第39回日本神経放射線学会ランチョンセミナー2

healthymagination series

Metabolite Mapを利用したMRIによる神経生化学診断の臨床有用性と課題

第39回日本神経放射線学会が2月11日(木)〜13日(土)の3日間,学術総合センター(東京)にて開催された。GEヘルスケア・ジャパン共催のランチョンセミナー2では,徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部画像情報医学分野教授の原田雅史氏が「Metabolite Mapを利用したMRI による神経生化学診断の臨床有用性と課題」と題して講演し,MR Spectroscopic Imagingの基礎や臨床応用,将来展望などについて述べた。

原田 雅史
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部画像情報医学分野教授

  原田 雅史
原田 雅史
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部画像情報医学分野教授
1986年徳島大学医学部医学科卒業。90年同大学院医学研究科修了。米国ペンシルベニア大学,徳島大学医学部附属病院放射線科講師,米国ミネソタ大学医学部MR研究センター,徳島大学医学部放射線技術学講座教授,同大学院医用情報科学講座教授などを経て,2008年より現職。

Metabolite Map(代謝物マップ)には,PET,SPECTおよびMRIによるものがあるが,さまざまな放射性核種を投与してTracer Imaging を行うRI検査に対して,MRIではプロトンやリンといった内因性の代謝物質を画像化して評価することができ,さらに,Carbon-13(13C)やFluorine-19(19F)を用いたTracer Imagingも可能である。中でもMR Spectroscopy(MRS)の応用範囲はRI検査の一部を包括しており,従来のMRIを凌駕する潜在能力を有している。そこで本講演では,MR Spectroscopic Imaging(MRS/I)の基礎と臨床応用,分子イメージングにおける可能性について述べる。


s 脳腫瘍におけるMRS/Iの臨床応用

1.Advance Imaging
脳腫瘍の診断方法について,Al-Okailiらが2007年のRadiologyでフローチャートを提唱した(図1)。
具体的には,コンベンショナルな造影MRIで造影の有無を確認し,その後,拡散強調像(DWI),ADC値,パーフュージョン,MRSなどによって,病変の鑑別を行っていく。このように,複数のモダリティや撮像法を用いて診断する手法を“Advance Imaging”と呼ぶ。Advance Imagingでは,感度,特異度が80%以上,正診率も85%以上で,有効性が高いとされている。いくつかの課題もあるが,MRSを含めた診断手順を臨床応用するためのひとつの手法であると考えている。

図1  脳腫瘍への臨床MRS/I の応用例
図1  脳腫瘍への臨床MRS/I の応用例
(Al-Okaili R N, Krejza J, Woo J H, et al. Intraaxial brain masses : MRimaging.based diagnostic strategy-initial experience. Radiology Ai02007 ;243 : 539-550. より許可を得て引用転載)

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s MRS/Iの基礎

1.MRSの原理
MRSの結果については従来,単独で診断精度や有意差を検討する研究報告が多いが,今後は複数の検査の中でMRSの位置づけを検討する必要がある。
MRSで得られる代謝物質のスペクトルは約20種類あるが,なかでもN-acetylaspartate(NAA)やcreatine(Cr),glutamate(Glu)+ glutamine(Gln),choline(Cho),myo-inositol(mIns)が代表的なものである。脳腫瘍においてはCho が細胞膜代謝の指標として最も良いバイオマーカーであり,PETとMRSのいずれにおいても代謝イメージングが得られる。ただし,MRSでは内因性のChoプールを,PETでは外因性のChoの摂取率を見ているという違いがあるので注意が必要である。
また,腫瘍において,FDGで見るglucoseはビルビン酸(Pyruvate)から好気性のTCA回路に入るものであり,嫌気性の回路が亢進するとlactateの上昇が認められる。その分岐点がピルビン酸であることも知っておく必要がある。
次に,MRSの手法には,シングルボクセル法とマルチボクセル法があるが,マルチボクセル法でも1つひとつの代謝物質のピークを観察することが可能である(図2)。腫瘍においては,Choのピークが非常に高くNAAのピークが低い,いわゆるmalignant patternとなる(図2 c)。ここから,NAAやCho,lactate,lipidなどの信号のピークの面積を選択すると,それぞれのMetabolite Mapが作成できる(図3)。

図2 マルチボクセル法による代謝物質のピークの観察
図2 マルチボクセル法による代謝物質のピークの観察
図3 CSI 法による代謝マップの作成
図3 CSI 法による代謝マップの作成

2.鑑別診断への応用
MRSによる鑑別診断の例を提示する。症例1と2は,どちらも基底核に造影効果が認められ,T2強調像で高信号の非腫瘍性病変と腫瘍性病変である。MR画像だけでは鑑別は困難なため,MRSを行った結果,症例1は代謝物質のピークがやや右肩上がり,症例2はやや右肩下がりのパターン(malignant pattern)であった(図4)。さらに,SWIやDWIなどの機能画像を追加したところ,症例1ではT2*強調像とSWIで出血が認められたのに対し,症例2ではDWIで高信号となり,ADC値がやや低下していた。このことから,症例1は多発性硬化症,症例2は悪性リンパ腫と考えられ,生検で診断が確定した。

図4 MRSの脳腫瘍の鑑別診断への応用(症例1,2)
図4  MRSの脳腫瘍の鑑別診断への応用(症例1,2)

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s 腫瘍へのMRSの新たな応用
―トレーサー検査としての有用性と新たな技術

