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力覚フィードバックにより誰もが安全で質の高い手術を受けられるこれからの医療を描く「Saroa」 
リバーフィールド株式会社 代表取締役社長 只野耕太郎 氏 に聞く世界初,力覚を再現した日本発の手術支援ロボット「Saroa」はいかにして生まれたか

2024-3-1

リバーフィールド株式会社 代表取締役社長 只野耕太郎 氏

2003年から東京工業大学と東京医科歯科大学が共同研究・開発を行ってきた手術支援ロボット「Saroaサージカルシステム(以下,Saroa)」が,2023年5月に製造販売承認を取得し,臨床現場への導入が始まっている。Saroaは,空気圧駆動システムの精密制御技術を基盤に,世界で初めて“力覚の再現”に成功した手術支援ロボットであり,導入のしやすさも重視した開発が行われている点も特徴だ。ロボット支援下手術に力覚フィードバックという新たな価値をもたらすSaroaについて,開発者でもあるリバーフィールドの只野耕太郎社長に,開発コンセプトや特長,今後の展望を聞いた。

中規模以下の病院をターゲットに開発された軽量・コンパクトなSaroa

─Saroaの各領域での臨床導入が始まっていますが,上市から現在までの状況をお聞かせください。

只野氏:承認後は協力病院にて臨床実績を積み重ねていて,現時点で,胸部外科(呼吸器),泌尿器科,婦人科において約30症例を実施しています。一般販売はこれから本格化しますが,2023年12月末に中国中央病院(広島県)に1台目を納入し,トレーニングを経て今春から臨床利用が始まる予定です。

─臨床で実際に使用したユーザーからの声はいかがですか。

只野氏:Saroaのペイシェントカートはコンパクトかつ軽量で,ロボットと助手の位置が近くても使いやすいという声を多くいただいています。手術における助手との連携を重視して開発したSaroaは,内視鏡カメラ用が1本,インストゥルメント用が2本の計3本のアームを搭載しています。同じ用途のロボットではアーム4本の製品が主ですが,アームを3本にしてカートの最低高を約150cmと小型にすることで,ベッドサイドに入る先生に圧迫感を与えず,ワークスペースを確保しました。
また,上市後はユーザーの声を反映したバージョンアップで改善を図っており,動作がより滑らかになっていると評価いただいています。

─販売戦略についてお聞かせください。

只野氏:国内では先行して臨床導入された手術支援ロボットが大病院を中心に普及しているので,すでに手術支援ロボットを導入している病院への2台目,3台目として導入いただくことも想定していますが,Saroaの主なターゲットは中規模以下の病院です。「手術支援ロボットを導入したいが,経済面や環境面でなかなか導入に至らない」という病院にも導入できるようにすることが開発コンセプトの一つでした。コンパクトなペイシェントカートは狭い手術室にも導入でき,重量も約500kgと軽量なため,床の補強なしでの移動やエレベータへの積載も可能です。一般的な100Vの電源を使用できるため電源工事も不要であり,さらに価格・ランニングコストも抑え,経済的にも導入しやすくしました。
全国展開には販売代理店の協力をいただく必要があるので,複数のパートナー候補と調整を進めているところです。

力覚のフィードバックと定量化が安全性向上や教育に新たな価値を提供

─Saroaの技術的特徴について教えてください。

只野氏:従来の手術支援ロボットにはない特徴である力覚フィードバックが,Saroaの最大の強みです。Saroaは,アームの関節を電動駆動とすることで高剛性な動作を実現するとともに,鉗子保持部の関節には,われわれが長年研究してきた当社のコア技術である空気圧駆動システムを採用しています。これにより装置の小型化・軽量化としなやかなロボット動作が可能になることに加え,直接駆動により外力を検知することができます。空気圧シリンダ変位と圧力の変化量から鉗子の先端に加わった外力を推定し,その力を操作インターフェイスにて反力としてフィードバックすることで,執刀医に直接的・体感的に力覚を与えることが可能です。反力の倍率は変更できるため,繊細な操作においては反力を2倍にして微細な外力を知覚しやすくすることもできます。最初のバージョンでは,臓器をつかむ力(把持力)をフィードバックすることができますが,今後のアップデートで引っ張る力(牽引力),押す力(接触力)のフィードバックを実装していく予定です。
また,力覚は執刀医が体感として感じるだけでなく,サージカルコンソールの「タッチパネルディスプレイ」に数値(ニュートン)で表示し,視覚的にも確認・共有ができます。

─力覚のフィードバックは臨床にどのようなメリットをもたらしますか。

只野氏:執刀医は,力覚によりロボットではなく自分の手を使っているような感覚で手技を行えるため,臓器に与える力加減をコントロールしてダメージを最小限にとどめることができます。視覚情報のみがフィードバックされる手術支援ロボットの手技では,力覚の推定に多くの訓練や経験が必要ですが,力覚がフィードバックされるSaroaを用いることで,ベテラン医師から経験の浅い医師まで一定の成績を出せることが期待されます。
さらに,力覚が定量化され共有できることで,若手医師の指導においても,「もう少し弱く」といったあいまいな表現による指導ではなく,「○ニュートン以上出すと臓器が傷つくので,それを超えないように」といった指導が可能になります。定量化は手術の評価にも有用であり,データを蓄積して分析することで,将来的には,臓器に与えた力の大きさと患者の予後の関係などの臨床的エビデンスを出していくことができればと考えています。

