生成AIとRPAを用いた業務改善事例
水谷 駿介(医療法人聖峰会 田主丸中央病院 医療情報管理課)
2026-3-16
はじめに
近年,医療現場におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は喫緊の課題となっている。中でもRPA(Robotic Process Automation)と生成AIは,医療現場の業務改革を推進するツールとして大きな注目を集めている。
RPAは,キー入力やマウス操作といった定型的なPC作業を自動化するソフトウエアロボットであり,電子カルテや部門システムなどの既存システムに対して,人間が行う操作を模倣して実行することができる。これにより,データ入力,帳票作成,情報連携といった反復性の高い業務に対してしばしば利用されている。
一方,生成AIは,自然言語処理や画像生成といった高度なタスクをこなすAI技術であり,膨大なデータからパターンを学習し,新たな情報やコンテンツを生成する能力を持っている。医療分野においては,診断支援,治療計画の立案,研究開発,そして今回取り上げるような非定型的な情報からの抽出・判断といった領域での活用が期待されている。
医療現場における加算チェック業務の課題
当院では,「夜間休日救急搬送医学管理料(B001-2-6,600点)」に付随する「精神科疾患患者等受入加算(400点)」の算定漏れが課題となっていた。この加算は,夜間休日に救急搬送された患者のうち,精神科疾患を有する患者や薬物多量摂取などの精神科的介入が必要な患者に対して算定されるものだ。しかし,発生頻度の低さから,算定漏れが発生しやすい状況にあった。その上,対象患者の判定には,フリー入力された看護記録の目視確認が必要であり,この作業が非常に時間と労力を要していた。
RPAと生成AIによる加算チェックツールの構築
当院ではRPAと生成AIを組み合わせた加算チェックツールを構築した。本ツールは,以下の3つの主要な要素から構成されている。
1.Excelマクロによる救急看護記録データの抽出
電子カルテシステムから必要なデータを抽出するプロセスを自動化した。Excelマクロを活用することで,定型的なデータ抽出作業を効率的に行えるように設計されている。また,RPA動作環境下では,シナリオ工数を減らすことが安定稼働に寄与するため,データベースから直接抽出する工程はSQL(Structured Query Language)とVBA(Visual Basic for Applications)を用いて最適化している。
2.生成AIによる「薬物多量摂取」や「精神疾患の既往」などの記述の有無の判定
抽出された救急看護記録データの中から,加算対象となるキーワードやフレーズを特定するために生成AIを導入した。具体的には,「薬物多量摂取」や「精神疾患の既往」といった,精神科疾患患者等受入加算の算定要件に関わる記述の有無を生成AIが判定する。生成AIは,自然言語処理能力に優れており,フリー入力された多様な表現の中から,文脈を理解して関連性の高い情報を抽出することが可能だ。
3.RPAによる1.と2.の自動実行
上記1.と2.のプロセスは,RPAによって毎日定時に自動実行されるように設定されている。RPAは,Excelマクロの起動,生成AIへのデータ入力,生成AIからの判定結果の取得,そして最終的な判定結果リストの生成までの一連の作業を,人間が介在することなく実行する。
有用性検証と結果
本ツールの有用性を検証するため,以下2つの検証を行った。1つ目は時間短縮と妥当性の評価だ。従来,月に約10時間かかっていた作業が,RPA動作時間は2時間ほど,人間の工数としては15分程度まで改善された。その上,複数の算定漏れの発見に至った。
2つ目は,生成AIの複数判定による誤判定(ハルシネーション)の軽減だ。生成AIの判定は同一条件下でもタイミングによって異なる場合がある。この課題に対して,複数回の判定を実行することで,ハルシネーションのリスクを低減できることが示唆された。
生成AIの課題とプロンプトエンジニアリングの重要性
候補として抽出された根拠として,脳血管疾患などの脳外科領域の疾患を「精神疾患あり」として誤判定してしまうケースが多く見られた。本ツールの運用を通じて,生成AIの判定精度に関する課題も明らかになった。
