看護業務における生成AI活用の可能性 ─診療記録を活用したリスクアセスメントによる業務効率化と医療安全の向上─
寺阪比呂子(浜松医科大学医学部附属病院 医療情報部)
2026-8-13
はじめに
医療現場におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が加速する中,生成AIは医療の質向上と業務効率化を実現する有力なツールとして注目を集めている。一般的には,音声入力による看護記録の自動生成,患者説明資料の作成支援,看護計画立案の補助,申し送り内容の要約,インシデントレポートの分析など,多岐にわたる活用の可能性が提案されている。
多くの医療機関では,生成AIの可能性を認識しながらも,医療情報を扱うことができるセキュアな環境での生成AI利活用について,電子カルテシステム内に実装中の製品が少なく,実際の臨床現場での導入は限定的である。
地域の中核病院である当院では,アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWS)社との包括契約締結を契機に,セキュアな環境下で生成AI活用基盤を用いたPOC(実証検証)を実施する機会を得た(図1)。本稿では,診療記録を活用したリスクアセスメントへの生成AI活用について,「業務効率化」「医療安全の向上」「臨床判断能力の向上支援」の観点から報告する。
図1 医療従事者の働き方改革を実現する生成AI活用基盤
課題の背景
記録システムの再構築を進める中で,「対患者ケア時間の確保」を課題として掲げた。現場の看護師は,医療安全管理(転倒・転落,褥瘡,せん妄などのリスク評価),診療報酬算定,各種基準対応,個別性を考慮した看護計画立案など,多様なアセスメント業務に追われている。
急性期病院において,患者の状態は日々刻々と変化する。状態変化時にタイムリーなアセスメントを行うことが理想だが,多角的に評価する時間の確保が困難である。また,チェックリスト型のアセスメントは効率的である反面,項目が限定的であり,評価の限界も指摘されている。
このような状況下で,診療記録を活用したリスクアセスメントへの生成AI活用について検証を進めた。
実践事例1:褥瘡予防マットレスの選択支援
褥瘡発生予防は重要課題であり,褥瘡発生の要因分析および予防対策のマットレス選択について注目した。当院には複数種類のマットレスが導入されているが,すべての特性を理解するスタッフが限定されていること,患者の状態変化に応じた適切な選択やマットレス機能の正しい設定が不十分であることなどの課題が明らかとなった。
生成AIに褥瘡予防マニュアルを登録し,プロンプトを工夫することで,診療記録から患者情報を読み取り,褥瘡発生リスクを抽出し,適切なマットレスの提案が可能となった(図2)。5分程度で完了し,より推奨度の高いマットレスを選択できた。
臨床判断能力向上への寄与:生成AIが提示する「なぜこのマットレスが推奨されるのか」という根拠を確認することで,特に経験の浅い看護師が判断基準を自然に学べる環境となり,認定看護師やベテラン看護師の暗黙知を形式知化し,全看護師が共有できる仕組みとなるのではないかと考える。
図2 Generative AI Use Cases JP(略称:GenU)
実践事例2:転倒・せん妄リスクのアセスメント
転倒・転落やせん妄は,患者の日常生活動作(ADL)低下や入院期間延長につながる重要な予防課題である。診療記録から患者のリスクを抽出し,具体的なケア策の提案を試みた。
生成AIを用いることで,看護記録だけでなく,医師の診療録,リハビリテーション記録,薬剤師の服薬指導記録など,多職種が記録した情報を統合的に活用したアセスメントと予防策の提案が実現した。チェックリスト型では捉えきれない患者の状況,例えば「夜間トイレに頻回に行きたがる」「認知機能の日内変動がある」「ふらつきが出やすい薬剤が追加された」などの情報を,横断的に評価できる可能性が示された。
臨床判断能力向上への効果:生成AIが多職種の記録から抽出した情報とその関連性,具体的な予防策の根拠を日々目にすることは,看護師にとって継続的な学習機会となる。「どの情報に注目すべきか」「どのように情報を統合して判断するか」という臨床判断のプロセスを可視化することで,経験知の蓄積を促進し,アセスメント能力の向上が期待できる。
成果と意義
業務効率化の実現:診療記録から必要な情報の抽出・要約が短時間で可能となる。
医療安全の向上:日々変化する患者情報をタイムリーに評価し,インシデント発生前の予防的介入が可能となる。
臨床判断能力の向上支援:エビデンスに基づいた判断根拠の可視化により,経験年数にかかわらず質の高いアセスメントが可能となり,ベテラン看護師の暗黙知を形式知化し,組織全体の看護の質向上につながる。
今後の課題と展望
実践を通じて,以下の課題も明らかとなった。
記録の質の重要性:診療記録の質がアセスメントの精度に直接影響する。平素からの記録充実と記録の効率化が課題である。
情報源の拡大:診療記録以外の情報(バイタルサイン,検査データ,画像所見など)との統合的活用により,さらに精度の高いアセスメントが期待できる。また,入院時など診察記事が少ない状況での検証が行えていないため,入院時にある情報を活用して継続した検証が必要と考える。
システム統合の課題:患者情報を活用するためセキュアな生成AIを活用する環境整備には,費用面での負担が大きく,現場実装は進んでいない現状がある。電子カルテ情報との連携方法を工夫し,多職種が必要な場面で生成AIを利用できる使いやすいシステムについて,提示情報の精度を考慮しつつ検討を続けていきたい。
おわりに
本実践により,生成AIが看護業務における「業務効率化ツール」としての側面に加え,「医療安全の向上」「臨床判断能力の向上支援」という多面的な価値について示唆された。
特に,診療記録を活用したリスクアセスメントという,具体的な成果を示すことができた意義は大きい。看護師の業務負担軽減と医療の質向上の両立は,医療現場の持続可能性を確保する上で不可欠である。今後,セキュアな環境下での生成AI活用事例が蓄積され,看護業界全体でテクノロジーを適切に活用する文化が醸成されることで,看護実践の質と効率がさらに向上していくことを期待したい。
(てらさか ひろこ)
1994年静岡県立大学短期大学部卒業。同年から浜松医科大学医学部附属病院外科病棟に勤務。混合病棟,小児病棟などを経験後,2014年から看護情報を担当し,特定行為研修部門を経て現職。
