日立,肺がん検査支援に向けて,走査電子顕微鏡観察とエネルギー分散型X線分光法による細胞解析技術を開発
細胞核の元素分析と面積の計測により,迅速細胞診の形態観察を補完する定量指標の提示をめざす

2026-4-28


日立および日立ハイテクと国立がん研究センター中央病院は,肺がんが疑われる肺末梢病変の気管支鏡検査*1における迅速細胞診(ROSE)*2への応用を想定し,走査電子顕微鏡(SEM)*3観察とエネルギー分散型X線分光法(EDX)*4を組み合わせた定量的な細胞解析技術を開発した*5

従来のROSEでは,専門の医療従事者が光学顕微鏡により細胞の形態観察に基づいて検体の適正・不適正や良性・悪性を判定する。本技術では,SEM-EDX法*6により,細胞核ごとに,DNA構成元素であるリン(P)に由来する特性X線カウント*7(以下,Pカウント)を計測し,さらにSEM画像から細胞核の面積(以下,核面積)を計測する。これらの結果を組み合わせることで,形態観察を補完する定量指標として,「Pカウント・核面積プロファイル」を提示できるようにした。49症例の気管支擦過細胞検体*8を対象に,「Pカウント・核面積プロファイル」を解析した結果,がん細胞群は正常細胞群とは異なる分布を示すことを確認した。これにより,ROSEにおける検体評価や検体の追加採取の要否判断の支援につながることが期待される。また,小型で設置性に優れた卓上型の低真空SEM(LVSEM)*9を用いることで,検査室など限られたスペースでも導入しやすく,細胞診のスライドガラス標本をそのまま観察できる構成としている。

今後,症例規模を拡大した検証に加え,気管支鏡検査におけるROSEへの応用を視野に入れ,測定・解析技術の改良を進め,医療現場の支援をめざす。

図1  ROSEへの応用を想定し,SEM-EDX法で得た定量指標「Pカウント・核面積プロファイル」(右)と,細胞診画像(左)をセットで参照する例(がん細胞は核が大きく,核内の染色が濃いことが特徴)

図1  ROSEへの応用を想定し,SEM-EDX法で得た定量指標「Pカウント・核面積プロファイル」(右)と,細胞診画像(左)をセットで参照する例(がん細胞は核が大きく,核内の染色が濃いことが特徴)

 

*1 気管支鏡検査: CTなどで異常陰影が見られ,肺がんや感染症などが疑われる場合に行う検査。口や鼻から細い内視鏡(ファイバースコープ)を挿入し,気管・気管支の内部を直接観察,または病変の組織・細胞を採取(生検)する検査。
*2 迅速細胞診(ROSE): 検査中に採取した細胞をその場で評価し,診断や追加検査の必要性を判断する方法。
*3 走査電子顕微鏡(SEM): 細胞などの微細な構造を拡大して観察できる装置。
*4 エネルギー分散型X線分光法(EDX): サンプルに含まれる元素の種類や量を調べる分析方法。
*5 本技術は研究段階であり,本研究で用いた装置は医療機器としての承認・認証を取得したものではない。
*6 SEM-EDX法: SEMでサンプルを観察しながら,同時にEDXで元素分析を行う技術。
*7 特性X線カウント: EDXを用いた元素分析において,試料に含まれる「元素ごとに特徴のあるX線(特性X線)」を検出したカウント。本稿ではリン(P)に由来する特性X線カウントをPカウントとして用いる。
*8 気管支擦過細胞検体: 気管支鏡検査でブラシによる擦過で採取した細胞のサンプル。
*9 低真空SEM(LVSEM): 金属コーティングなど導電処理をすることなくサンプルを観察できるSEM。本技術では卓上型の低真空SEMとして用いる。
本技術で使用した卓上顕微鏡 Miniscope® TM4000PlusIII/TM4000IIIに関するウェブサイト 日立ハイテク
LVSEMの生検組織応用例に関するウェブサイト 日立ハイテク

