「正しく恐れて,積極的に活用しよう!」 サイバーセキュリティ対策と医療AIの普及によりサイロ化の解消へ
宇賀神 敦氏(医療AI プラットフォーム技術研究組合 理事長,HumaNex.AI 合同会社 代表社員・CEO)

2026-7-1


宇賀神 敦氏

生成AIの活用が社会で拡大する中,医療分野での普及は国民性や組織文化,IT専門人材の不足などを背景に遅れている。診療報酬によるインセンティブは有効な施策である一方,ユースケースの共有が進んでいないことが課題だ。医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)は,医療情報の「サイロ化」解消とAIのエコシステムの構築を目指して活動している。AIとセキュリティは一体のインフラとして捉えるべきであり,経営層が「正しく恐れて,積極的に活用する」姿勢を持つことが普及の鍵となる。

国民性と組織文化,専門人材の不足が医療における生成AIの普及の障壁に

総務省の「令和7年版情報通信白書」などを見ても,生成AIの活用は世界的に増加しているものの,日本がリードしているとは言いがたい状況です。私はその背景に,日本人の国民性と組織文化の両方があると分析しています。日本人はリスクの話を優先しがちで,メリットよりもまずデメリットを見てしまう傾向があります。これは個人情報保護に関する議論でも同様で,なかなか一朝一夕には変わりません。
医療機関や企業など組織でのAI活用を進めるには,CIO (Chief Information Officer:最高情報責任者)の存在,果たすべき役割が重要です。しかし,日本と米国では,CIOに期待される役割には大きな違いがあります。日本では「失敗しないこと」が評価される傾向があり,新しいことへのチャレンジは積極的に求められていません。米国では,新たな価値を生み出せなければCIOは2年でクビになると言われるほど,成果主義が徹底しています。こうした人事評価の違いが,新技術の導入スピードに大きな差をもたらしているのではないかと考えます。さらに,日本の医療分野では,ITの専門人材が慢性的に不足していることが,AIの普及の遅れに追い打ちをかけています。ITやAIの専門家がいない状況では,リスクを漠然と大きく捉えてしまうため,ほかの業種よりもさらに一歩遅れてしまうという構図が続いています。

診療報酬でのインセンティブは有効 今後はユースケースの共有が必要

医療機関の経営が厳しい状況にある中で,生成AIの活用は不可欠です。2026年度診療報酬改定では,医師事務作業補助体制加算が見直され,生成AIを活用した場合にインセンティブが設定されました。国の施策として,これは非常に分かりやすいアプローチだと高く評価しています。これまで物理的な人員でカバーしていた部分をAIで代替し,その貢献を診療報酬上で正当に評価するという考え方は,日本の保険制度の特性を生かしたものだと言えます。今後もこのような施策が拡大していくことを期待します。
一方で,医療分野で生成AIを普及させる上で,懸念もあります。AIやDXなどの導入や運用に関して,オープンな場でのユースケースや失敗事例の共有が進んでいないため,「同じ穴に落ちる」ことを事前に防げていないケースが見受けられます。医療における生成AIの普及を進めるには,先人が後から来る人々に学びを与えていく仕組みが必要です。インターネットの普及やスマートフォンの爆発的な広がりがそうであったように,日本は信頼できる事例が共有され始めると一気に普及が進む国民性があります。生成AIも同様に,活用事例の共有が進めば実装が拡大するはずです。

「サイロ化」を解消し,AIをリーズナブルに活用できるエコシステムの構築を目指す

HAIPが解決しようとしている本質的な課題は,医療情報の「サイロ化」です。データが分断され,組織の縦割りが強く,知識が共有されず,人材のシェアリングもできていない。サイロ化を解消しなければ,医療DXは立ち行かないと考えています。
そのために,HAIPでは,AI開発基盤,ラボ基盤,サービス事業基盤に取り組み,医療機関がリーズナブルにAIを活用できるエコシステムの構築を目指しています。そして,これまでの研究成果を社会実装するための事業会社として,2025年4月に株式会社AIHOBSを設立しました。

