インナビネット特集 インタビュー
株式会社日立メディコ代表執行役執行役社長兼取締役 三木一克氏

今回のインナビ・インタビューは,月刊インナービジョンの別冊付録である「磁遊空間 vol.21」との連動企画として,2010年4月に日立メディコの代表執行役執行役社長に就任した三木一克氏にご登場いただきました。三木氏は,「医療システム開発センタ」の立ち上げなど開発部門を統括する責任者として,この数年,シンボルカラーとしてスマイルイエローを採用するなど,従来の常識を変えるデザインとコンセプトで日立メディコの製品に新しい風を送り込んできた“仕掛け人”でもあります。
国内市場,海外市場ともにさまざまな要因による厳しい状況の中で,日立メディコの事業戦略や今後の方向性についてインタビューしました。


● 4月に執行役社長に就任されましたが,以前から執行役として経営にかかわられてきました。日立メディコの現状をどのように分析されていますか。

  日立メディコでは,4月下旬に開催した決算説明会で,2009年度の決算と2012年度まで3年間の中期経営計画を発表しました。業績としては2009年度の売上高は1085億円で,残念ながら前期に比べて減収になりました。前社長の浜松潔会長が業績改善策として打ってきた多くの手が順調に成果を上げる一方で,この間に起きた想定外の事象の影響で結果としてマイナス決算になりました。しかし,2010年度以降は過去2年の取り組みと,今年度から実施する新たな施策が数値として現れてくると予想しています。それに続けて,次の2年間もさまざまな施策を打つことで,確実に成長に結びつけられるという確信を私自身は持っています。
  想定外の大きな要因は,海外市場の不振です。国内市場自体は全体として弱含みの横ばいで,その中でわれわれはシェアを伸ばしているのですが,海外ではアメリカのオバマ大統領の医療制度改革を見据えた買い控えや為替の影響を受けました。対ドルもそうですが,特に対ユーロで想定以上の円高が進み,欧州の売上げが極端にダウンしました。為替リスクはある程度の予測はしていましたが,それ以上に円高が進み,その傾向は今年度も続いています。
  しかし,国内市場ではあまり大きな成長は望めませんので,海外での売上げを伸ばしていく計画です。海外の売上高比率は2009年度は34%で,前年度39%から大きく下がりました。それだけ海外の状況が不振だったということですが,これを2010年度も含めた3年で41%まで引き上げる計画です。最終的に2012年度で45%を達成することを目標に考えています。

● 2008年に代表執行役専務に就任されてから,開発部門を中心にさまざまな改革を実行されてきました。この2年間の取り組みについて具体的に教えていただけますか。

  一番大きな取り組みは,2008年4月に「医療システム開発センタ」という開発組織を日立メディコの中に作ったことです。日立製作所の6つの研究所と協力体制をつくり,日立製作所の研究者が約100名弱,柏事業場に集って開発を行っています。これによって,日立メディコと日立製作所の連携体制のひとつのモデルが提示できたのではと考えています。“日立グループの総力を結集する”と言っても具体的にどうやって進めるのか,その仕掛け作りが課題だったのですが,一定の成果を挙げることができました。
  医療システム開発センタでは,日立メディコのマーケティング,設計,営業,日立製作所のデザイナー,研究者がチームを作って,開発プロセスを共有してプロジェクトを進めています。開発の全体像を把握した上で,自分たちが持っている技術が製品のどこに使われるのか,あるいは製品のコンセプトを実現するために何が求められているのか,を認識しながら一体感を持って開発を進めています。さらに,製品が市場に出てからもユーザーの反応が,ダイレクトに開発チームにフィードバックされるため,それが次の開発へのモチベーションにつながっています。そして,そのサイクルの積み重ねが結果として開発力の向上になっています。
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● スマイルイエローをはじめとするデザインのインパクトや全体の統一感が大きく変わったという印象を受けます。

