セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)

2020年3月号

JDDW 2019 KOBE ランチョンセミナー45

ERCP時の被ばく低減をめざして ─内視鏡医が知って得するX線防護─ 〜放射線防護の専門家の立場から〜

松原 孝祐(金沢大学医薬保健研究域保健学系)

松原 孝祐(金沢大学医薬保健研究域保健学系)

内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)を行う際の透視装置には、オーバーチューブとアンダーチューブの2種類があり、散乱線量の分布が異なるため、それぞれの放射線防護を検討する必要がある。本講演では、内視鏡医や看護師などのスタッフに知っておいてほしい放射線防護に関する知識について、実態調査などのデータを交えて説明する。

放射線防護に関する基礎知識

内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)は、主にX線TV室や光学診療部門で施行される。しかし、放射線科医が不在であったり、診療放射線技師が最小限の人数で行われる場合も多く、放射線管理が不十分な施設が多い可能性がある。放射線白内障など、ERCPに関連する被ばくについてはさまざまな報告もあり1)、被ばく線量の低減や適切な放射線防護が必要である。
放射線防護にあたっては、まず、「放射線防護の三原則」や放射線の単位、人体への影響など、放射線防護の基礎知識について知っておく必要がある。放射線防護の三原則とは、(1) 離れる(距離)、(2) 間に重い物を置く(遮へい)、(3) 近くにいる時間を短くする(時間)の3点である(図1)。しかし実際には、術中に患者から距離を置いたり、手技時間を短くすることは難しく、遮へい物を置くことがポイントとなる。

図1 放射線防護の三原則 (出典:放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 平成30年度版)

図1 放射線防護の三原則
(出典:放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 平成30年度版)

 

放射線に関する単位には、「グレイ(Gy)」と「シーベルト(Sv)」がある。グレイ(Gy)は放射線の量を熱量で表す単位、つまり「吸収線量」である。吸収線量は、あくまで量を表すもので、人体への影響は加味されていない。透視装置の線量計では、吸収線量(Gy)が測定され、入射線量率、入射線量、面積線量などの線量情報を装置上でリアルタイムに確認できる(図2)。このうち入射線量は、面積線量を照射面積で割ったものである。照射面積は「患者照射基準点」における値が用いられ、この患者照射基準点は日本産業規格(JIS)によって、装置の種類ごとに定められている(図3)。したがって、入射線量は患者照射基準点におけるGy単位の線量であると言える。

図2 線量表示機能と表示線量(Gy単位)が表す意味

図2 線量表示機能と表示線量(Gy単位)が表す意味

 

図3 面積線量と入射線量

図3 面積線量と入射線量

 

一方、シーベルト(Sv)は、放射線や臓器の種類などを加味した線量を表す単位である。放射線には、アルファ線やベータ線などがあるが、ベータ線に比べてアルファ線は粒子が大きく、人体に与える影響が大きい(図4)。吸収線量は、人体に与える影響を加味しないため、放射線の種類による人体への影響の違いを考慮した線量である「等価線量」(Sv)が用いられる。また、同じ放射線量(Gy単位)の照射を受けた場合であっても、放射線の影響は臓器の種類によって異なることが知られている。臓器ごとに異なる影響を加味した線量を、全身の臓器について足し合わせたものが「実効線量」で、これもSv単位で表される(図5)。個人線量計による被ばく線量測定では、実効線量と等価線量が「ミリシーベルト(mSv)」で表される。なお等価線量は、水晶体と皮膚、女性の場合は腹部表面の3点が表示される。

図4 放射線の種類を加味した単位(等価線量:Sv)

図4 放射線の種類を加味した単位(等価線量:Sv)

 

図5 人体への影響を加味した単位(実効線量:Sv)

図5 人体への影響を加味した単位(実効線量:Sv)

 

人体への影響は、皮膚紅斑や不妊、脱毛、白内障、胎児奇形などの「確定的影響」と、固形がんや白血病、遺伝的影響などの「確率的影響」がある(図6)。確定的影響は等価線量、確率的影響は主に実効線量で評価される。確定的影響は、少線量であれば現れないが、しきい線量を超えると急激に頻度が増加する。一方、固形がんなどの確率的影響は、線量の大きさによって発生確率がほぼ直線的に変化するとされるが、低線量領域では直線的に発生確率が上昇するか否かは明らかではなく、それを疫学的に証明するのはきわめて難しい。

図6 人体への影響の分類

図6 人体への影響の分類

 

ERCPにおける従事者被ばくの実態

2021年4月に、職業被ばくに関する眼の水晶体の等価線量限度が改定される予定であり、現行の150mSv/年から、100mSv/5年かつ50mSv/年に変更される(医療法、放射性同位元素等規制法、電離則)。この基準値を超過すると業務が継続できなくなるため、被ばく低減に向けた対策を取る必要がある。
ここで、水晶体被ばく線量の実態調査「非血管系IVRにおける医療従事者の水晶体線量評価に関する多施設共同研究」(日本放射線技術学会平成26年度学術調査研究班)について紹介したい。国内の医療施設17施設で、X線TV装置を用いた内視鏡検査に従事する医師34名、看護師など29名を対象に行ったもので、小型線量計を貼り付けた放射線防護用眼鏡を1か月間着用し、線量を計測した。なお、線量計の大きさは1cm角で、防護用眼鏡の外側および内側に貼り付けた。
1か月あたりの線量値より1年あたりの線量を推定した結果を図7に示す。防護用眼鏡の外側の線量は、左眼が右眼より高値で、これは術中の立ち位置によるものと考えられる。医師の左眼の最大値は166.8mSv/年、平均値は25.5mSv/年であった。看護師は医師ほど高くなかったものの、実際には高線量となる可能性も否定できない。多くの医師の左眼の測定値が20mSv/年の基準値を超え、一部は50mSv/年も超えており、水晶体被ばく線量はかなり多いことが示される結果となった(図8 a)。

