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Diffusion Kurtosis Imaging(DKI)の基礎と技術開発

2015-4-27


水分子の拡散現象を利用して生体組織の性質を画像化するDiffusion Weighted Imaging(DWI:拡散強調画像)は,臨床上高い有用性を示していますが,DWIが元来有する豊富な生体情報をまだ十分に生かし切れていないと考えられています。今後の活用が特に期待されている情報の一つに,組織の微細構造を反映した非正規分布に従う拡散があります。
ここでは,非正規分布に従う拡散の計測技術のうち,臨床応用に適していると考えられているDiffusion Kurtosis Imaging(DKI:拡散尖度画像)について,DWIの中での位置付けと原理,期待される臨床応用,および日立が進めている技術開発を紹介します。

非正規分布に従う拡散

脳卒中や腫瘍の診断で高い有用性が示されているDWIでは,従来,分子拡散の遷移確率密度分布を正規分布と仮定して得られたApparent Diffusion Coefficient(ADC:見かけの拡散係数)やFractional Anisotropy(FA:異方性比率)が主な指標として使用されてきました。近年,非正規分布に従う遷移確率密度分布を用いた解析方法が,生体組織の微細構造による制限拡散を強く反映するものとして注目されています。これは,病気による微細構造のわずかな変化を鋭敏にとらえられると期待されているためです。
非正規分布に従う拡散の解析方法は,分布に仮定を置かないq-Space Imaging(QSI:q空間画像)と,分布に仮定を置くモデルの2つに大別でき,さらに後者には,生物物理学的なモデルと数学的なモデルがあります(図1)。例えば,Intravoxel Incoherent Motion(IVIM)で拡散/灌流成分の分離に用いられているBi-Exponential Fittingでは,異なる2つの拡散係数からなる2コンパートメントの生物物理学的なモデルと,2項指数関数に従って信号強度が減衰する数学的なモデルが考えられています。Gamma Distribution Modelでは,ガンマ分布に従う拡散係数Dと,それに対応する信号減衰の数学的なモデルが考えられています。
このようなモデルの中でDKIは,生物物理学的モデルに特に仮定のない,比較的単純かつ臨床応用に適した数学的なモデルのひとつとして考えられています。

図1 非正規分布に従う拡散の解析方法の例

図1 非正規分布に従う拡散の解析方法の例
非正規分布の遷移確率密度分布に従う拡散では,拡散強調による信号減衰が単一指数関数から乖離します。この乖離を解析するいくつかの方法が提案されています。DKIは,2次項までの指数関数近似に基づく数学的モデルと考えられます。

 

DKIの原理1),2)

DKIでは,b-valueに対して拡散強調の信号強度が単一指数関数から乖離する度合いを2次項K(Kurtosis:尖度)として計算します(図2)。実際には,三次元空間での拡散の方向性を観察するために2階の拡散テンソルDijと4階の尖度テンソルWijklをフィッティング処理などにより計算します。各テンソルの対称性を考慮すると,b-vectorの絶対値として最低3点,方向として最低15軸というb-vectorを変えた多くの計測が必要となります。

図2 Diffusion Kurtosis Imaging(DKI)の解析方法の原理

図2 Diffusion Kurtosis Imaging(DKI)の解析方法の原理
DKIでは,分子拡散の制限や空間的非一様性により,信号減衰が単一指数関数から乖離する度合いを2次項として計算します。 三次元空間での拡散方向性を考慮すると,4階対称の尖度テンソルを計算する必要があり,b-vectorを変化させた多数の計測が必要となります。

 

尖度テンソルから導かれる指標として,空間方向の平均値であるMean Kurtosis(MK),拡散テンソルの主軸方向のAxial Kurtosis(K),主軸に垂直な方向のRadial Kurtosis(K)が使用されます。従来,白質の描出に用いられているFAでは,神経線維交差部位での輝度低下など,正常でも生じるコントラスト変化が課題でした。また,灰白質では異方性がないため,コントラストが得にくいという課題がありました。これに対し,MKは平均的な制限拡散を表しているため,前述のような神経線維交差部位での白質のコントラスト変化が少なく,また,灰白質でのコントラストが高いため,病変のわずかな変化を可視化できると考えられています(図3)。

図3 Diffusion Tensor Imaging(DTI)の指標Fractional Anisotropy(FA)とDiffusion Kurtosis Imaging(DKI)の指標Mean Kurtosis(MK)の比較

図3 Diffusion Tensor Imaging(DTI)の指標Fractional Anisotropy(FA)とDiffusion Kurtosis Imaging(DKI)の指標Mean Kurtosis(MK)の比較
FAマップでは白質の神経線維交差部位での輝度低下と灰白質のコントラスト消失が見られます。これに対し,MKマップでは白質の均質性向上と灰白質のコントラスト上昇が確認できます。

 

その反面,課題としては,2次項までの近似を用いているためにb-valueの使用範囲に依存して指標の値が変化しうる点や,生物物理学的モデルがないために得られた指標を直感的に把握しがたい点など,解釈上の課題が挙げられています。この課題に対しては近年多くの研究が行われ,DKIの解釈に関する多くの知見が積み重ねられてきています。
また,計測技術上の課題としては,長い計測時間を要する点と,計算精度が劣化する場合がある点など,画質にかかわる課題が挙げられています。日立では,この2つの計測技術上の課題を解決するために技術開発を進めています。

