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がん・心臓病をはるかにしのぐ
脳卒中の入院受療率
小川 脳卒中は、がん、心臓病に次ぐ日本の3大死因の1つですが、入院受療率から見ると、脳卒中はがんの約1.5倍、心臓病の約3倍にもなり、それだけ多くの患者さんが半身麻痺や言語障害などのさまざまな後遺症に悩まされていると言えます。2007年に「がん対策基本法」が施行されましたが、脳卒中については同じような法律もなく、国民病という割には、日本全体としての取り組みは十分とは言えません。
 脳卒中には大きく分けて、高血圧性の脳内出血、クモ膜下出血、 脳梗塞があり、このうち脳梗塞が約2/3を占めています。そのため、 脳梗塞の治療法を確立することが重要ですが、梗塞が起きて脳がダメージを受ける前の一過性脳虚血発作の段階で、原因病変を見つけて治療する必要があります。

佐々木 脳梗塞を含めた脳卒中治療において、画像診断が果たす役割は非常に重要です。特に、急性期脳梗塞では、短時間で必要十分な画像診断を行うことが求められます。日本は、欧米に比べてCTやMRIの設置台数が多く、脳卒中の画像診断が広く行われていますが、画像診断の質については十分に顧みられてきませんでした。ここ数年でやっと、検査の数だけではなく質についても考えようという気運が高まってきたところです。

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脳梗塞治療の大規模臨床試験MELT Japanと
CT検査の標準化への取り組み
小川 近年、世界中でEBM(Evidence Based Medicine)が重要視されるようになり、1990年代から急激に大規模臨床試験が増えてきました。脳卒中治療のすべてが、必ずしもEBMに基づかなければならないとは考えていませんが、より有効な治療を行うための科学的な根拠は必要です。
  日本では、私が主任研究者となって、一過性脳虚血発作に対する予防的なバイパス手術と薬物療法の有用性を確認する"JET study"(Japanese EC-IC bypass Trial)を98年から行い、外科的治療における大規模臨床試験の草分けとなりました。そして次に行ったのが、厚生労働科学研究費による、超急性期脳梗塞に対する局所線溶療法の効果に関する多施設共同ランダム化比較試験(Middle Cerebral Artery Embolism Local Fibrinolytic Intervention Trial)、いわゆるMELT Japanです(http://melt.umin.ac.jp)。これは、中大脳動脈閉塞-脳塞栓症発症6時間以内の治療法として、脳血管内にマイクロカテーテルを挿入して血栓を溶解する局所線溶療法と薬物療法とを比較し、局所線溶療法の有用性を確認したものです。
 研究期間は2002年からの3年間を予定していましたが、その準備段階として、まず参加希望施設に急性期脳梗塞のCT画像を提出していただきました。当時は救急でMRIを24時間自由に使える施設はほとんどなく、また、広範囲で虚血を起こしている症例では、血行を再開することでかえって症状が悪化することもあるため、CTで初期虚血変化を診断して患者の適用を判断する必要があったからです。

佐々木 ところがここで、思いがけない問題が持ち上がりました。 約100施設から提出されたCT画像のうち、驚いたことに半数が画質不良で、初期虚血変化の診断に耐えうるレベルになかったからです。初期虚血変化は、CT値で1か2といった非常にわずかな変化であるため、当然、S/Nが重要になります。特に、当時普及し始めていた最先端のマルチスライスCTでは、薄く速く撮ることによってS/Nが低下し、画質が置き去りにされていました。その結果、診断に値しない画像が世の中に横行し、しかもそれに気づかないまま使用されるという、本当に惨憺たる現状があったわけです。
 そこで、まずは各施設の撮影条件の統一を行いました。具体的には、厚いスライスで撮る、管電流を上げる、スキャン速度を遅くする、ウインドウ幅を狭くする、という4つが主なものです。これにより、どの施設も見違えるように画質が向上し、ごくわずかな初期虚血変化がとらえられるようになりました。最終的に58施設が参加して、研究が行われました。