─ほかにどのような特徴がありますか。

只野氏:オープンプラットフォームであることも特徴で,さまざまなメーカーの内視鏡システムや電気手術器などを組み合わせて使用することができます。専用機器ではなく,すでに病院で使用しているものをそのまま使えるため,導入コストを抑えることもできます。

Saroaの利点を生かし呼吸器領域にフォーカスして展開

─Saroaは心臓を除く胸部外科,一般消化器外科,泌尿器科,婦人科の4領域で承認を受けていますが,国内ではどのように展開していくことを想定していますか。

只野氏:この4領域に対応できれば,ロボット支援下手術の多くをカバーできます。国内では,ロボット支援下手術は泌尿器科領域で最も多く行われていますが,Saroaは胸部外科領域にフォーカスしています。呼吸器の手術は術野が体表からごく浅く,肋間を通すようなポート配置など,前立腺などの手術より制限があります。そのため,アーム同士の干渉や助手と連携しにくいといった課題が生じやすいのですが,Saroaはアームがコンパクトで,インストゥルメントも他社製品と比べて短い設計となっているため,制約のある手術にも適応しやすいという利点があります。これまでの臨床実績においても,約20症例が呼吸器領域となっています。

─手術支援ロボットは遠隔手術での活用も期待されています。

只野氏:当社は,日本外科学会が委託を受けた日本医療研究開発機構(AMED)の「高度遠隔医療ネットワーク実用化研究事業」に参加し,開発中だったSaroaを用いて遠隔手術の実証実験も行っています。弘前市とむつ市,札幌市と釧路市,福岡市と別府市などの病院をつないで行った実証実験では,操作の遅延がきわめて少なく,スムーズな手技を行えるという結果が得られており,技術的には実現可能な段階に来ていると思います。この実証研究をベースに「遠隔手術ガイドライン」も策定されており,法整備など環境が整えば遠隔手術の機能を実装して提供できるように準備を進めています。
Saroaは,遠隔手術においても力覚をフィードバックできます。遠隔手術における情報通信は,力覚がない場合は視覚情報を基に執刀医がロボットを操作する情報を患者側に送るだけですが,力覚を患者側から執刀医側へ戻すとなると,通信がループとなって制御性が不安定化しやすくなります。われわれは長年の研究の中で,そのような場合にも安定性を保ちながら操作性も維持する知見を得ています。

誰もが等しく質の高い手術を受けられる未来をめざしユーザーとともに育てていく

─Saroaの普及に向けた課題があればお聞かせください。

只野氏:ロボット支援下手術を安全に導入するために,そのロボットの手技に習熟した医師が導入を希望する医師を指導するプロクター制度があります。プロクター認定には厳しい要件がありますが,まずはSaroaのプロクターを増やす必要があります。ほかにも,インストゥルメントのラインアップを拡充すること,コントローラの改良など継続的にアップデートすることが重要だと考えています。

─Saroaをとおして,どのような医療の未来を描いていますか。

只野氏:われわれは,どこに住む患者さんであっても,等しく,質の高い手術を受けられるようになることをめざしています。その実現のために,製品仕様や価格の面から導入しやすいSaroaを開発し,現在は都市部に集中しているロボット支援下手術を地方でも受けられるようにしたいと考えています。
また,医師不足や医療の地域格差といった課題がありますが,その解決策の一つが遠隔手術です。実臨床で遠隔手術が可能になれば,医師が不足する地方の病院でも手術支援ロボットを用いて手術を提供でき,医療格差の解消につながると期待しています。

─今後の事業展開のビジョンをお聞かせください。

只野氏:当社はSaroaに先行して,外科や眼科の手術を支援するロボットとして内視鏡ホルダロボットなどを上市しています。既存のロボットのさらに改良・発展させてながら,他領域へも対応するロボットの開発にも取り組みたいと考えています。将来的には,当社のコア技術である空気圧駆動システムの精密制御技術を生かせる領域があれば,医療に限らず,ほかの産業へも展開していきたいと思います。

─読者へのメッセージをお願いします。

只野氏:われわれは後発ではありますが,日本のメーカー,国産のロボットということで,期待を寄せてくださる先生もたくさんいらっしゃいます。日本のメーカーだからこそ,国内のユーザーの声を迅速に開発にフィードバックできることが,われわれの強みです。Saroaを国内の先生方に育てていただけるような手術支援ロボットにしたいと思いますし,日本発のロボットとして海外展開も計画していますので,ご指導,ご支援をどうぞお願いいたします。

(取材日:2024年1月17日)