Healthcare Re-imagined.

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働き盛り世代を脅かす肺がん
禁煙対策を中心とした一次予防が重要
   わが国では肺がんによる死亡率は残念ながら増加傾向にありますが、アメリカでは1990年頃をピークに下がってきています。やはり徹底した禁煙対策が功を奏しているためと思われますが、それに比べて日本では、若い世代や女性の喫煙率が上昇するなど、いまだに十分ではありません。日本の肺がんによる死亡率は男性が1位、女性が3位で、特に40〜60代の働き盛りの死亡率が高いことから、早急な対策が求められるがんの筆頭と言えます。
 “肺”は外気と直接接しているところなので、空気を通して入ってくる発がん物質、なかでも喫煙が最も大きなリスクファクターです。もちろん、大気汚染やアスベスト、食生活といった因子もありますが、一次予防として、すでにはっきりとしたエビデンスが出ている喫煙に対する対策をしっかり行うことが重要です。

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単純X線写真の限界とCTの登場
野口分類がCTによる早期診断を促進
  肺がん治療において最も重要なのは、いかに早期に発見するかということです。がんは組織型や分化度によって、症状や経過が違ってきます。肺野型には腺癌が、肺門部型には扁平上皮癌が多く、また、高分化型と低分化型に分けられます。特に低分化型腺癌は増殖度が非常に高いので、転移しやすく根治的治療が困難になります。そのためにも、がんが浸潤する前の早期発見・早期治療が重要になってくるわけです。
 肺疾患の診断は、日本では長期にわたり単純X線写真が担ってきました。単純X線写真は、最も手軽で情報量が多く、全体像もわかる非常に優れた基本的な検査法です。しかし、人間の身体という三次元の構造物を二次元で見るには限界があります。例えば、心臓の裏側にある肺がんなどはほかの構造物との重なりによって見えにくく、濃度分解能の面でも差を出しにくいため、特に小さな早期肺がんの診断は困難です。そこで、こうした問題を解決する画像診断法として、断層像が得られるCTを利用することが考えられました。
 ここで重要になるのが、組織型と分化度の違いがCT像としてどのように描出されるかということです。現在、2cm以下の小型の末梢型肺腺癌の組織分類については、筑波大学の野口雅之教授が1995年の“Cancer”に発表した野口分類* が基準になっています。腺癌は、初期には肺胞に沿って徐々に拡大して細気管支肺胞上皮癌となり、中心部が線維化を起こし、周りの血管などを引き寄せて広がっていくという特徴を示します。そしてCTでは、初期の腺癌は“淡いすりガラス状”の結節として認められることがわかってきました。正確な組織分類のためには病理検査が必要ですが、野口分類によって、CTによる腺癌の組織分類の推定が可能になったわけです。
 胸部CTによるスクリーニングは日本が先行し、一部の住民検診や会員制検診施設での成果が報告されています。特に、国立がんセンターが2000人以上を対象に行った調査では、CTの肺がん発見率は単純X線写真の数倍であり、しかもごく早期に発見できることがわかりました。米国の調査でも同様の結果が得られています。しかし、胸部CT検診が肺がんの死亡率低下につながるかということについては、まだはっきりわかっていません。米国では、胸部CT検診と死亡率との因果関係を調べるランダム化比較試験が2002年にスタートしましたので、2010年頃には結果が出てくると思います。

