セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)

第47回日本救急医学会総会・学術集会が2019年10月2日(水)〜4日(金)の3日間,東京国際フォーラム(東京都千代田区)にて開催された。4日に行われたキヤノンメディカルシステムズ株式会社共催のランチョンセミナー29では,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科救急医学領域長救急災害医学分野教授の大友康裕氏を座長に,社会医療法人厚生会 多治見市民病院救急総合診療部の児玉貴光氏と島根大学医学部Acute Care Surgery講座教授/同附属病院高度外傷センター センター長の渡部広明氏が,「令和時代のER〜次世代の救急診療体制の構築とそのあり方〜」をテーマに講演した。ここでは,渡部氏の講演内容を報告する。

2020年1月号

第47回日本救急医学会総会・学術集会ランチョンセミナー29 令和時代のER 〜次世代の救急診療体制の構築とそのあり方〜

ハイブリッドERシステムは救急診療の概念を大きく変える!〜時間的・空間的優位性を持つ最新救急ユニット活用法〜

渡部 広明(島根大学医学部Acute Care Surgery講座/同附属病院高度外傷センター)

渡部 広明

島根大学医学部附属病院では2017年8月に高度外傷センターを開設し,キヤノンメディカルシステムズ社製のCT装置「Aquilion PRIME」と血管撮影装置「Infinix Celeve-i INFX-8000H」を同室に設置した世界初のテーブル回転式ハイブリッドERシステムを導入した。本講演では,ハイブリッドERシステムの概要,われわれが作成したハイブリッドER版JATEC(外傷初期診療ガイドライン),ハイブリッドERがもたらす変化,を中心に報告する。

ハイブリッドERシステムの概要

1.ERにおけるCT検査の位置づけ
ERに救急搬送されてくる外傷症例に対しては,JATECに則り,primary survey(生理学的評価)としてABCDEアプローチ〔気道(A),呼吸(B),循環(C),意識レベル(D),体温(E)〕を行う。Cの評価として,画像診断は胸部X線,骨盤X線および迅速簡易超音波検査(FAST)を実施する。また,意識レベルは,Glasgow Coma Scale(GCS)によって評価する。それらの結果,例えばCとDに異常を認めた場合,JATECではCの治療が優先とされるが,実際にはその間にD(頭部)の治療が間に合わなくなることもあり,このような症例は救命がかなり困難である。
本来であれば,primary surveyの段階でCT撮影を行いたいが,JATECでは循環不安定症例へのCT撮影は推奨していない。一方,欧州では,外傷診療にCTは有用であり予後が良好となるとの報告1)や,全身CT撮影により有意に死亡率が低下したという報告2)もある。

2.外傷初期診療の流れとハイブリッドERの意義
外傷初期診療の流れは,通常,primary surveyとして初療室にてJATECで評価し,可能であればsecondary surveyとしてCT室にてCT検査を実施する。頭部外傷,腹膜内出血,骨盤骨折の症例の場合,手術や経カテーテル動脈塞栓術(TAE)などを行うために最低でも5回は患者を移動し,治療時間は5〜8時間を要する。一方,ハイブリッドERでは,患者を移動させることなく,受け入れから治療までを完結させることができる。
こうした状況の中,2011年に世界初のハイブリッドERを導入した大阪急性期・総合医療センターから,ハイブリッドERの導入により患者の予後が劇的に改善することが報告された3)。現在,国内では11施設でハイブリッドERが稼働しており,当センターは8番目の施設として導入した(図1)。縦横いずれも約10mの広い空間を有し,クラス10000の手術室空調を備え,経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)の施設認定基準も満たしている。当センターでは,CTと血管撮影装置を向かい合わせに配置し,間に設置した手術台を回転させることで必要最低限の移動でCT撮影・血管撮影を行えるほか,開頭術・開腹術など広範な手術をカバーする,世界初のテーブル回転式ハイブリッドERシステム4)となっている。

