2025-12-1
NVIDIAは,2025年9月24日(水),25日(木)の2日間,東京ミッドタウンホール(東京都港区)において,人工知能(AI)の開発者,技術者向けにAI Day Tokyoを開催した。24日には医療分野におけるAI開発の最前線をNVIDIAの技術者が紹介する「Japan Healthcare Day – MedTech 開発者向けトレーニング」を実施。多くの参加者を集めた。NVIDIAのDirector of Business Development for HealthcareであるDavid Niewolny氏のプレゼンテーションを中心に,NVIDIAが描くAIとともに実現する医療の未来像を紹介する。
AIは4段階の進化で医療に変革をもたらす
David Niewolny 氏
Niewolny氏は,ヘルスケア分野向けのビジネスデベロップメントディレクターとしてチームを率いて,医療AI開発のためのインフラやツールを提供している。「NVIDIAの先端技術で進化する医療ロボティクス:物理とデジタルの融合が生む革新」と題したプレゼンテーションの中で,同氏は「AIが医療を変革する」と強調した。NVIDIAのアクセラレーテッド・コンピューティング技術は,医療機器メーカーに採用されるなど,約20年にわたって医療に貢献してきた。医療AIについては最近,生成AIによる退院サマリなどの診療記録の作成支援が可能となり,ロボティクスにおいては手術支援・リハビリ支援のロボットが登場している。Niewolny氏は,「これらの革新的な技術が医療現場に浸透しており,NVIDIAの技術がそれを支えている」と述べた。
その上で同氏は,医療AIについて,「『知覚AI』『生成AI』『エージェントAI』『フィジカルAI』の4段階で進化していく」と説明した。知覚AIとは,放射線検査画像の解析・診断支援などが当てはまり,次のステップとなる生成AIは,放射線検査の画像診断報告書の作成支援といったことができるようになった。続く,エージェントAIでは,バーチャルヘルスアシスタント,臨床判断支援,患者ケアの調整など事務作業の自動化が可能になる。そして,その先にあるフィジカルAIでは,自律型手術ロボットやリアルタイムの介入ガイダンス,超音波検査などの自動化が実現する。Niewolny氏は4段階の進化を説明し,「医療の未来はこれらのAIが統合され,高度に自律化した『インテリジェント・ホスピタル』になる」との考えを示した。
NVIDIAの使命はAIとロボティクスを民主化すること
さらに,Niewolny氏は,「NVIDIAの使命は,AIとロボティクスの力を民主化し,誰もが安全かつ効果的に利用できるようにすることである。その実現に向けて基盤となるツールやインフラを提供する」と述べた。これにより,すべての患者が最善の医療を受けられ,医師は高度な技量を発揮でき,医療機関は最大限の成果を生むことができるという。
そのために,NVIDIAは「医療AI開発のためのフルスタックのAIコンピューティングアーキテクチャを提供している」とNiewolny氏は説明。NVIDIAは,基盤ライブラリから,アプリケーション,フレームワークの「MONAI」「Holoscan」「Isaac for Healthcare」まで,垂直統合された医療AI開発環境を提供しており,「医療AIやロボティクスの開発を加速させている」と強調した。
MedTechイノベーションをリードしてきた日本
NVIDIAのAIコンピューティングアーキテクチャは,日本の企業や研究機関も採用しており,医療AI開発に活用して成果を出している。Niewolny氏は,「日本は世界第2位の医療機器市場規模で,医療AIにおいても重要な役割を持ち,世界のMedTechイノベーションをリードしてきた」と説明。その事例を紹介した。富士フイルムは,CT,超音波診断装置,内視鏡装置にNVIDIAのGPUを搭載し,リアルタイムの画像解析を実現している。また,国立情報学研究所は,日本語の医療用大規模言語モデル(LLM)を公開している。スタートアップ企業のDireavaは,手術に特化した視覚言語モデル(VLM)を開発しており,リアルタイムの手術ナビゲーションにより外科手術の自動化を進めている。これらを紹介した上で,Niewolny氏は,「日本は最も重要なパートナーの一つである」とアピールした。
また,NVIDIAでは,ロボティクスについて医療の未来を担う重要な技術と位置づけている。Niewolny氏は,「現在,全世界で医療従事者が不足しており,それを補うのはロボットである」と指摘。医療現場における2種類のロボットを説明した。1つは「物理ロボット」で,手術や検査,物流などにおける手技や作業を支援する。もう1つの「デジタルロボット」は,クラウドやデバイス上で,患者案内,患者ケアの調整などを行うエージェントAIによるバーチャルアシスタントである。この2種類のロボットを組み合わせることで未来のインテリジェント・ホスピタルを構築するという。
物理ロボットの開発を支えるNVIDIA
Niewolny氏は,物理ロボットの開発を支えるNVIDIAの技術として,「AIファクトリー」「シミュレーション」「オンデバイス/エッジコーディング」の3つのキーワードを挙げて説明した(図1)。AIファクトリーの技術として,ハードウエア「NVIDIA DGX」がある。NVIDIA DGX上ではMONAIが活用できる。シミュレーションでは,デジタルツインによるロボット開発を支援する「Omniverse」やIsaac for Healthcareといったフレームワークを提供している。さらに,オンデバイス/エッジコーディングでは,リアルタイム処理向けのプラットフォームであるHoloscan,「NVIDIA IGX」や,エッジデバイス向けの「NVIDIA Jetson」などを用意している。