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one-stop-shoppingを可能にしたMDCT
PETとの併用で、より確実な診断を実現
  CTは、1990年代までは精密検査機器でした。単純X線写真で疑わしい陰影が認められると、まず10mm厚のスライスで撮影し、次に病変部分を高分解能CTによる1〜2mmの薄いスライス厚で撮影して、より精密に形態を見たわけです。ところが、MDCTの登場により、広範囲を短時間で、しかもきわめて薄いスライス厚で撮影できるようになりました。その上、得られたデータを再構成すれば、スライス厚を変えたり、MIPやMPRなどの三次元表示でさまざまな角度から観察することも容易です。患者さんが繰り返し被ばくすることなく、スクリーニングと精密検査を一度ですませるone-stop-shoppingが可能になりました。ただし、広がり診断はかなり正確に行えますが、腫瘍と血管が接している場合には浸潤の度合いまでは判断できません。また、リンパ節転移の有無を判断する際にはCTでは1cmを基準にしますが、1cm以下でも転移の可能性があるなど、CTの診断能にも限界はあります。
 CT以外の診断方法としては、機能情報を見るPETが挙げられます。まず最初にMDCTを行い、次にPETで全身検索をして転移を調べるというのが標準です。PET-CTの登場によって、CTとPETの画像を重ね合わせることも容易になり、骨転移などもよりはっきりとわかるようになりました。

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肺がんによる死亡率の低下に向けて
早期発見のための新たな診断法に期待
  MDCTによる早期診断の有効性が示される一方、悪性か良性かを判断できるほどの特徴のない1cm以下の結節が、30〜40%も見つかってしまうことが問題になっています。そのため一般的には、悪性である危険性が1%に満たない5mm以下の結節は問題視せず、6〜10mmの結節については3か月ごとの経過観察を行うようにしています。
 近い将来、簡単に採取可能な細胞から肺がんのリスクを評価する方法も出てくると思いますが、遺伝子診断では場所の特定まではできませんので、現状ではやはりCTによる診断が必要です。将来的には、PETやMRIでがんをとらえるための標識製剤が開発されれば、分子イメージングも可能になるかもしれません。
 治療については、外科手術のほか、早期であれば定位放射線治療やラジオ波焼灼療法など、より低侵襲な治療法が有効になります。いずれにしても、死亡率の低下や治療の選択肢を広げるためには、早期に発見することが第一です。

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これからの胸部放射線科医のあり方とは
NPOを設立し、ネットワーク作りを目指す
   2004年に全国の胸部放射線科医によるNPO法人「胸部放射線医学研究機構」を設立し、私が理事長を務めています。約80人が所属し、薬剤性肺障害に対する企業との共同研究や、副作用を起こした症例の画像判定、学会支援、一般への啓発活動などを行っています。今後は、患者さんからの相談に応えるためのネットワーク作りなども検討しています。
 放射線医学はいま、マンパワー不足の中で、放射線科医のあり方が改めて問われています。読影を効率良くこなすのが仕事だという考え方もありますが、私自身は病院の中でさまざまな診療科と協力して診療にあたっていくのが放射線科医の本来の姿だと考えています。こうした考え方に共鳴してくれる若い放射線科医を1人でも2人でも育てていきたいと考えています。
  

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*野口分類

2cm以下の小型の末梢肺腺癌を、組織学的な増殖パターンから6型に分類。
1995年の“Cancer”に発表。

Noguchi M, Morikawa A, Kawasaki M, Matsuno Y, Yamada T, Hirohashi S, Kondo H, Shimosato Y. Small adenocarcinoma of the lung. Histologic characteristics and prognosis. Cancer. 1995 Jun 15;75(12):2844-52.

(A)localized bronchioloalveolar carcinoma(LBAC):5年生存率100%
(B)BAC with foci of collapse of alveolar structure:5年生存率100%
(C)LBAC with foci of active fibroblastic proliferation:5年生存率75%
(D)Poorly differentiated adenocarcinoma
(E)Tubular adenocarcinoma
(F)Papillary adenocarcinoma with compressive and destructive growth

 

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村田喜代史先生
村田喜代史先生
滋賀医科大学放射線医学講座教授
1978年京都大学医学部卒業。同年11月滋賀医科大学放射線科助手。86年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。同年4月京都大学医学部附属病院放射線部助手。
9月にニューヨーク州立大学Long Island Jewish Medical Center に留学。88年に滋賀医科大学放射線部講師、96年に同助教授となり、99年から現職。

●お問い合わせ先
滋賀医科大学医学部附属病院
〒520-2192 滋賀県大津市瀬田月輪町 TEL 077-548-2111(代)
http://www.shiga-med.ac.jp/hospital/