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患者自身がiPadで入力する問診システムの使用経験木村 映善 氏(愛媛大学医学部附属病院医療情報部副部長・准教授)

2011-4-13

木村 映善 氏

木村 映善 氏

医療現場での活用が広がっているiPhoneやiPadなどのモバイルデバイス。これらのデバイスは医療関係者だけでなく,パソコンなどになじみの薄い高齢の患者などにとっても直感的に操作できることから,問診システムなどへの応用が期待されている。今回は木村映善氏が,愛媛大学医学部附属病院の実証実験について報告する。

■はじめに

完全電子カルテ化を進めていても,なお紙媒体が残っているところは多々ある。診療行為に起因するものを除けば,紙媒体が残る最も大きな理由の1つに,患者との接点がある。問診,紹介状,同意書,手術,検査の説明などである。また,患者の待ち時間が問題になっており(それでも先進諸国と比べてまだ日本の方が環境が良いのだが!),待ち時間を減らす努力を進める一方で,待ち時間を有効に使える環境づくりも整備していく必要があった。
愛媛大学医学部附属病院 では,完全電子カルテ化を推進しているが,並行して電子カルテ化を支援するアプローチをいくつか進めている。ワークフローと連動したドキュメント・スキャンシステムを共同開発し,電子カルテと紙媒体書類の連携を深め,医療従事者の負担を減らすようにしている。また,逆説的ではあるが,医療クラークを導入することで,医師の入力負担を減らすようにも努めている。今回紹介させていただくiPadを用いたシステム,パルソフトウエアサービス社「BEAR-D 」もその1つである。iPadの操作性を生かして,iPadから入力していただくことによって紙媒体の発生機会を減らし,かつ医療情報の一次・二次利用性を高めることをめざしたものである。

■なぜiPadなのか?

実は今回紹介する試みは,今回が初めてではない。過去に何度か試みてその都度ボツになった経緯がある。「なぜiPadなのか?」という問いかけには,当時の失敗談とiPadが実現したブレークスルーにつれて触れるのがよいだろう。
最初に試みたときにはパソコンを,次にはタブレットPCを使った。いずれも,ユーザビリティが問題になった。このユーザビリティへの要求は大変シビアなものである。何しろ,「高齢者が初めて使う場合でも詳細な操作説明なしに直感的に使えるべし」,ときているからである。これがクリアできないと,看護師が端末の操作説明に引っ張り出されて,何のための機器導入かわからなくなってしまう。パソコンではキーボードやマウスが使えない方がいらっしゃるため,当時(いまもであるが)高価なタッチパネルを搭載した液晶ディスプレイを採用し,キオスク的端末の開発を試みた。しかし,どうしても30cm3内に筐体サイズを収めるのが限界で,持ち運びも容易ではなかった。患者に端末のところまで来ていただき,操作してもらう必要があった。これでは動作が不自由な患者に利用していただけない。コスト的にも見合わなかったのである。
タブレットPCが出たときには,パネル上での入力ができると期待した。しかし,相変わらず患者に持たせるには重かった。GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)も通常のWindowsのGUIの延長線上にすぎず,直感的とは言いがたかった。かくして企画は再びボツとなり,風化しかけていた。
そこにiPadの登場である。iPadを手にしてみたとたんに,大きなブレークスルーを起こす可能性を持ったデバイスを手にしたのだと確信した。iPadが果たしたブレークスルーはいくつかあるだろうが,本システム開発を決心する契機になったものは以下のとおりである。

1. 操作が指先でできること
本システムの操作で最低限必要なことはタップだけである。ボタンを指で押すという操作は,すでに銀行のATMなどでなじみ深い操作となっている。表示するメッセージと入力するボタンの識別が可能であれば,操作への誘導は比較的容易である。

2. HTML5準拠のフルWebブラウザの提供
PDAや専用OSの端末のWebブラウザは機能が限定されたものが多い。Webブラウザの実装が軽くCPU処理に負担をかけないような設計になっているとはいえ,クライアント側で処理できる機能は少ない。基本的にサーバベースでの処理になる。このようなWebブラウザを使ったアプリケーションは反応が遅く,操作性が低い。一方,iPadに搭載された「Safari」はJavaScriptをサポートしている。クライアントサイドで高速な処理や非同期処理が可能であり,デスクトップアプリケーションと遜色がないレベルの環境を提供している。初めて実用的なWebアプリケーション端末が出現したと言えよう。