図7 1年あたりの水晶体等価線量(mSv)

図7 1年あたりの水晶体等価線量(mSv)

 

図8 防護用眼鏡の外側(a)と内側(b)で測定した線量の比較

図8 防護用眼鏡の外側(a)と内側(b)で測定した線量の比較

 

知っておきたいERCP時の被ばく低減法

これらの状況を踏まえ、ERCP時の被ばく低減法について、まずは装置側からのアプローチについて解説する。透視装置には、X線が患者の上から照射されるオーバーチューブと、患者の下から照射されるアンダーチューブの2タイプがある。オーバーチューブでは、手を含む術者の上半身の被ばく量が多くなる(図9)。一方、下半身は放射線に対するリスク臓器が少なく、また、放射線防護用具による遮へいが比較的容易なことから、被ばく低減という観点からはアンダーチューブの装置の方が望ましい。

図9 オーバーチューブとアンダーチューブの散乱線量

図9 オーバーチューブとアンダーチューブの散乱線量

 

金沢大学附属病院において、「オーバーチューブ」、「アンダーチューブ」、「アンダーチューブ+防護垂れ」の三通りについて、ERCPを想定した検査室内の散乱線量分布の測定を行った(図10)。術者の水晶体の位置を想定した高さ150cmの92地点を、サーベイメータを用いて測定した。透視装置には、Ultimax-i(octave搭載モデル:キヤノンメディカルシステムズ社)を使用した。

図10 散乱線量分布測定の様子

図10 散乱線量分布測定の様子

 

オーバーチューブとアンダーチューブの散乱線量分布を図11に示す。オーバーチューブでは高線量の領域が存在したのに対し、アンダーチューブでは見られなかった。術者の立ち位置で比較すると、オーバーチューブの5.7mSv/hに対し、アンダーチューブは0.11mSv/hと、オーバーチューブの1.9%に抑えられており、アンダーチューブは被ばく低減に有用と言える。また、アンダーチューブで防護垂れの有無別に比較した結果、防護垂れがない場合、最も高線量の領域では1.0mSv/hであったのに対し、防護垂れを付けた場合は0.32mSv/hで、防護垂れがない場合の32%まで被ばくが抑えられていた(図12)。以上の結果より、「アンダーチューブ+防護垂れ」は術者の被ばく低減に非常に有効であり、この組み合わせを推奨したい。

図11 散乱線量の分布(高さ150cm)

図11 散乱線量の分布(高さ150cm)

 

図12 防護垂れの効果(アンダーチューブ、高さ150cm)

図12 防護垂れの効果(アンダーチューブ、高さ150cm)

 

次に、従事者側からのアプローチについて解説する。放射線防護用具を使用することは、従事者の被ばく低減にきわめて有効である。放射線防護用具には、放射線防護用眼鏡のほかに、放射線防護用前掛け(以下、防護衣)や甲状腺を防護する放射線防護用カラーなどがある。防護衣は、鉛当量が主に0.25mm、0.35mm、0.5mmの3種類あり、防護効果についてシミュレーションを行ったところ、ERCPで通常使用される90kVのX線の場合、防護効果は0.25mmで79.1%、0.35mmで87.6%、0.5mmで93.0%となった。鉛当量が大きいほど重量が重くなり、着用感や疲労度にも差が生じるため、自施設の年間検査数なども含めて考慮し、選択することが望ましい。X線TV室では、鉛当量0.25mmのものが使用されることが多いが、年間の検査数が多い施設では鉛当量が大きいものを選択することも考慮すべきである。
また、先述の日本放射線技術学会による実態調査では、放射線防護用眼鏡の線量低減率は50%弱であった。防護用眼鏡の外側(眼鏡なし)では、多くの例で新たな基準値となる20mSv/年(100mSv/5年)を超えていたが、眼鏡の使用により大幅に低減する可能性がある(図8 b)。オーバーチューブを使用している施設では、特に防護用眼鏡の着用を検討することが望ましい。
また、水晶体線量の適切な評価を行うためには、個人線量計を2個着用する必要がある(図13)。通常、線量計は防護衣の内側に着用するが、それでは水晶体線量を確実に評価できない懸念がある。したがって、不均等被ばくの状態にある場合は、防護衣の内側と外側の襟の位置の2箇所に線量計を着用することが推奨される。

図13 ERCP時の水晶体線量の把握のために

図13 ERCP時の水晶体線量の把握のために

 

まとめ

ERCP時の水晶体被ばく線量については、多くの医師が改定後の線量限度を上回る可能性があることが懸念されている。被ばく低減の観点からは、アンダーチューブ+防護垂れの組み合わせが推奨される。さらに,防護用眼鏡や防護衣などの放射線防護用具の使用も有効である。装置側と従事者側からのアプローチにより、ERCP時の被ばく低減を図る必要がある。

●参考文献
1)Mekaroonkamol P, Keilin S : Editorial: ERCP-Related Radiation Cataractogenesis: Is It Time to Be Concerned?. Am J Gastroenterol,, 112(5) : 722-724, 2017.

 

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