  設計開発の基本的な考え方を“プロダクト・アウト”から“マーケット・イン”に変えました。その一環として,力を入れたのがデザインで,製品のユーザビリティの向上,企業としての統一感やコンセプトを反映させるために,日立製作所のデザイン本部と連携したプロセスを取り入れました。そのために柏事業場内にデザインルームを設けて,モックアップから製品コンセプトを検討したり,“仮想カタログ”として開発設計に入る前に完成形をイメージした本格的な製品カタログを作成して,開発設計に関わるスタッフが意識を共有できるようにしました。このプロセスで設計した製品では,理想の形や使いやすさを優先したデザインにハードウエアを納めることが求められるので,エンジニアとしては苦労も多くなりますが,工夫しながら技術的な困難を克服しています。
  この開発プロセスは透視撮影装置「CUREVISTA」で最初に導入し,順次,新製品の開発に取り入れて超音波画像診断装置「HI VISION Preirus」などの成果が現れています。ITEMRSNAといった展示会のブースでも,スマイルイエローに代表される“やさしさ”やオープンというコンセプトを反映させたデザインで構成したことで,市場に与えるイメージが大きく変わったのではないでしょうか。

● 開発プロセスの見直しが組織の一体感を生み,開発力の向上につながっているわけですね。そのほかに変化はありますか。

三木一克 氏  開発は,モダリティごとに並行して進めていますが,ある期間ごとにすべてのプロジェクトの関係者が日立メディコに集合して,現状の問題や成果を議論しあう場を設けています。その際には,日立メディコの社長以下,執行役を含めて開発・設計・研究者と,日立製作所各研究所の所長や研究者が出席します。これは以前にはなかったことで,日立製作所の研究所の関係者の意識も高くなり,日立グループの中での医療事業に対する高い関心を持っていただくきっかけになっています。この会議が定着したことで,日立メディコのモダリティの開発状況が,日立製作所の経営層にまで共有されるようになっています。私は以前から,医療事業の中で日立メディコが生き残っていくためには,日立グループの幅広い産業分野で培った技術,成熟した技術を医療の中に取り込んでいくことが必要だと考えていました。その考えを今,開発・生産プロセスに取り込むことができました。

  現在,日立グループとしては,ヘルスケアを社会イノベーション事業の重要な分野として位置付けています。今は医療事業そのもののボリュームが小さく,売上げ10兆円超の日立グループにインパクトを与えるまでには至っていませんが,事業としての価値は日立の今後の100年を考えるときわめて重要です。会社として収益を上げることはもちろん大事ですが,それだけではなく,医療を通じて社会に貢献する日立グループのミッションとしても,重要な事業であるという共通の認識をグループとして共有しています。

● 競争力のある製品を核にして,日立メディコとしてこれからの事業戦略をどのように考えていますか。

  開発力の強化と並行して,それを支える生産力,製造ラインの充実にも取り組み,工場改革を進めています。10年レベルの計画で,現在はまだ3年目あたりですが,それでも生産力は大幅に向上しました。
  例えば,医療機器は年度末に納入が集中しますが,以前は急速な受注の増加に対して生産が追いつくのに精一杯でしたが,今は急な受注があっても柔軟に素早く対応できます。また,重要な部品を内製化することで品質の向上と生産力アップを進めています。モノを作っているところに大きな投資を続けて,企業としての基礎体力をつけていくことが,重要と考えています。

  開発体制の充実,生産力向上を受けて,それに見合った成長を続けるべく営業力を強化することが今後の課題です。これからは営業力の強化,なかでも海外での販売力,営業力をどうやって高めていくかが重要です。
  中期経営計画では2012年度の海外売上高比率の目標を45%としましたが,それをクリアするためには一層の海外販売力の強化が不可欠です。個々の営業力を高めることも大事ですが,特に海外は,販社との連携の強化や販売網の拡充が必要です。現在は,北米と欧州,中国,シンガポールに販売拠点がありますが,東南アジアからインド,中東にいたる“アジアベルト地帯”や,南アフリカ,中南米まで視野に入れて幅広く開拓していくことを考えています。注目されている地域だけではなく,広い視野で急成長する市場を見落とさないように,海外での展開を進めていくことが重点課題のひとつです。

● 国内と海外の市場では,製品の方向性が変わってくると思いますが,各市場のニーズを反映させた製品を展開していくのでしょうか?