小川 その後、研究は順調に進んだのですが、2005年10月に「組織プラスミノゲン活性化因子(tPA)」という強力な血栓溶解剤が薬事承認されました。そうなると、tPAを使わずに治療をすることは倫理的にできませんので、結果的にMELT Japanは2005年11月で中止を余儀なくされました。ただ、その時点で登録されていた百数十例を解析した結果、社会復帰率が薬物療法では約20%であるのに対し、局所線溶療法では40%以上と有意に高いことがわかり、現在、論文を国際誌に投稿中です。

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CT・MRI検査の標準化を目指すASIST-Japan
多施設共同研究の推進を後押し
佐々木 MELT Japanを通してわかったのは、すべての施設で 同じ条件の画像が物差しとして得られることが、質の高い多施設共同研究の推進にとても重要だということです。そこで2005年、 厚生労働省循環器病研究委託費の公募研究課題の研究グループとして私が主任研究者となり、急性期脳梗塞におけるMRIとCT検査の標準化を目指す"ASIST-Japan"(Acute Stroke Imaging Standardization Group-Japan)が発足しました (http://asist.umin.jp)。
 MRIにはCT以上に多くの撮像法があり、同じ撮像法でも磁場強度やメーカーによって画質や画像の持つ意味が違うため、標準化は非常に重要です。具体的には、拡散強調画像(DWI)について、どんな装置で撮像しても同じ条件で簡単に観察できる方法を提案し、それが妥当であることを科学的に証明しました。また、MRパーフュージョン、CTパーフュージョンについても、検査法や解析法が施設やメーカーによって驚くほど違いますので、ASIST-Japanの関連プロジェクトである日本磁気共鳴医学会の標準化プロジェクトに、国内外のメーカーにも参加していただき、われわれの成果を フィードバックして、製品の改良に役立ててもらっています。ASIST-Japanの成果は国内外で注目され始め、国内では2つの臨床試験が動き出しています。

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MRIの進歩は脳卒中診断・治療の
強力な武器になる
小川 脳卒中診断の第一選択はMRIの時代になっています。当大学でも2000年に3T MRIを導入して、超高磁場MRI研究センターを開設し、画像解析や脳循環の基礎研究、神経組織の生理的・病的反応の研究を診断科横断的に進めてきました。脳内の微量な化学物質を測定し、代謝を見るMR Spectroscopy(MRS)の画像化も近い将来実現すると期待しています。また、画像診断の発展は 当然、治療の発展にもつながります。当大学では2007年から薬学部が新設されましたので、今後は創薬も3T MRIによる研究のターゲットになるでしょう。
佐々木 3T MRIは、脳卒中診断・治療の強力な武器になりうると考えています。まだまだ発展途上の装置ですが、撮像時間が長い、画質が十分でない、解析精度が低いといった従来のMRIの課題を一気に打破できるポテンシャルがありますので、脳卒中診療にさらに質の高い画像診断を提供できるように進歩してほしいと考えています。
 われわれのセンターでは例えば、ボリューム拡散強調画像・拡散テンソル画像とその拡散異方性のカラー表示、特殊な曲面再構成法による脳表の構造や病変の局在の正確な同定、神経メラニン画像による神経伝達物質の機能イメージング、といった研究を進めています。3T MRIでなければ実現できない、かつ岩手医大発の新しい技術にみんなで取り組んでいきたいと思います。

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小川 彰先生
岩手医科大学医学部長/脳神経外科教授
1974年岩手医科大学医学部医学科卒業。同年東北大学医学部付属脳疾患研究施設脳神経外科入局。85年国立仙台病院脳神経外科医長、臨床研究部脳神経研究室長。88年東北大学医学部助教授。91年米国バロー神経研究所(アリゾナ大学)に留学し、92年から岩手医科大学脳神経外科学講座教授。同サイクロトロンセンター長、超高磁場MRI研究施設長を歴任し、2003年から岩手医科大学医学部長併任。


佐々木真理先生
岩手医科大学放射線医学講座講師
1984年岩手医科大学医学部卒業。88年同大学大学院医学研究科を卒業後、岩手医科大学中央放射線部助手。94年に米国国立衛生研究所(NIH)に留学し、96年から現職。

●お問い合わせ先
岩手医科大学附属病院
〒020-8505 岩手県盛岡市内丸19-1
TEL 019-651-5111(代)
http://www.iwate-med.ac.jp/