審査,支援を実施するために,先端的な医療用品の開発も進んでいる。また,欧州では,2004年からEC臨床試験指令が施行されて,医薬品の治験と臨床研究とは一体化したが,医療機器に関しては各国の規制の考え方で臨床研究が継続され,欧州内の流通を目標とした認証制度(CEマーク)が実施されている。このような欧米の制度改革と比して,日本においては,審査当局の治療用機器(高度管理医療機器)の審査の遅さ,また,医療機器を用いた臨床試験実施の規制が同時に作用して,さらに,医療機器の開発戦略が不明瞭になってしまったと言われている。

上記のような規制環境と,また,保険収載時に,新規性の高い機能が付加されていても,同様の用途目的を持つ医療機器には保険点数の付与がされづらいという点から,医療機器産業界にとっては新規のチャレンジや開発の動機づけが困難となり,ひいては医療,健康分野におけるイノベーションが起きるチャンスが減ってしまうという大きな問題を抱えている。保険の点は本稿には記載しないが,少なくとも規制環境を改革していくことは最重要課題である。日本においてもIDE制度の導入,治験の実施運用の弾力化は必要であろう。

◎略歴
1997年,筑波大学医学専門学群卒(医師免許),2001年,横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部外科学卒(医学博士)。米国連邦政府食品医薬品庁(FDA)生物製剤評価研究センター(CBER)にて細胞遺伝子治療部臨床試験(IND)審査官,研究官を歴任し,米国内で大学,研究施設,企業からFDAに提出された遺伝子・細胞治療,がんワクチン等に関する臨床試験の審査業務および行政指導に従事。東京大学大学院医学系研究科先端臨床医学開発講座客員助教授を経て,2006年より京都大学教授。2010年より京都大学理事補(研究担当)。現在,慶應義塾大学医学部客員教授などを兼務。

(インナービジョン2011年7月号より転載)
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