図1 世界初のテーブル回転式ハイブリッドER CT撮影後,手術台を回転することでスペースが広がり,麻酔や手術,血管撮影を迅速に実施できる。

図1 世界初のテーブル回転式ハイブリッドER
CT撮影後,手術台を回転することでスペースが広がり,麻酔や手術,血管撮影を迅速に実施できる。

 

ハイブリッドER版JATEC:mFACT

1.mFACTの概要と有用性
患者受け入れ後すぐにCT撮影が行えるハイブリッドERでは,JATECのABCDEアプローチとは異なる対応が求められる。そこで,われわれはハイブリッドER版JATECを開発した。基本的なコンセプトはJATECと同じであるが,従来の3検査(胸部X線・腹部X線・FAST)をCTで代替し,「ABC-CT-DEアプローチ」として,より多くの情報を取得し治療戦略を立てることとした。このCT検査はprimary surveyであり,われわれはJATECのFACT(Focused Assessment with CT for Trauma)をモディファイしてmFACTと呼称している(図2)。そして,次の段階では,secondary survey(解剖学的評価)として二度目のCT読影を行う。従来の3検査では評価できなかった緊急減圧開頭術必要症例や縦隔血腫・大動脈損傷などを確認できることは,大きなメリットである。
当センターの症例について,搬入からmFACTあるいは従来の3検査が終了するまでの時間をそれぞれ計測したところ,中央値はmFACT群が9分,従来群が12分と,有意差をもってmFACT群の方が速かった5)。より迅速かつより多くの情報をmFACTで得られることが,ハイブリッドERのメリットと言える。

図2 mFACT(modified FACT:ハイブリッドERで行うFACT)で評価すべき10項目

図2 mFACT(modified FACT:ハイブリッドERで行うFACT)で評価すべき10項目

 

2. 症例提示
症例1は,55歳,男性,肝損傷・急性硬膜下血腫の症例である。CTにて頭部損傷,縦隔血腫,腹腔内出血(図3)が認められ,まずは開腹術を行った。本症例ではあえて造影CTを施行しているが,われわれは通常,単純CTを行い,FASTと同様の発想で手術戦略を決定している。CTで頭部損傷の状況まで把握し,開腹術後に開頭術を行う必要があることを最初からわかっていれば,戦略も変わってくると思われる。

図3 症例1:肝損傷・急性硬膜下血腫(55歳,男性) ハイブリッドER内の天吊りの大画面モニタにて,すべての画像をリアルタイムに確認可能

図3 症例1:肝損傷・急性硬膜下血腫(55歳,男性)
ハイブリッドER内の天吊りの大画面モニタにて,すべての画像をリアルタイムに確認可能

 

ハイブリッドERの有用性と課題

1.外傷診療における有用性と課題
ハイブリッドERは,患者の移動がないためprimary surveyでのCT検査が安全に実施でき,たとえ容態が急変しても,その場ですぐに気管挿管や胸骨圧迫が行えるため,安全性が非常に高いと言える(図4)。治療では,手術やIVRの開始が早くなる分,早期止血も可能であり,CとDの異常を同時に治療できるため,同時に治療しなければ救命できないケースに対して大きなアドバンテージがある。
また,従来よりも診療がきわめて迅速に進むため,ハイブリッドERの機能を最大限に生かすためには,それに対応するチーム連携がよりいっそう求められる。
一方,CT検査が従来よりもはるかに早い段階で行えるため,初回CTの情報だけで治療戦略を構築すると誤った判断をする可能性がある。例えば,初回CTで腹腔内出血の量が少ないからと骨盤のTAEを先に行ったところ,その間に腹腔内の出血量が増大してコントロール不能となる,といったケースである。時間の要素を加味した二度目のCTも踏まえて治療戦略を決定するなど,ハイブリッドERならではの読影法が必要となる。

図4 ハイブリッドERで変わる外傷診療

図4 ハイブリッドERで変わる外傷診療

 

