セミナーレポート(富士フイルムヘルスケア)

一般社団法人日本心エコー図学会第31回学術集会が2020年8月14日(金),15日(土)の2日間,Web開催された。15日に行われた株式会社日立製作所共催のランチョンセミナー7では,国立循環器病研究センター心臓血管内科部門心不全科部長の泉知里氏を座長に,筑波大学医学医療系循環器内科学准教授の石津智子氏と徳島大学病院循環器内科講師の楠瀬賢也氏が,「心不全を診る:左房機能評価を読み解く」をテーマに講演した。

2020年11月号

一般社団法人日本心エコー図学会第31 回学術集会ランチョンセミナー7 心不全を診る:左房機能評価を読み解く

心不全を診る─Dual Gate Doppler & R-R Navigation

楠瀬 賢也(徳島大学病院循環器内科)

本講演では,日立製超音波診断装置の機能である“Dual Gate Doppler”と“R-R Navigation”について,心不全の診療における有用性を報告する。また,最後に,“Vector Flow Mapping(VFM)”の可能性についても言及する。

心不全の定義とエコー指標

「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」1)に,心不全は「心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現」すると定義されている。心ポンプ機能が障害されると,十分量の血液を駆出するために前負荷が上がって充満圧が上昇し,肺うっ血を来しやすくなる。また,充満圧が上昇したにもかかわらず,心ポンプ機能がさらに悪化し前方駆出が不十分になると,心拍出量が低下する。すなわち,心不全とは,「充満圧の上昇」と「心拍出量の低下」の2つで構成されていると言える。
心エコーにおいて,充満圧は拡張機能,心拍出量は収縮機能を表しており,これらは血行動態(状態)の指標である。一方,心筋特性(性能)の観点から見ると,左室弛緩や左室コンプライアンスは拡張機能,心筋収縮の程度(心筋収縮性)は収縮機能を表している。拡張機能および収縮機能の評価におけるさまざまな指標を図1に示す。心エコーにおける血行動態指標のうち,僧帽弁口血流速波形の拡張早期波形E波(TMF-E)やE/e’は充満圧の指標であり,心拍出量はLVOTのVTIで評価できる。また,心筋特性である左室弛緩や左室コンプライアンスの指標はe’であり,LVEFやasynergyは心筋収縮性の指標となる。

図1 心不全の評価における心エコー指標

図1 心不全の評価における心エコー指標
LVEDP:左室拡張末期圧,PAWP:肺動脈楔入圧,TMF-E:僧帽弁口血流速波形(TMF)の拡張早期波形(E波),E/e’:E波を僧帽弁輪運動速波形の拡張早期波(e’)で除した値,Tau(τ):減衰時定数,dP/dt:左室圧最大増加速度,CI:心拍出係数,CO:心拍出量,LVOT:左室流出路,VTI:速度時間積分値,Es:収縮末期,LVEF:左室駆出率,asynergy:壁運動異常

 

左室機能評価におけるDual Gate Dopplerの有用性

1.左室拡張機能の評価法
左室拡張機能を考える上で重要な左室圧曲線と左房圧曲線の関係(図2)を見ると,左室弛緩が正常な場合は左室圧曲線の下行脚がスムーズに低下して等容弛緩時間(IRT)が短くなり,E波もしっかりと保たれる(a)。一方,左室弛緩異常が進むと左室圧曲線の下行脚がなだらかとなってTauが延長し,IRTが延びてE波が減高するとともに,心房収縮によって左室の充満が保持されるため左房収縮期波(A波)が増高する(図2 b)。さらに,コンプライアンス異常が加わると,左房圧が上昇してIRTがやや短くなるためE波が急峻となり,またすぐに左室圧が上昇するためA波が減高する(図2 c)。この時,TMFのE波とe’に注目して左室弛緩を評価していくが,それを非常に簡便に行えるようにした技術がDual Gate Dopplerである2)

図2 左室圧曲線と左房圧曲線の関係

図2 左室圧曲線と左房圧曲線の関係

 

2.Dual Gate Dopplerの有用性
われわれはかつて,TMFと後壁の組織ドプラの波形(E波とe’)を計測したところ,健常例ではe’の方がE波よりも早く開始するのに対し,拡張型心筋症ではe’の開始が遅れることを確認し3),E波とe’の開始時間の差から拡張機能を評価可能と考えた。また,別の検討では,心不全の進行に伴いe’が遅れることや4),長軸方向の拡張のタイミングのズレが心不全の進行に大きくかかわっていることが報告された5)
このようなE波とe’の開始時間の差を,Dual Gate Dopplerを用いることで同時に計測することが可能となる。実際に,下肢陽圧負荷心エコー(leg-positive pressure:LPP)と同時に心臓カテーテル検査を実施し,Dual Gate DopplerでE波とe’を計測したところ,下肢陽圧負荷でLVEDPが上昇するとe’の開始がE波の開始よりも遅れてくることがわかった2)。さらに,LPPにて前負荷を増やし,その前後におけるTE-e’(E波とe’の開始時間の差:ms),LVEDP(mmHg),Tau(ms)の変化を検討した。その結果,TE-e’およびLVEDPはLPP後に増大するが,Tauにはほぼ変化は見られず,心筋の弛緩能は変わらないが,圧が変わることが明らかになった。これにより,LVEDPとTE-e’には非常に良好な相関があることが明らかになった2)。本検討では,LVEDP>16mmHgを診断のカットオフ値とした時,TE-e’>33msではAUC=0.92と非常に良好な結果が得られた。
以上より,TE-e’から左室充満圧と左室弛緩のバランスを加味した拡張機能の評価が可能であり,正確な時間差を計測するためにはDual Gate Dopplerが必要である。

