院内がん登録業務における生成AI活用 ─脱・「気合いと根性」の試行錯誤 
小川  理(医療法人鉄蕉会 情報管理本部,CSR推進室,亀田総合病院 糖尿病内分泌内科)

2026-9-3


直面する「静かなる危機」と診療体制の限界

2026(令和8)年4月に公表された医師偏在指標において,当院が位置する安房医療圏は医師多数区域に分類されている。しかし,隣接する山武長生夷隅,君津医療圏は医師少数区域であり,実際の現場は決して楽観できる状況ではない。
医師数という指標だけでは,現場の負荷は見えにくい。当院は,「多くの医師に対して,相対的にサポートスタッフが少ない」という構造的な課題を抱えている。人口減少地域においてタスクシフト先の減少は不可避であり,医療の高度化・複雑化も現場の負荷を増大させている。
これまで私たちは,医療従事者の献身的な努力,いわゆる「気合いと根性」で診療を維持してきた。しかし,精神論に依存した体制維持はもはや持続可能ではない。私たちは「診療の質を落とさずに効率化する」というパラダイムシフトを迫られている。本稿では,院内がん登録業務に生成AIを活用するに至った試行錯誤の軌跡を共有したい。

期待と現実の狭間で─生成AI導入の端緒

当院が「ユビー生成AI」の紹介を受けたのは,2024年前半のことである。当初のサービスは,まだ対話型機能が基本であった。「診療記録をコピー・アンド・ペーストし,プロンプトを入力すればサマリが出力される」という説明に大きな期待を寄せた。しかし,現実は甘くなかった。
当院の電子カルテシステムには,複数日にわたる診療記録を一括して選択・コピーする機能がない。日々の記録を一つ一つ手作業でコピーし,AIに入力してサマリを生成する。この作業フローをシミュレーションした時,筆者は「これは持続可能な効率化とは言い難い」と判断せざるを得なかった。
現場に余計な入力負荷を強いるシステムでは,決して定着しない。データウエアハウス(DWH)のように,種々の診療情報が一括で扱える基盤があり,それがAIと連携していなければ生成AIのポテンシャルを引き出すことは困難である。その時点で,当院では活用が厳しいと判断した。たとえ質の高い「素材(データ)」が揃っていても,それらを統合して処理する「インフラ」が未整備では,AIの能力を十分に引き出すのは困難であった。

偶然の出会いと「院内がん登録」への着目

生成AI活用は半ば停滞していたが,状況は別のプロジェクトの副産物によって好転した。ある業務の改善過程で,診療記録や各種レポートがある程度まとめられたデータが存在していたことを思い出したのである。最終的な実装には至らず,半ば放置されていたデータであった。このデータを用いて退院サマリを作成したところ,1回のコピー・アンド・ペーストで実診療に堪えうる内容が出力された。必要十分なデータがあれば,生成AIは一定の実用的な出力を返しうることが確認された。
そこから,新たな可能性を探る「探索」が始まった。そのデータを見ながら不意に頭に浮かんだのは,「院内がん登録」であった。しかし筆者は当時,医療情報管理室が担当する「がん登録」の実務を深く理解していなかった。そこで,院内がん登録のウェブサイトを確認した。その実務内容を見た瞬間,「これはAIによる支援との親和性が高い業務ではないか」と感じた。
AIに問いかけてみた。「このデータを読み込み,標準登録様式に沿った登録作業ができるか」。回答は,少なくとも試行する価値があるというものだった。標準登録様式の関連ファイルを読み込ませ,登録用のプロンプト作成をAIに委ねた。出力結果を評価し,プロンプトを微調整する。この往復運動こそが,AIを「おもちゃ」から「実務ツール」へと進化させる過程であった。登録担当者から「実務に堪えうる」という評価を得た時,筆者は一つの「正解」にたどり着いたと感じた。