腫瘍では,好気性環境下でも嫌気性の解糖系代謝経路が活性化される効果をWarburg効果と呼び,LDH(lactate dehydrogenase)が高くなるという特徴がある。13C-pyruvateを用いた乳酸代謝評価が可能となるが,感度測定に問題があった。そこで,感度の向上をめざして,新たに超偏極(Hyperpolarization)手法であるDNP(Dynamic Nuclear Polarization)法が開発された。DNP法では,固体状態の化合物に高磁場下でレーザーを照射し,不対電子を増加させることでMR 感度を向上させるが,経時的減衰の割合が化合物の縦緩和に依存するため,減衰が非常に早いことが問題となる。
われわれが経験した例では,13C-pyruvate,13C-acetateを投与した瞬間に大きく励起されるため,13C-pyruvateでは5000倍,13C-acetateでは4000倍の感度向上が見られたが,13C-glucoseはT1緩和が短いためそれほど励起されなかった。
また,励起後にどんどん信号が減衰し,2〜3分で以前と変わらない状態となった。つまり,DNP法では,約3 分間ですべてのイメージングとデータ取得を行う必要があるということである。しかし,DNP法を用いれば,腫瘍の局在において乳酸(lactate)の上昇が認められるため,Blochの化学式でカーブフィットを行うことで,LDH活性を直接評価することが可能となる。
いまのところ,DNP法は動物実験でしか行われていないが,13C-pyruvateを胆癌ラットに投与したところ,腫瘍への有意な集積とlactateの代謝が,FDG-PETと同様に観察されたことが報告されている(Golman, K., et al. : Acad.Radiol ., 13, 932, 2006.)。臨床応用に向けてはすでに,米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校で,前立腺腫瘍を対象にした臨床治験が検討されている。また,2006年の北米放射線学会(RSNA)のGE社ブースでは,開発中の専用装置が展示で紹介されていたので,治験の結果によっては臨床用装置の開発が期待できる。

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s 中枢神経疾患における有用性
―神経伝達とMRS

中枢神経における有効性については,日本磁気共鳴医学会のホームページに,臨床MRSのスタディグループが,これまでの研究発表の論文をまとめたガイドラインを掲載しているので参照されたい(http://www.jsmrm.jp/modules/other/index.php?content_id=5)。
ここからは研究的な手法について述べる。MRSで検出できるアミノ酸タイプの神経伝達物質のうち,最も多いGluは,3T MRIでは,通常のスペクトルでも解析ソフト(LC Model)を用いて観察することができる。GABAに関しては,Gluの1/10程度の濃度しかないため,通常は評価が困難だが,editingという手法を用いて3T MRI で撮像すれば,GABAだけのピークが観察可能である。
われわれの検討では,自閉症患者群では正常対照者と比べて,前頭葉におけるGABAおよびGABA/Gluの低下が認められるが,基底核では有意差を認めなかった。また,てんかんを呈する症例では,GABAおよびGABA/Gluの上昇が認められたが,治療後にはGABAの低下が認められた。通常,成人のてんかん症例においてはGABAが低下するという報告の方が多いが,最近では,小児に関しては神経発達期においてGABAの神経細胞に対する役割が興奮性に作用し,その後,Glu作動性の神経細胞が発達すると抑制系に変化するという報告が増えてきている。そのため,GABAが興奮性に作用して,てんかんに影響している可能性があると考えている。

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s 新たな分子治療における応用
―移植再生医療の有効性への評価

最近,動物実験における分子治療および移植再生医療に関する報告が増加しており,PETやMRI,MRSによる分子イメージングの報告も急増している。副腎白質ジストロフィ症では,骨髄移植で病気の進行が止まる,あるいは症状が改善するとの報告が増えており,その術後評価においてMRS が有効と考えられる。実際に当院でも,白質の高信号部分のMRSにおいて,移植前はNAAが低下しChoが上昇するmalignant patternが認められたが,移植2か月後にはNAAの上昇が認められ,さらに1年後には,MRIの信号強度の大幅な改善が認められた症例を経験している(図5)。

図5  MRS の副腎白質ジストロフィ症例への応用
図5  MRS の副腎白質ジストロフィ症例への応用

この結果から,代謝の正常化はそのまま,神経細胞の正常化と言えるのではないかと考えている。
また米国では,アルツハイマー病の治療として神経移植が行われ,移植グラフトおよび移植後の評価をMRS で行った例がLinらによって報告された(NeuroRX, 2,197,2005.)。それによると,移植グラフトの段階ではNAAがほとんど認められないが,移植が成功した例ではNAAが大幅に上昇する一方,移植してもうまく定着しない場合には,すべての代謝物質が低下し,lactateだけが上昇するとの結果が示されている。これにより,治療効果判定が早期に可能となる。
さらに,2007年のScienceに掲載された論文(Louis, N., et al. : 318, 980, 2007.)では,neural progenitor cellsの存在をMRSが示唆する所見が示され,大きな話題となった。neural progenitor cellsの評価は今後,新しい領域として確立していく可能性があると思われる。
移植再生治療におけるモニタリングには,(1)移植前のneural progenitor cellの評価,(2)移植後の正着の可否の評価,(3)神経細胞再生の程度や治療効果の評価が必要であるが,特に高磁場装置(3または7T)を用いたMRSは,このすべてに有用であると考えられる。一方,課題としては,MRS/Iの定量を含めた測定の安定性が十分でないことや,新たなトレーサー画像としての多核種MRS/Iの開発が挙げられる。また,高磁場技術の向上に加えて,多様な代謝情報の蓄積と整理を図り,新たな治療技術の展開に対する準備を整える必要がある。神経疾患における新たな治療技術への期待が高まる中,MRS/Iのさらなる進歩が望まれる。

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