MONAIは,オープンソースの医用画像処理AIフレームワークであり,全世界で約600万ダウンロード,約4000本の論文,約4300のAIモデルの実績がある。ラベル付けからトレーニング,デプロイまでを支援し,30以上の事前学習済みモデルを使用可能。フィリップスやシーメンスといった企業,大阪大学,広島大学などの豊富な導入実績がある。
Isaac for Healthcareは,医療用ロボットのシミュレーション,トレーニング,テストを行うプラットフォームである。Omniverseによるデジタルツインにより仮想の手術室を構築して,安全かつ効率的な開発を支援する。
Holoscanはリアルタイムでセンサから画像などの信号処理を行うプラットフォームであり,エッジデバイスからデータセンター,そしてクラウドまでデプロイでき,手術や検査などにおいて,低遅延でAIによるリアルタイム処理を可能にする。80以上のリファレンスアプリケーション,50以上の再利用可能演算子があり,短時間で効率的な開発が可能である。昭和医科大学ではAIリアルタイム立体視映像生成システム,川崎重工業では看護支援ロボットを開発している。
図1 物理ロボットの開発を支援するNVIDIAの技術
(資料提供:エヌビディア合同会社)
デジタルロボットのためのエージェントAI開発
Niewolny氏は,デジタルロボットのためのエージェントAI開発についても言及した。エージェントAIはコミュニケーションをとり,医療情報を記録し,患者ケアを提供するなど,医療現場に革新をもたらしている。臨床医を支援するとともに,患者をケアし,病院経営の最適化にも貢献する。同氏は,「デジタルロボットは,検査,診断,治療など,幅広く診療現場で導入が進んでいる」と述べ,医師の会話を自動記録して,患者に集中できるようにするAbridgeの技術や,術後の患者ケアを行うHippocratic AIのソリューションを紹介した。
NVIDIAでは,デジタルロボットの開発基盤も提供している。理解・推論エンジン,情報検索,デジタルヒューマンなどから構成されるAI基盤モデル群の「NVIDIA NIM」があり,そのベース上にエージェントAI開発のフレームワーク「NVIDIA NeMo マイクロサービス」がある。さらに,ユーザーのニーズに応じて医療用エージェントAIなどの開発のためのレシピ集とも言える設計図「AI Blueprint」を用意している。
Niewolny氏は,これらを説明した上で,デジタルロボットに必要な3つの基盤技術として,「推論エージェント,対話エージェント,デジタルヒューマンがあり,この3技術を統合することで,医療用のデジタルロボットが完成する」と述べた(図2)。
推論エージェント技術としてNVIDIAは,NVIDIA NeMo マイクロサービスを提供している。これはデータ収集からエージェントAIの最適化までを行うエンドツーエンドのプラットフォームである。また,対話エージェント技術として,音声認識・翻訳・音声合成を行う,日本語をはじめとした多言語に対応したプラットフォーム「NVIDIA Riva」も用意している。
富士通では,2025年8月に,このNVIDIAのデジタルロボット開発基盤で医療用エージェントAIプラットフォームを開発したことを発表した。
図2 デジタルロボットのためのNVIDIAのエージェントAI開発技術
(資料提供:エヌビディア合同会社)
インテリジェント・ホスピタルを構築し,医療の未来を形づくる
まとめとしてNiewolny氏は,「NVIDIAは,物理ロボットとデジタルロボットの融合により医療システムを再構築する」と述べた。そして,「NVIDIA DGXなどによる『トレーニング』や,Isaac for HealthcareとOmniverseによる『シミュレーション』,Holoscanを用いたリアルタイム処理が可能なAIの『展開』によるインテリジェント・ホスピタルで,医療の未来を形づくっていく」と強調。NVIDIAがめざす医療の未来像を示した。
Japan Healthcare Day─MedTech 開発者向けトレーニングでは,このほかに,「NVIDIA Holoscanを活用したエッジ向けリアルタイムAIパイプライン構築」(Leon He氏)と「エージェントAIによるデジタルヘルスの実現:フロントデスクから診断ノートまで」(Colleen Ruan氏)と「Isaac for Healthcare:AIを活用したヘルスケアロボットの実現」(Maximilian Ofir氏)のプレゼンテーションが行われ,NVIDIAの医療AI開発の最前線が紹介された。日本の医療には課題が山積しているが,NVIDIAのAI技術が課題解決に寄与し,次世代の医療を築いていくことが期待される。
Japan Healthcare Day – MedTech 開発者向けトレーニングは,オンデマンドで視聴できます。
https://nvda.ws/4qmpo3n
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