  国内と海外では製品に要求されるものが違うことは当然ですし,海外でも地域によって市場のニーズは異なります。例えばアメリカでは,今回の医療制度改革で新たな保険加入者が増え,スループットを重視したミドルクラスやローエンドの医療機器のニーズが増えると予想しています。一方でヨーロッパは,ギリシアなどの通貨危機の影響で,EU全体の経済状況が不透明で,かたや中国市場は堅調に伸びており,欧米市場が主導してきた医療機器の従来のトレンドが変わってくることが考えられます。
  その中でわれわれとしては,医療機器市場の二極化に対応して,日米欧市場向けのハイエンド製品と,新興国向けの低価格・普及製品を区別して展開していきます。
  例えば,これまで中国には日本市場で評価を得た製品を輸出していましたが,これからは,中国の市場に合ったものを,現地のスタッフを入れて,中国で開発・設計から生産,販売まですべて行うスタンスで考えなければいけないでしょう。この製品生産の現地化という流れは,ある意味で海外事業が新たなフェーズに入ることでもあり,ここで価格競争力をつけられれば,グローバルに展開できる製品として,逆に国内や欧米市場にも通用する可能性が出てきます。

● 事業の中で注力していくモダリティは,どんなところですか。

  日立メディコは,総合医療機器メーカーですので製品のラインナップを絞っていくつもりはありません。モダリティは相互に影響しますからすべて重要ですが,他社との相対的な関係で,われわれがアドバンテージを持っているMRIと超音波に開発投資を集中して競争力を強化していきます。
  MRIも超音波も,まだまだ発展の余地のあるモダリティです。MRIは高磁場化でさらに情報が増え,アプリケーションソフトの開発次第で新たな可能性が広がっていきます。また,超音波はリアルタイムで簡便に情報が得られることがメリットですが,われわれは先端的な技術開発によって分解能をさらに向上し,ほかのモダリティでは困難な領域をカバーすることが可能なところまできています。また,日立メディコの超音波にはエラストグラフィという,硬さで腫瘍の良性,悪性を診断できる技術をアプリケーションソフトとして持っています。これがグローバルスタンダードになりつつあり,乳腺や前立腺,肝臓などの領域で大きなインパクトを与えています。

● MRIについては,どのような市場展開を考えていますか。

  われわれはオープンMRIの市場で世界トップシェアを持っていますが,事業セグメントとして,(1) 永久磁石オープンタイプ,(2) 超電導オープンタイプ,(3) 高磁場,(4) アプリケーション,の4本柱で展開しています。
  永久磁石のオープンMRIでは,きわめて高いシェアを国内外で持っていますので,新たな機能の追加を行いながら低価格化を図り,さらに世界に広めていきます。そのために中国への生産移管を進めており,今後も永久磁石オープンタイプの普及を図っていきます。
  超電導オープンタイプでは,われわれには他社にはない1.2Tの「OASIS」があります。OASISの画質はクローズドタイプの1.5Tに匹敵し,この領域では独走していますので,装置の特長を最大限に生かしてしっかりと取り組んでいきます。米国ではこれまで,イメージングセンターを中心に事業を展開していましたが,病院群のGPO(Group Purchasing Organizations)の共同購入にOASISが登録されるなど,病院市場での大きな受注につながっています。
  高磁場については,1.5Tの「ECHELON Vega」を発売して,MRIのメインストリームにチャレンジしています。さらに,3Tの開発を進めています。
  そして,アプリケーションですが,MRIでは高磁場化によりさまざまな情報が得られますが,それを可能にするのはアプリケーションなどソフトウエアです。大学との共同研究により,臨床に役立つ最先端のアプリケーションの開発を進めており,すでにその成果が得られています。

● オープンMRIのひとつの方向性である術中治療に対する取り組みについてはいかがですか。

  術中治療を目的に,永久磁石オープンタイプのMRIを国内の大学に納入させていただいています。今年の初め(2010年1月)にイスラエルのガリル社の冷凍手術器「CryoHit」の薬事承認を取得しました。最初の治験から承認まで時間がかかりましたが,この冷凍手術器はオープンタイプのMRIで有効に利用できると伺っていますので,われわれにとっては大きなアドバンテージで絶好のチャンスと考えています。ただ,治療に関連することですので,機器やデバイスの供給体制などを含めて格段の注意を払いながら,慎重に進めるつもりです。