業務変容のプロセス─ 「入力」から「確認」へのシフト

最大の課題は,システム連携であった。必要なデータをどのように生成AIへ流し込み,大量のデータを処理可能にするか。私たちはUbie社のサポートを受けつつ,一定期間の診療データをバッチ処理的に連携する仕組みを構築した(図)
この検証において,AIの導入は作業の質を大きく変容させた。登録対象か否かは病理診断で確診すれば明確だが,そうでない症例では,担当者は電子カルテを一つずつ開き,網羅的に根拠を探す必要がある。AIは,このスクリーニングを効率的に行い,候補を提示する。
さらに,登録業務においてもAIは,「根拠となる記載」とともに項目を提示する。人間が行うべき作業は,「入力」から「提示された情報の正誤を確認する」へとシフトした。不明瞭な部分には「根拠が不足している」とコメントさせる設計により,ハルシネーションのリスク低減を図った。
今後精度が上がり,AIが提示する根拠が精緻になるほど,私たちがその根拠を疑う機会は減っていくのかもしれない。提示された内容を承認していくプロセスは,効率化の過程で,判断のあり方が少しずつ変化していく過程でもある。それでもなお,膨大なカルテ検索という重労働よりはるかに人間的な業務であると信じたい。
今回の検証は,熟練者がAIという新しいツールに不慣れな中で行った初期評価であるが,スクリーニング時間は27.1%,登録作業時間は16.0%削減され,年間換算で1人当たり106時間の業務時間削減が見込まれた。今後,操作習熟や出力形式の改善が進めば,効果はさらに大きくなる可能性がある。AIによる支援が標準的な業務プロセスに組み込まれれば,未熟練者の作業支援や教育にも寄与すると期待される。

図 院内がん登録における生成AI活用の概念実証プロセス

図 院内がん登録における生成AI活用の概念実証プロセス

 

環境のデザインこそが医療DXの本質

今回の検証を通じて,生成AIを現場の実務に定着させるための「3つの必須条件」が明確になった。
第1に,「診療情報の集約と構造化」である。院内がん登録のように,データが診療録,病理診断,各種レポートなどに分散している状態では,AIの能力を十分に引き出せない。まずはこれらを一定のまとまりとして集約し,AIが処理可能な形式へと整える必要がある。
第2に,「情報基盤としての箱の整備」である。バラバラなデータを一時的に束ね,必要な時に取り出せる場所が必要だ。データという「食材」がいくら豊富にあっても,調理場となる基盤がなければ,AIの能力を十分に引き出すことはできない。
第3に,「最小の手間でAIへ流し込むワークフロー」である。いくらデータが整っていても,入力までの工程に手間がかかれば現場は疲弊する。人間がデータ抽出という重労働から解放され,AIとの連携が日常の一部となるような業務プロセスの再設計こそが重要である。
この3要素こそが,医療現場におけるAI活用の実効性を左右する「環境設計」である。
一方で,こうしたDXが進むほど,医療現場の記録文化も変化を迫られる。AIの出力精度を高めるためには,記載の標準化が重要となる。かつてカルテは,医師が自らの思考を整理し,ほかの医療者へ伝えるために書くものであった。しかし今後は,AIが読み解くための「入力データ」としての性格も強めていく可能性がある。私たちは,AIを活用するために診療記録や業務手順を見直しているのか,それともAIに合わせて現場のあり方を変えつつあるのか。そう自問する瞬間がある。
AIが提示する結果を効率的に確認できる環境は,業務負担を確かに軽減する。しかし,その結果を疑う機会まで失われてはならない。AIがどの情報を根拠に出力したのかを確認できること,根拠不足を明示させること,そして人間が修正できる余地を残すこと。これらを業務設計に組み込むことが,医療現場における生成AI活用を持続可能なものにする条件である。

 

(おがわ おさむ)
医療法人鉄蕉会情報管理本部長,CSR推進室顧問,亀田総合病院糖尿病内分泌内科シニア・ダイアビーティス・アドバイザー。情報関連全般の業務に従事する傍ら,診療にも従事。なお,本稿の作成過程でも生成AIを用い,校正・推敲に活用した。


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