キヤノン東大ラボ,医療情報を利活用した研究開発のための課題や方向性を議論する第1回シンポジウムを開催
2026-4-17
キヤノン東大ラボの第1回シンポジウムには,
会場およびウェビナー視聴者合わせて437名が参加した。
キヤノン,キヤノンメディカルシステムズと東京大学の産学協創協定で発足したキヤノン東大ラボの第1回シンポジウム「医療情報を利活用した研究開発から社会実装への課題と道筋」が,2026年4月6日(月),東京大学本郷キャンパス内の伊藤国際学術研究センター伊藤謝恩ホールで開かれた。キヤノン東大ラボは,「個々人のQuality of Lifeを最大化し,病とも共生する社会の実現」を共通ビジョンとして,個人に見合った最適な医療(プレシジョン・メディシン)を提供し,Well-Beingな社会をめざす共同研究を行っている。今回のシンポジウムは,共通基盤テーマとして挙げられている「医療における臨床データ利活用」に焦点を当てたもの。当日は,会場およびウェビナー視聴者合わせて437名が参加した。冒頭にシンポジウムの課題設定を説明した古賀章浩氏(キヤノン)は,「研究成果をいかに遵法的かつ円滑に製品化へと結びつけるか」「医療データの提供者と利活用者との責任範囲と信頼構築をどう考えるか」の2点を挙げ,臨床データの利活用ための法整備の方向性や,データの提供側と利用側の信頼関係の醸成のための道筋を探りたいと述べた。
第1部では4題の講演が行われた。最初に山崎知巳氏(東京大学)が,「Beyond AI 連携事業での取組事例-臨床データ活用による事業展開を中心に-」を講演した。山崎氏は,東大とソフトバンクによる産学連携プロジェクトであるBeyond AI連携事業で,CIP制度を活用して事業化された「イヨウガゾウラボ」の取り組みを紹介した。イヨウガゾウラボでは,MRIの脳動脈瘤,脳梗塞症例についてセグメンテーションを含む医用画像を提供するAI開発用のセットサービスのほか,要望に応じた医用画像を提供するオーダーメイドプランなどを,セキュリティを担保した上で24か月の使用権(ライセンス)の形で提供している。山崎氏は,医療AIの社会実装のためには,AI技術と同様にデータが重要であり,データ利活用のための環境づくりが必要だと述べた。
続いて,米村滋人氏(東京大学)が「臨床データ利活用に関する法的課題と解決の方向性」を講演。医師であり弁護士でもある米村氏は,医療情報の利活用にかかわる法制度として個人情報保護法,次世代医療基盤法の概要を説明した上で,現状の課題と望ましい制度設計の方向性を示した。個人情報保護法では,個人データの第三者提供に本人の同意を必要とし,例外事由はあるもののほとんど利用されていない。医療情報を活用した研究開発を促進するために制定された次世代医療基盤法は2024年に改正され,仮名加工医療情報の利用が可能になったが「丁寧なオプトアウト」が求められ,これがデータの二次利用を難しくすると同時に,医療現場にも負担を強いている。米村氏は,これらの「同意偏重」が課題であり,利活用を促進し患者自身の利益にもなるためには,データの活用時に同意を得るようにするなど,「入口規制」から「出口規制」に考え方を変えることが必要だと述べた。
石井健介氏〔医薬品医療機器総合機構(PMDA),現・高知大学〕は,「医療機器承認審査における臨床データ利活用の留意点等」と題して講演した。石井氏は,3月まで務めたPMDAの執行役員(機器審査等部門担当)の立場で,医療機器承認審査におけるリアルワールドデータ(RWD)活用の現状と課題を概説した。治験コストの上昇でレジストリデータなどRWDを利用した薬事申請や審査が始まっているが,国内では申請に使えるレジストリが少ない。そういった状況に対応するため,改正次世代医療基盤法では,仮名加工医療情報による薬事申請利用が可能になった。また,プログラム医療機器(SaMD)の開発促進のため,2024年に「医療デジタルデータのAI研究開発等への利活用に係るガイドライン」が発出され,SaMD検証のための環境整備が進められていることを説明した。その上で石井氏は,承認審査に利用する課題として同意取得のハードル,RWDに医療機器の識別コードがないことなどを挙げ,現在,デジタル行財政改革会議で検討が進められているデータ利活用の議論に期待すると述べた。
最後に,河添悦昌氏(東京大学)が「大学病院における臨床データの活用状況」を講演した。河添氏は,病院における医療情報システムの発展の歴史や医療情報の二次利用の現状を概説し,臨床データの利活用のための課題を指摘した。医療情報の二次利用として,現在,RWDとしてレセプトデータを基にしたNational DataBase(NDB),学会主導のレジストリデータとしてNational Clinical Database(NCD),がんゲノム情報管理センター(C-CAT)の症例登録などがあるが,登録のための負荷やデータがサイロ化しているのが課題だと述べた。また,大学病院などでのデータ利活用では,電子カルテだけでなく部門システムまでさまざまなベンダーの製品が複雑に連携しており,データの標準化や非構造化データの扱いが課題となっている現状を指摘。その上で,東大病院で進められている内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「統合型ヘルスケアシステムの構築」や,キヤノン東大ラボでの「マルチモーダル統合情報基盤」構築の現状を報告した。
第2部パネルディスカッション「臨床データ利活用における理解ギャップの解消と将来展望」では,小林英津子氏(東京大学),古賀氏をモデレータとして,第1部の講演者に加えて江澤正名氏(内閣府健康・医療戦略推進事務局),山口育子氏(ささえあい医療人権センターCOML),宍戸常寿氏(東京大学)がパネリストとして登壇。患者や法律家の視点を含めて,医療情報のデータ利活用の課題や研究開発に効果的に活用するための考え方について活発なディスカッションが行われた。
総括を述べた佐久間一郎氏(東京大学)は,「患者も含めてデータを提供する側,利活用する企業などステークホルダー間の協力と相互理解が必要で,問題点をすり合わせて信頼関係を醸成していくことが重要だ。キヤノン東大ラボでは,小規模なシステムから段階的に拡張していくことで,データ利活用のための環境整備を進めていきたい」と述べた。閉会の挨拶に立った瀧口登志夫氏(キヤノン)は,「Well-Beingな社会実現のためには,医学・工学の自然科学研究のみならず,それを支える法律や社会システムなど人文科学的な知見が重要で,東京大学との産学協創は発展のための貴重な取り組みだと考えている。医療AIの社会実装には多岐にわたる論点があるが,今回のシンポジウムでの論点が今後の法整備や制度作りに少しでも結びつくことを期待している」と締めくくった。
キヤノン東大ラボの第1回シンポジウムの登壇者
第2部のパネルディスカッションの様子
●問い合わせ先
東京大学臨床生命医工学連携研究機構
todai.coi.jimu@gmail.com