この課題を解決するためには,生成AIへの指示文である「プロンプト」の表現方法を工夫する「プロンプトエンジニアリング」が極めて重要となる。より具体的で明確な指示を与えることで,生成AIの誤判定を減らし,精度を向上させることが可能となる。
生成AIとRPAの相性
生成AIは作成したプロンプトに対して,材料となる記事を与えることで,同じ判断基準で指示に従った処理を行う。繰り返し判断することに優れていると言える。従来,人間が目視確認して判断していたことを生成AIが代行することとなり,作業者のスキルを必要としない。AIの回答精度を問わなければ,定型化できる。まさに「業務の作業化」である。
一方で,RPAは作業の自動化に優れ,繰り返し手順を機械化するため,人の手を介さない定型的な業務へ導入されている。
つまり,生成AIが「業務を作業化」してしまえば,RPAでの実行も可能である。
生成AI判定結果によるRPA処理分岐
生成AIによる回答をYes/Noや数字などのプロンプトにより択一式に制限することで,返答結果をRPA上の変数として格納することが可能だ。RPAでは,変数として指定のテキストを含むか判定し,処理分岐に用いることができる。生成AIの判定はプロンプトが複雑化するほどに長文化する傾向にあり,返答形式の指定が反映されない場合がある。しかし,複数のプロンプトを用いることで,返答形式を制御することは可能である。
これにより,生成AIの判定で動作を変えるRPAシナリオが作成できる。これは,生成AIのプロンプトとRPAのシナリオの作り込み次第でPC上のあらゆることが自動化できることを意味する。
処理分岐事例:「救急医療管理加算」判定
本ツールの転用として,検証中であるが,救急医療管理加算の判定を自動化している。
基本構成は同じ,Excelマクロによるリストアップ,生成AIによる判定,RPAによる実行だ。救急医療管理加算のAI判定においては非常に綿密なプロンプト構成をしており,返答形式を同一プロンプト内に組み込むと,指示を無視して,長文の返答が返ってくる。これは,プロンプト内における返答形式の重要性が他の指示内容と競合してしまった結果と考えられる。
そこで,プロンプトAにより生成された回答をプロンプトBで指定した返答形式に修正するようにした。これにより,RPAで変数処理できる短文の択一式返答への制御ができるようになった(図1)。
図1 処理分岐とツールの構成イメージ
制限と課題
本ツールには,いくつかの制限と課題が存在する。
1.環境依存性
RPAは,座標指定やウインドウ名指定,キー入力回数設定など,既存の電子カルテシステムやPCのOS,アプリケーションのバージョンといった環境に依存する。これらの環境が更新された場合,RPAのシナリオ修正が必要となる。
2.生成AIの精度とプロンプトエンジニアリング
生成AIの判定精度は,プロンプトの質に大きく左右される。誤判定を減らし,精度を向上させるためには,継続的なプロンプトの改善とチューニングが必要だ。
3.医療機関における責任問題
RPAや生成AIが生成した情報や判断に基づいた行為において,万が一問題が発生した場合の責任の所在は,医療機関にとって重要な課題だ。システムの設計段階から,人間の最終確認プロセスを組み込むなど,責任体制を明確にする必要がある。また,生成AIは非常に便利な一方,「生成AIは60~70点程度の精度で回答してくる」という認識を持っており,一次作業者としての役割にとどめるのがよいと思われる。
4.初期導入コストと運用コスト
RPAや生成AIの導入には,ソフトウエアライセンス費用や開発費用,そして運用・保守費用が発生する。これらのコストと,算定漏れ防止効果や人件費削減効果を比較検討し,費用対効果を評価することが重要だ。本事例では,「チェック作業にかかる人件費>算定漏れ防止効果」という判断がなされており,また,別目的でRPAと生成AIが導入済みであったことから投資対効果が見込まれると判断した。
(みずたに しゅんすけ)
2014年保健医療経営大学卒業後,南風病院入職。その後,株式会社メハーゲンを経て,2019年から医療法人聖峰会田主丸中央病院医療情報管理課。現在,同院医療情報管理課課長兼企画室室長を務める。
