スマートフォンで変わる救急医療~「エキサイネット1.1」が実現する「場所に依存しない医療情報アクセス」~
奥村 幸光(名古屋掖済会病院 連携システム推進室)
2026-7-1
奥村 幸光 氏
医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどのモバイルデバイス利用が広がっている。名古屋掖済会病院が展開する「エキサイネット1.1」は,マルチデバイス対応とセキュリティを強化して医療情報へのアクセス向上を図っている。同院連携システム推進室の奥村幸光氏がその概要を紹介する。
はじめに
医師がスマートフォンでカルテや医用画像を確認し,自宅や移動中に診療準備を行う─こうした診療スタイルが現実となりつつある。本稿では,その実装例として「エキサイネット1.1」の開発と運用について紹介する。
背景と目的
当院では2002年より地域医療連携システム「エキサイネット」を運用してきたが,従来はWindows環境およびVPN接続を前提としており,利用端末や場所に制約があった。近年は働き方改革や人手不足を背景に,院外から迅速に患者情報へアクセスできる環境の必要性が高まっている。特に救急医療では,専門医が院外でも重症患者情報を迅速に把握できるかどうかが初療対応に影響を与える場面も少なくない。こうした背景から,マルチデバイス対応とセキュリティを両立したエキサイネット1.1を開発した(図1)。
図1 医療現場が直面する3つの環境変化
システム概要
本システムはマルチOS・マルチデバイスに対応し,レスポンシブWebデザインによりスマートフォン,タブレット,PCで最適表示を実現した。画像閲覧にはWebベースのDICOMビューワを採用し,スマートフォンでもCTやX線画像の確認が可能となった。さらに,紹介状や救急隊記録などの紙文書もスキャナ画像として閲覧可能とし,電子化されていない情報も含めた一体的な参照を実現した。これにより,診療に必要な情報を1画面で確認できる「One-Stop参照」が可能となった(表1)。
セキュリティ面では,私有端末(BYOD)環境への対応を考慮し,セキュアブラウザ「moconavi」(レコモット社)を採用した。従来のVPN方式では端末依存や同時接続制限といった課題があったが,本方式ではサンドボックス構造により業務データを端末に残さず,コピーやダウンロードの制御が可能である。また,モバイルアプリケーション管理(MAM)によりアプリケーション単位での管理を行うことで,端末全体を制御することなく一定の安全性を確保している。この仕組みにより,医師は専用端末を持つことなく,自身のスマートフォンを用いて安全に医療情報へアクセスできる環境が実現された(図2)。
表1 新旧エキサイネット比較表
図2 セキュリティ:BYODの安全な業務利用を実現
運用の実際
本システムは院内医師を対象に段階的に導入し,実診療環境における利用状況の確認を行った。導入時点におけるユーザー構成は,アクティブユーザー53名(新版30名,旧版23名),非アクティブユーザー39名を含む構成であり,特に救急科や整形外科の医師において利用頻度が高く,一定数の医師が日常診療で継続的に利用している状況が確認された。主な利用場面は,当直前後の状況把握,自宅や移動中からの検査結果や患者情報の確認などである(図3)。当院では年間3万7814人の救急患者に対応し,1万571台の救急車搬送を受け入れており,限られた時間の中で必要な情報へ迅速に到達できる環境の重要性が高い。本システムの導入により,医師はスマートフォンからカルテ情報,検査結果,画像,さらには手書き記録を一画面で参照できるようになった。これにより,自宅や移動中の段階で患者の状態を把握し,必要な対応を事前に検討できる場面が増加した。
また,従来は参照しにくかった手書き情報も統合され,臨床判断を補完する情報として活用されている。さらに,従来は院内に限定されていた情報参照が,「One-Stop参照」により時間や場所の制約なく行えるようになった。
これにより,「到着後に情報確認」から「移動中に診療準備」へと変化し,診療の時間軸そのものが前倒しされた。
図3 専門医によるリアルタイム遠隔診療支援の利用シーン
評価と課題
導入後の評価として,接続ログでは試験運用期間中に総接続回数267回,1日平均約8.9回の利用が確認され,継続的な利用傾向が認められた。アンケートでは,情報把握効率について約91.7%のユーザーで改善が認められ,カルテ情報,画像,手書き記録を一体的に参照できる「One-Stop参照」の有用性が認められた。また,操作性や画面構成も約70%が高評価であり,「業務に役立つ」との回答は約83%であった。さらに,総合満足度は5点満点中平均4.18と,高い評価が得られ,全員が「今後も利用したい」と回答した。セキュアブラウザおよびMAMによるアプリケーション単位の管理についても,BYOD環境において受け入れられやすい運用であった(図4)。
一方で,非アクティブユーザーについては,利用機会や操作習熟の影響が示唆され,今後の普及に向けた課題と考えられた。スマートフォンの画面サイズによる表示制約や,Web処理によるレスポンスの遅延,一部外部サービスの非対応といった課題も認められた。これらについては,モバイル環境では概要把握を主目的とし,詳細確認はPCで行うといった役割分担により運用している。
図4 接続ログおよびアンケートによる導入初期評価
まとめ
エキサイネット1.1は,マルチデバイス対応とセキュリティを両立した遠隔医療支援システムである。場所に依存しない医療情報アクセスにより,特に救急医療において診療の効率化と質の向上に寄与する可能性が認められた。モバイルを活用した医療情報アクセスは,今後の医療DXにおける重要な基盤となり,医療提供の在り方そのものを変えていく可能性がある。
(おくむら ゆきみつ)
名古屋掖済会病院連携システム推進室長(前・情報管理センター長)。2003年,名古屋市医師会および地域医療機関と協働し地域医療連携基盤「なごや病診連携ネット」の地域ブロックを担う「エキサイネット」を構築・主導。以降,医療・介護・行政を横断した情報共有の実装を推進し,地域EHR高度化に取り組む医療DXの実務を担う。