3. 普及価格で提供されたこと
これが一番大きい。パソコンやタブレットPCでのシステムはどうしても1台あたりの単価が10万円以上となる。iPadは4万円台で入手可能であるし,持ち運びが容易である。それでありながら,高齢者にも視認可能な大画面を有している。大学附属病院クラスで実戦配備するとなると数十台から数百台近くになるだろう。このコストパフォーマンスは圧倒的である。

■システム構成

BEAR-Dは,問診システムとしての利用が前面に出ているが,もともとは汎用的なテンプレートシステムとして設計している。電子カルテ(IBM社「CIS」)での一次利用,DWH(データウエアハウス:医用工学研究所社「CLISTA!」)での二次利用まで連結したシステムとなっている(図1)。システム管理者は事前にXML形式でテンプレートを定義し,配信サーバに登録する。iPadは配信サーバからテンプレートをダウンロードし,テンプレートに従って自動的にGUIを展開し,問診を実行する。
また,同時に提供するツール(開発中)によって,テンプレートから電子カルテに,BEAR-Dから電子カルテにデータを取り込むゲートウエイ用のマッピング用マスターと,電子カルテのテンプレート定義が生成される。iPadで入力されたデータは,電子カルテに取り込まれ,さらに電子カルテのデータベース経由でDWHにも取り込まれる。

図1 BEAR-Dのシステム構成

図1 BEAR-Dのシステム構成

 

■運用

BEAR-Dは,患者自身に入力してもらう運用を想定している。最初に医療従事者が対象患者とテンプレートを指定した上で,患者にiPadを渡して入力してもらう(図2)。同時に複数のテンプレートを指定できるので,通常の問診に加えて,インフルエンザの問診も追加で実施するといった組み合わせ方も可能である。BEAR-Dは電子カルテと連動しており,外来診察予約からの登録や患者検索を通しての登録が可能である 。 iPadは小型でありながら,片手で操作するにはやや重く,筐体も滑りやすい形状である。出荷時状態のままでは安定して持てるかどうか不安を訴える声が出たため,専用のシリコンケース(エムジーエム社製)を装着して利用していただいている(図3)。

図2 患者とテンプレートの選択

図2 患者とテンプレートの選択

 

図3 BEAR-Dの操作の様子

図3 BEAR-Dの操作の様子

 

iPadに表示される画面は,事前に設計されているものではない。テンプレートから画面が自動的に生成される。視認性を確保しつつ,自動的にコントロールのサイズや配置を変更するアルゴリズムを組み込んでいる(図4)。つまり,テンプレート定義ファイルに質問を記述するだけでよいので,既存の問診票などから本システムへの移植は,1~2時間程度の作業ですむ。入力コントロールは,ボタン,電卓を模した数値入力,フリースケールのスライダー,シェーマ,フリーテキストといった多彩なものを用意している。
診察前に患者によって入力されたテンプレートは診察前に電子カルテに取り込まれ,閲覧できるようになる。

図4 BEAR-Dの操作画面

図4 BEAR-Dの操作画面

 

■一次・二次利用の支援

iPadに入力されたデータは取り込み用の変換ゲートウエイを経由して,電子カルテにデータが取り込まれる(図5)。
しかし,この取り込まれたテンプレートは,ただの文章と画像として取り込まれているのではない。電子カルテの「テンプレート」と「シェーマ」として取り込まれているのである(図6)。そのため,患者による入力後も電子カルテの機能によって履歴付きで修正や加筆を行える。次回からの診察時に,前回の記録をコピーして修正を加え,別途に保存することも可能になる。単なる問診票としての用途だけではなく,医療情報を継続的に収集する目的でテンプレートを定義することによって,患者の協力を得つつ,構造化された情報を蓄積することが容易になる。そして,電子カルテのテンプレートとして取り込まれることにより,電子カルテや診断支援システムの診療支援機能を適用することも可能になる。これが「一次利用」支援である。
また,電子カルテのテンプレートに連動したDWHにも取り込まれるので,症例研究や学会発表のためのデータ収集を行うことができる。当院では,整形外科が本システムを使ってデータを収集し,学会報告するなどの試みを行っている。

図5 電子カルテに取り込まれたテンプレート

図5 電子カルテに取り込まれたテンプレート

 

図6 電子カルテのテンプレート(左)とシェーマ(右)として展開

図6 電子カルテのテンプレート(左)とシェーマ(右)として展開

 