■背景および課題

肺がんをはじめとする呼吸器疾患の早期発見と診断精度の向上は,患者の生存率や治療予後を改善するために極めて重要である。近年,低線量CT*10検診の普及により肺がんの早期発見が進む一方,肺末梢に見つかった小型の病変は,画像所見だけでは良性・悪性の判定が難しく,病理学的な鑑別の必要性が高まっている。そのため,気管支鏡検査では,病理診断に適した検体を採取することが求められており,採取した検体の十分性をその場で評価する手法としてROSEが用いられている。従来のROSEは光学顕微鏡による形態観察が中心であり,専門の医療従事者が検体の適正・不適正と良性・悪性を判定する。一方で,形態観察だけでは判定が難しいケースに備え,客観的な定量指標を提示できる手法の開発が求められていた。

*10 低線量CT: 低線量のX線で撮影するComputed Tomography(コンピューター断層撮影)の略。X線を使って体の内部を輪切り(断層)画像で詳しく調べる精密検査。

■課題を解決するために開発した技術・ソリューションの特長

そこで,日立および日立ハイテクと国立がん研究センター中央病院は,ROSEへの応用に向けた定量的な検体評価手法として,SEM-EDX法による細胞解析技術を開発した。技術の特長は以下の通り。

1. 増殖過程にある細胞を客観的に評価するPカウント計測技術
SEM-EDX法を用いて,スライドガラス標本上の細胞核ごとに領域を選択して,Pカウントを計測できるようにした。本技術では,増殖過程にあるがん細胞では核内DNA密度が上昇し,その変化がDNAの構成元素であるPカウントの差として現れる可能性に着目した。細胞診のスライドガラス標本においてPカウントに基づく細胞分布を解析した結果,がん細胞群と正常細胞群との間に統計的有意差が認められた。この結果から,SEM-EDX法を用いて計測したPカウントは,増殖過程にある細胞の評価指標として活用できる可能性が示された。

2. 検体の十分性評価を支援する「Pカウント・核面積プロファイル」による細胞解析技術
SEM画像から核面積を計測し,上記で取得したPカウントと組み合わせることで,二つの定量指標に基づく細胞解析を可能にした。これらの指標は,従来の光学顕微鏡観察でがん細胞に見られる核の腫大や核濃染*11といった特徴を反映している可能性がある。細胞診のスライドガラス標本において「Pカウント・核面積プロファイル」を取得し,対照となる正常細胞群と比較することにより,細胞の形態観察を補完する定量的な細胞解析技術としての活用が見込まれる。

*11 核濃染: 細胞核のクロマチン量の増加などにより,顕微鏡観察で細胞核が濃く染色されて見える所見。細胞診では,悪性細胞に特徴的な形態学的所見の一つ。

■確認した効果

49症例の気管支擦過細胞検体を対象に,医師が光学顕微鏡観察でがん細胞あるいは正常細胞と判定した細胞群について,Pカウントと核面積を計測した。症例により,がん細胞群ではPカウントまたは核面積,あるいは両者の分布が,正常細胞群より有意に大きいことが示された。これらの結果から,「Pカウント・核面積プロファイル」による細胞解析技術は,がん細胞判定の補助的な確認手段となり得る可能性が示唆された。本技術は,ROSEにおける光学顕微鏡による形態観察を補完する指標として活用され,検体評価に役立つことが期待される。

■今後の展望

今後,日立および日立ハイテクは,症例規模を拡大した検証に加え,気管支鏡検査におけるROSEへの応用を視野に入れ,参照しやすい形で定量指標を提示できるよう,測定・解析技術の改良を進め,医療現場の支援をめざす。
なお,本成果の一部は2026年3月26日(木),国際的な学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

■関連情報

日立の研究開発ウェブサイト

 

●問い合わせ先
(株)日立製作所 研究開発グループ
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