心房細動合併心不全におけるR-R Navigationの有用性

1.心房細動合併心不全の評価の課題
心房細動を合併した心不全の機序として,頻脈,徐脈など急激な心拍変化における心拍出量の減少や,頻脈誘発性心筋症の原因となりうること,心室充満に必要なブースターポンプ機能としての心房収縮の消失などがある。心エコーでは,左房および左室のサイズや弁膜症の重症度,心膜などを総合的に計測し,心房細動の評価を行う。一方,心エコーによる評価の限界として,A波の消失,S波の低下,さらにはR-R間隔が不規則なことなどが挙げられ,これらは心房細動の心機能評価における大きな課題となっている。
ASE/EACVIガイドライン6)では,心房細動の心不全評価に有用な5つの指標が記載され,そのほかにTE-e’をDual Gate Dopplerで計測すること,L波の計測が推奨されている。心房細動では,TE-e’からPAWP>12mmHgを予測しうることが報告されているが7),この時のTE-e’のカットオフ値は34msと,前述のわれわれの検討2)とほぼ同じであり,適切な値と考えてよいと思われる。また,L波は,能動的拡張が遅延し左室のstiffnessが増加した患者に見られ,左室前負荷の上昇を示唆しており,L波があると予後が悪いと言われている8)

2.R-R Navigationの有用性
心房細動における心機能評価に当たっては,先行R-R間隔(RR1)と先々行R-R間隔(RR2)の比(RR1/RR2)がほぼ1となる区間を評価心拍としてエコー指標を評価すると,複数心拍で評価した値と良好な相関が得られる(図3)。これが,index beatという考え方であり,index beatを自動で簡便に検出する機能がR-R Navigationである。検出されたindex beatは心電図上,黄色で表示され(図4),その心拍を用いることで,心房細動の心機能評価においても再現性良くエコー指標を計測することができる。また,index beatは自動検出されるため,解析時間の短縮にもつながる。

図3 心房細動における評価心拍の検出

図3 心房細動における評価心拍の検出

 

図4 R-R Navigationによるindex beatの自動検出

図4 R-R Navigationによるindex beatの自動検出

 

VFMの有用性

心臓の血流動態解析としては4D flow MRIなどがあるが,これを心エコーで実現したのがVFMである。VFMは,カラードプラ情報と心筋壁の運動情報から,流体の質量保存則に基づき超音波ビームと直交方向の速度成分を求め,血流速度ベクトルを表示する9)。VFMを用いて計測する指標の一つとしてエネルギー損失(energy loss)がある。隣り合う血流速度ベクトルの差が大きいほどエネルギー損失が大きくなり,左室内のエネルギー損失の大きさの違いによって心機能を詳しく評価できると考えられている。
図5,6は,重症の大動脈弁狭窄症の経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)前後のVFM画像である。VFMのエネルギー損失表示では,損失の程度が大きいほど濃い色で表現されるが,TAVI後の画像は色がやや薄く,数値的にも明らかにエネルギー損失が減少していた(図6 b,c)。TMFも確認したところ,TAVI前後でほぼ変化は見られないことから,TMFで確認できない変化をVFMのエネルギー損失表示ではとらえていると考えられる。
VFMは再現性良くエネルギー損失を評価可能であり,TAVI後のエネルギー損失の改善を確認できるなど,血行動態の変化および心筋の効率的な仕事量を鋭敏にとらえられる可能性がある。

図5 VFMで計測したTAVI前のエネルギー損失

図5 VFMで計測したTAVI前のエネルギー損失

 

図6 VFMで計測したTAVI後のエネルギー損失

図6 VFMで計測したTAVI後のエネルギー損失

 

●参考文献
1)急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版). 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン,2018.
http://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/topics20180323.pdf
2)Kusunose, K., et al., JACC Cardiovasc. Imaging, 6(4): 528-530, 2013.
3)Onose, Y., et al., Jpn. Circ. J., 63(3): 209-215, 1999.
4)Little, W.C., et al., Circulation, 120(9): 802-809, 2009.
5)Iwano, H., et al., Physiol. Rep., 2(7): e12082, 2014.
6)Nagueh, S.F., et al., J. Am. Soc. Echocardiogr., 29(4): 277-314, 2016.
7)Wada, Y., et al., Circ. J., 76(3): 675-681, 2012.
8)Nakai, H., et al., Circ. J., 71(8): 1244-1249, 2007.
9)Itatani, K., et al., Vorticity and Wall Shear Stress. Jpn. J. Appl. Phys. 52(7): 07HF16, 2013.

 

楠瀬 賢也

楠瀬 賢也(Kusunose Kenya)
2004年 筑波大学医学専門学群卒業。2009年 徳島大学大学院博士課程修了。2011年 米国クリーブランドクリニック留学。2017年 徳島大学超音波センター副センター長。2020年4月〜徳島大学病院循環器内科講師。

 

 

●そのほかのセミナーレポートはこちら(インナビ・アーカイブへ)

【関連コンテンツ】
TOP