「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン」を策定

今後,医療における生成AIを普及させるためには,ガイドラインが必要です。これまで開発者向けのものは存在していましたが,ユーザー目線で書かれたものがありませんでした。HAIPでは,医療機関が院内の運用ルールを策定する際の参考になるものが必要だと考え,2024年10月に「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン」の第1版を発行しました。さらに,2025年7月には著作権やプライバシー関連の法令対応を強化した第2版を発行しています。
ガイドラインのコンセプトは,「正しく恐れて,積極的に活用しよう!」です。医療ではリスクが過剰に定性的に語られがちですが,それではAIの導入が進みません。実際のユースケースを11種類に類型化し,医療機関に直結する8種類を中心に据えた構成にしています。忙しい医療従事者が,自分の業務に関係するユースケースだけを読めば完結するような内容を意識しました。
読者として特に想定しているのは,医療機関の経営層です。AIの導入を決定するのは経営層であることを踏まえて,その人たちが理解した上で,院内のルール策定を推進することが大切です。また,各部門の担当者に自分の職種,業務内容と照らし合わせてもらい,さらに,院内研修の教材としても活用できる内容にしました。実際,電子カルテベンダーからの問い合わせもあり,幅広く活用されています。

AIとセキュリティは一体で考えるべきインフラ

AIの活用を進める上で忘れてならないのはセキュリティです。AIとセキュリティは別々に考えるのではなく,一体として捉えるべきであり,セキュリティは生成AIの活用やデータ利活用を支えるインフラです。高速道路というインフラが整備されたから物流が発展したように,セキュアなネットワーク環境がなければ,AIの価値はクローズドな環境だけにとどめられてしまいます。
医療機関が抱える課題は明確です。ITの専門人材が不足し,担当者が100床当たり1人未満の施設が多数を占めているのが実情です。医療情報システムや医療機器のベンダーがそれぞれ独自のネットワークを外部に引いていて,全体のマネジメントが誰もできていない状況があります。これを解消するために,AIHOBS社では院外へのネットワーク結節点を集約する多機能ゲートウェイをHAIPの知財を用いて開発し,国際モダンホスピタルショウ2026〔7月8日(水)〜10日(金),東京ビッグサイト西展示棟(東京都江東区)〕での展示を予定しています。
サイバーセキュリティの考え方として,「守りきれる」という発想は捨てるべきです。また,IT人材が確保できない医療機関に対しては,地域の中核病院が遠隔でネットワークを見守るといった連携支援が求められると思います。さらに,国に対しては,AIとセキュリティへの取り組みに対する評価を手厚くしてほしいです。特にセキュリティは毎年継続的な投資が必要です。一時的な補助金での支援ではなく,診療報酬での評価を含む持続可能なモデルを構築しないと,セキュリティレベルの向上は根付きません。

「正しく恐れて,積極的に活用しよう!」という発想で生成AIと向き合う

医療機関の経営層の多くは,個人としてはすでに生成AIの良さに気づいているはずです。自分が良いと感じていることを,いかに組織の中で実践していくかという視点で考えることが大切です。トップが生成AI導入にネガティブだと組織全体のモチベーションも上がりません。ポジティブな基本姿勢を持ちながらしっかりしたガバナンスを構築し,デジタルネイティブの若い職員の声に耳を傾け,彼らが生み出すアイデアを取り入れていくことが,求められています。
「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン」を参考に,「正しく恐れて,積極的に活用しよう!」という発想で生成AIと向き合ってほしいと思います。

 

(うがじん あつし)
1983年株式会社日立製作所入社,2012年から英国国民保健サービス(NHS)と協業,2017年ヘルスケアソリューション事業部副事業部長。2018年ヘルスケアBU Chief Lumada Officer,内閣府SIP第2期AIホスピタル研究責任者。2021年医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)設立,専務理事。2023年厚生労働科学研究「生成AI利用ガイドライン」研究代表者。2026年HAIP理事長,HumaNex.AI合同会社代表社員・CEO。日本医療研究開発機構(AMED)PS・課題評価委員,東京科学大学非常勤講師を併任。


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