● 超音波診断装置については,どのような製品展開,市場展開を考えていますか。

  超音波は,2009年2月にミドルレンジの「HI VISION Preirus」を,12月には普及機の「HI VISION Avius」を発売しました。さらに,2010年度上期には最上位機種を投入する予定です。これで3つのクラスがそろいますが,重要なことはこの3つの製品が同じプラットフォームで開発され,共通のソフトウエアが使用できることです。例えば,Aviusは普及帯クラスをターゲットにした製品ですが,基本的にはPreirusとほぼ同等の基本性能を搭載しています。機能やアプリケーションに差はありますが,画像処理の基本的なエンジンはほぼ同じです。臨床の先生方からは画質について,他社のハイエンドの製品に比べて遜色ないという高い評価をいただいています。さらに,開発中のハイエンド装置では,より高性能な画像処理エンジンによって強力なアプリケーションを搭載でき,市場にインパクトを与えることができる製品が完成するものと期待しています。

  MRIも超音波も,われわれが5年前から計画してきた製品が2010年度に完成し,ラインナップがそろいます。それと同時に,開発センタでは,次の5年に向けた新たな開発をスタートしました。画像処理やデジタル変換基板の技術などは加速度的に進化していますので,3〜5年先にどういった新技術を手に入れることができるのか,それに基づいてどんな製品を投入していけばいいのか,5年先を見つめて取り組む必要があります。今回の製品化で事業が軌道に乗りましたので,次世代製品の開発に向けて強いスタンスで取り組むことができます。

● 医療IT分野では,新しいPACSの開発が進んでいるとのことですが,今後の展開についてお聞かせください。

三木一克 氏  日立メディコの画像情報システム事業を強化する大きな柱として,日立グループと共同で次世代PACSの開発を進めています。
  また,日立グループの情報通信グループとの連携も進めつつあります。ITに関しては日立グループの中に,海外で日立データシステムズ(HDS)というエンタープライズサーバやストレージシステムなどを扱う関連会社があり,医療機関にストレージシステムを導入し,ミドルウエアを含めて情報システムを担当しています。そこにさまざまなシステムやアプリケーション,モダリティがリンクする形になります。HDSとの連携で,海外も視野に入れた展開を考えているところです。

● 最後に,日立メディコのこれからの方向性,運営の方針をおうかがいします。

  社長就任に際して社員には,「世界中のお客さまに日立製品を通じて,信頼と安心をお届けする」ことをメッセージとして伝えました。“信頼性の高い安心できる製品”をお届けするだけでなく,日立の製品を通じて,お客さまが,長い間製品をお使いいただく中で,この装置を使ってよかったと感じていただけることが重要と考えています。そのためには製品を通じて,信頼と安心という気持ちをお客さまに抱いていただくことが重要だ,というメッセージです。お客さま最優先で,国内だけではなく世界中の国々で,お客さまに本当にフィットする製品を届けたいと思っています。
  医療機器ビジネスは,大量生産した標準的な製品を世界共通に流通させるのではなく,それぞれの国に合った製品を作っていかなければいけません。その国の事業規模の大小にかかわらず,信頼性の高いものをお客さまのニーズに合わせて,サービスも含めて提供していくことが一番重要です。
  もうひとつ,社員には活気ある職場を実現しようと言っています。活気のある職場で作られた製品こそが,お客さまの心を動かす製品になると考えています。われわれの会社には約3600人の社員がいますが,その中のある集団,ある職場に活気があって前向きに仕事をやっていけば,必ず新しい何かが生まれてきます。そういう意識を社員には持ってほしいと思っています。

(2010年6月9日(水)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
1948年5月28日生まれ。1973年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後,株式会社日立製作所入社。2010年4月1日付で代表執行役 執行役社長に就任。

1991年 株式会社日立製作所エネルギー研究所第二部長
1996年 同社電力・電機開発本部企画室長
2002年 同社電力・電機グループ電力・電機開発研究所長
2003年 同社機械研究所長
2005年 株式会社日立メディコ執行役常務柏事業場代表者
2008年 代表執行役執行役専務柏事業場代表者
2010年 代表執行役 執行役社長兼取締役

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