■評価

愛媛大学医学部附属病院脊椎センター整形外科外来で,2010年9月に1週間にわたりロケテストを実施した。問診票は腰椎用問診票,頸椎用問診票を対象とした。

1. 対象者
今回の対象者は,20~89歳(平均57歳)の27名(男性10名,女性17名)であった。この中で半数以上がiPadを「初めて見た」「触ったことがない」という状態で,ほぼ前提知識のない状態でのスタートになった(図7)。

図7 iPadの認知度

図7 iPadの認知度

 

2. 補助の必要性
20歳~50歳では簡単な操作説明で操作できる人が大多数であったが,60歳以上ではスタッフの補助が必要になる傾向が目立った(図8)。高齢者の多くは安定させるために,膝の上にiPadを置き,うつむきの姿勢で操作する傾向がある。iPadはタブレットPCと比べて軽量ではあるが,まだ重さに課題を残していると言える。

図8 年齢と補助の必要性の関係

図8 年齢と補助の必要性の関係

 

3. 記入時間と使用感
調査票の回答に要した時間は,紙媒体が平均13分,iPadが平均6分で完了した。使用感については,60歳以上の高齢者にスタッフの操作補助が必要であったことを割り引いて評価する必要があるものの,7割以上が「容易であった」と評価し,iPadと紙媒体との比較では84%がiPadに対して好意的な評価を寄せていた(図9)。

図9 使いやすさに関する感想

図9 使いやすさに関する感想
a:iPad問診票の感想 b:紙とiPadの比較

 

4. ユーザーインターフェイスについて
ここでは,否定的なフィードバックがあったものを中心に掲載する(図10)。われわれもこの問題点の指摘を受けて,改善を試みているところである。これからiPadを使った取り組みをされる方の参考になれば幸いである。基本的に,iPadで新しく導入された操作体系とその恩恵にあずかった入力方式は,同様な操作体験が利用者にないために操作が困難であることが示唆された。この問題については,ムービーやチュートリアル形式での操作方法の説明,誘導が必要であり,今後の課題ととらえている。

1) フリック操作による移動
選択項目が多く画面に収まらない時には,本システムでは「赤い三角」を表示し,フリックによって上下にスクロールできることを提示している(図10a)。
しかし,この試みは2つの意味で失敗であった。1つは,「赤い矢印」が次の画面にも選択項目があるということの認識につながっていなかったということ。2つ目は,利用者がフリック操作によるスクロールを知らなかったことである。項目が多いときは,項目をグループ別に分け直した方がよいだろう。

2) シェーマ入力
シェーマ入力もつまずきの多い部分であった(図10b)。日常的に見かけない入力方法であったので,戸惑いが多かったかもしれない。操作説明をすると全員が操作できたので,操作説明のムービーを挿入することを検討している。

3) 画面の任意の場所を押す操作
ビジュアルアナログスケール(VAS)入力は,痛みの主観的評価に使われる手法であるが,「目盛り」がないのが特徴である(図10c)。この目盛りがないために,任意の場所をタッチすることでマークをつけるような入力形式にしたのであるが,タッチしないと入力ができないということに気づくのに時間がかかったようである。

図10 操作が難しかった事例

図10 操作が難しかった事例
a:フリック操作による移動
b:シェーマ入力
c:画面の任意の場所を押す操作

 

■結び

iPadを利用したテンプレートシステムの構築により,医療情報の一次利用,二次利用の品質向上と医療従事者の運用負担軽減を同時に達成できる可能性を提示することができたと考えている。テンプレートシステムだけではなく,手術や症例の紹介ビデオや院内の施設案内などもiPadに取り入れて総合端末として提供していきたいと思っている。まだアイデアは多数あるので,iPadを使った医療情報システムの開発を志している方がいらっしゃったら,筆者まで連絡をいただきたい。ぜひ,皆さんと新しい領域にチャレンジさせていただきたいと思う。

 

◎略歴
(きむら えいぜん)
1999年北海道大学医学部卒業後,愛媛大学医学部附属病院医療情報部助手,同大学総合情報メディアセンター勤務。2001年ロンドン開催の国際医療情報学会(MEDINFO)でYoung Researcher Award受賞。現在,愛媛大学部医学部附属病院医療情報部副部長・准教授。医療情報システム,DPC,診療記録,医療クラークをマネジメントする傍ら,主な研究分野として医療情報学,情報工学を手がける。

 

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