2.内因性疾患診療における有用性
ハイブリッドERは,内因性疾患診療にも有用性が高く,やはり患者の移動がないことが一番のカギとなる(図5)。
例えば脳出血は,CT撮影後すぐに開頭術に移行できる。また,大動脈解離は,CTにて早期に診断できれば,止血までの時間を大幅に短縮でき,救命率が向上する可能性がある。手術および血管内治療が直ちに実施できることもハイブリッドERのメリットで,肝細胞がんの破裂や消化管壊死によるショック,脳卒中の血栓回収療法にも有用である。さらに,来院時心肺停止の患者には,Cアーム透視下で安全に体外式模型人工心肺(ECMO)を導入することも可能である。
症例2(図6)は81歳,女性,大腸壊死,汎発性腹膜炎,敗血症性ショックの症例である。初期診療(ABCの評価)における来院時所見は,脈拍104回/min,血圧110/67mmHg(ノルアドレナリン0.3γ投与下),呼吸数22回/min,SpO2 94%(気管挿管下),pH 7.195,PaCO2 41.6,PaO2 73.6,Lactate 102mg/dLであった。ノルアドレナリンを投与することで,かろうじて血圧を保っているが,酸塩基平衡がpH7.195とひどいアシドーシスであり,通常は救命が困難なレベルである。ハイブリッドERに到着後2分でprimary surveyを開始し((1)),そこから患者を移動させることなく,5分後にはCT撮影を開始した((2))。結果は大腸壊死であり,手術台を回転させて((3)),すぐに開腹術に移行した((4))。麻酔科医も待機しているため,全身麻酔後すぐに手術を実施でき,迅速に壊死組織を切除して((5),(6)),敗血症性ショックからの離脱や感染症のソースコントロールがいち早く行えることも,ハイブリッドERのきわめて大きなメリットと言える。実際に,本症例も短時間でダメージコントロールをすることができた。なお,本症例は,さまざまな調整が必要だった関係で,手術開始までにやや時間を要したが,実際にはもっと短時間で治療を終えることができると考える。

図5 ハイブリッドERで変わる内因性疾患診療

図5 ハイブリッドERで変わる内因性疾患診療

 

図6 ハイブリッドERにおける内因性疾患診療の実際の流れ〔症例2:大腸壊死,汎発性腹膜炎,敗血症性ショック(81歳,女性)〕

図6 ハイブリッドERにおける内因性疾患診療の実際の流れ
〔症例2:大腸壊死,汎発性腹膜炎,敗血症性ショック(81歳,女性)〕

 

3.CT適応の判断基準
重症外傷症例で,CT撮影中に心停止しかねない場合などは,primary surveyでのCTが不適応となる。当センターにおける単純CTの平均撮影時間は3.5分であり,この間,ABCが安定していればCT撮影が可能となる。これを一つの基準としつつ,生理学的な指標なども総合的に評価して,CT適応を判断することが重要である。

まとめ

ハイブリッドERの特性として,時間的・空間的概念が変化するため,JATECで対応できない部分についてはモディファイする必要がある。また,診療がきわめて迅速に進むため,それに対応できるチームづくりを行うことで救命率と安全性が向上する。ECMOをCアーム透視下で安全に導入できることも大きなメリットである。ハイブリッドERによって,外傷症例はもとより内因性疾患の救急医療が大きく変化することは,患者だけでなくわれわれにとっても大きなメリットがあると考える。

●参考文献
1)Sierink, J.C., et al., BMC Emerg. Med., (12)4 : 2012.
2)Yeguiayan, J.M., et al., Crit. Care., (16)3 : R101, 2012.
3)Kinoshita, T., et al., Ann. Surg., (269)2 : 370-376, 2019.
4)Watanabe, H., et al., Scand. J. Trauma Resusc. Emarg. Med., (26)1 : 80, 2018.
5)岡 和幸・他,第47回日本救急医学会総会・学術集会, 2019.

 

渡部 広明(Watanabe Hiroaki)
1994年 島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。第一外科入局。2002年 テキサス大学外科リサーチフェロー。2005年
大阪府立泉州救命救急センター。2012年 りんくう総合医療センターAcute Care Surgeryセンター センター長。2015年 大阪府立泉州救命救急センター副所長。2016年1月〜島根大学医学部Acute Care Surgery講座教授。2016年4月〜同附属病院高度外傷センター センター長兼務。

 

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