DKIの画質向上技術の開発

DKIでは,各テンソルの多くの未知数を計算するために,計測パラメータを多数変化させることによる長い計測時間と,フィッティング精度不足による画質劣化が課題となっています。
日立では,計測精度を維持しながら計測時間を短縮するために,計測パラメータの最適化を行っています3)。計測精度は,特にb-vectorの絶対値や印加軸など,拡散強調にかかわる計測パラメータの選択に大きく依存しています。このため,これら計測パラメータの最適値を,1.5T MRIを用いて実測により検討しました。b-vectorの絶対値を6点,印加軸を30軸,積算回数を4回としたフルデータセットを計測し,本データセットからさまざまな組み合わせで選択したサブデータセットを生成しました。フルデータセットで計算した指標MK,K,Kを参照指標とし,各サブデータセットで計算した指標との間でIntraclass Correlation Coefficient(ICC:級内相関係数)を評価し,ICCの高い最適なサブセットを探索しました。
この結果,b-vectorの絶対値は0,1000,2500s/mm2の3点,印加軸は20軸の撮像時間短縮パラメータで,フルデータセットと同様な指標MKが得られることがわかりました(図4)。これにより,計測時間は約1/3.5に短縮可能となります。

図4 フルデータと撮像短縮パラメータで得られたデータによるDKI(MK)の比較

図4 フルデータと撮像短縮パラメータで得られたデータによるDKI(MK)の比較
最適化した撮像短縮パラメータを使用することで,撮像時間を約1/3.5にしながら,Intraclass Correlation Coefficient(ICC)=0.96とフルデータセットとほぼ同等のMKマップが得られています。

 

さらに,画質劣化を抑制するために,画像処理アルゴリズムの開発を進めています4)。フィッティング精度が不足する場合,画像に粒子状の暗点(ペッパーノイズ)が多く発生します(図5)。また,単純に各拡散強調画像を平滑化処理した後にフィッティングする方法では,ペッパーノイズは抑制できますが,空間分解能が低下してしまいます。これを防ぐために,フィッティング精度が不足している画素のみを平滑化処理するフィッティング精度適応平滑化処理技術を開発しています。本技術により空間分解能を大きく低下させることなく,ペッパーノイズを低減可能なことを確認しています。
これら撮像短縮パラメータとフィッティング精度適応平滑化処理を利用することで,1.5T MRIを用い,約5分の計測時間で良好なDKIの画像取得を可能としています。SNRが向上する3T MRIでは,さらなる画質向上と計測時間の短縮が見込まれています。

図5 フィッティング精度適応平滑化処理によるDKI(MK)の画質向上

図5 フィッティング精度適応平滑化処理によるDKI(MK)の画質向上
フィッティングのみで多発しているペッパーノイズと平滑化後フィッティングで生じている空間分解能低下が,開発しているフィッティング精度適応平滑化処理では共に軽減しています。1.5T MRIでは,約5分の計測時間で良好な画質が得られています。

 

DKIに期待される臨床応用

DKIに期待されている臨床応用としては,腫瘍1),2),5)や神経変性疾患1),2),6),7)の診断精度向上が挙げられています。腫瘍では,細胞増殖亢進による細胞サイズや間隙の多様性増加が,MKの上昇として観測されていると考えられています。神経変性疾患でも,脱髄による制限拡散の減少が白質でのMKの低下,神経細胞死などによる細胞サイズや間隙の多様性の増加が灰白質でのMKの上昇として観測されていると考えられています。さらに,組織のタンパク質や鉄の含有による磁化率差を観察するQuantitative Susceptibility Mapping(QSM)と合わせて,微細構造の微小変化を診断に応用する研究が進められています8)。このような研究が進み,DKIと病気による微細構造変化の関連性に関する知見が蓄積されていくことで,より高い診断精度が得られるものと期待されています。

●参考文献
1)Jensen, J.H., et al. : MRI quantification of non-Gaussian water diffusion by kurtosis analysis. NMR Biomed., 23, 698〜710, 2010.
2)Hori, M., et al. : Visualizing non-gaussian diffusion ; Clinical application of q-space imaging and diffusional kurtosis imaging of the brain and spine. Magn. Reson. Med. Sci., 11, 221〜233, 2012.
3)Yokosawa, S., et al. : Optimization of scan parameters for diffusion kurtosis imaging at 1.5T. Proc. of ISMRM, p2066, 2013.
4)Yokosawa, S., et al. : Robust estimation with suppressed image blurring for diffusion kurtosis imaging using selective spatial smoothing filter. Proc. of ISMRM, p2581, 2014.
5)Cauter, S.V., et al. : Gliomas ; Diffusion kurtosis MR imaging in grading. Radiology, 263, 492〜501, 2012.
6)Wang, J.J., et al. : Parkinson disease ; Diagnostic utility of diffusion kurtosis imaging. Radiology, 261, 210〜217, 2011.
7)Ito, K., et al. : Differentiation among parkinsonisms using quantitative diffusion kurtosis imaging. NeuroReport, 26, 267〜272, 2015.
8)伊藤賢司・他:拡散尖度画像と定量的磁化率画像を用いたパーキンソン症候群の早期鑑別診断.第42回日本磁気共鳴医学会大会, P-1-068, 2014.


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