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訪問看護で有効活用されるモバイルデバイス木村 憲洋氏(高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科准教授)

2011-5-23

木村 憲洋 氏

木村 憲洋 氏

訪問看護の現場では,看護記録などの入力に加え,スケジュールなどの管理にもモバイルデバイスが有効である。特に,クラウド技術が進んできたことから,今後はこれらの組み合わせによる,業務の効率化が進んでいくことが期待される。今回は訪問看護ステーション支援システムの開発を手がける木村憲洋氏が,開発の経緯とその特長を解説する。

■はじめに

iPhoneやiPadの発売により,医療業界でもモバイルデバイスを利用した臨床支援のシステムが開発されている。ベンダーが開発したものから医療機関や医療従事者が独自に開発したものまで,さまざまなモバイルデバイスを利用したソフトウエアが登場している。これらのソフトウエアは,利用しやすく安価であるという特長がある。
モバイルデバイスを利用したシステムが脚光を浴びたのは,2010年のお台場で開催された国際モダンホスピタルショウであり,医療系のメディアや医療従事者のブログやtwitterなどで大きな盛り上がりがあった。私がモバイルデバイスに興味を持ったのは2009年であり,Windows mobileをモデムとモバイル端末として利用していた。結局は,当時のWindows mobileのユーザビリティの悪さとiPadの盛り上がり,iOSの使いやすさから,iOSを利用した医療向けのシステム開発が有効であるとの結論に至った。システム開発することを考えた時期は,Android端末は国内ではAndroid 1.6であり,ユーザビリティが悪く,少なくとも興味の持てるデザイン,ユーザビリティ,価格ではなかった。

■モバイル端末の位置づけ

私は,システム全体から考えて,モバイル端末をクラウド上の入力端末やviewerの一部として考えている。モバイル端末では,多くの文字入力や長時間情報を閲覧することは苦痛になるとも考えている。システム開発ではいかにコード化し,いかに簡単に表示するかが,医療従事者の業務支援につながるはずである。
現在,iPadを利用したX線画像の閲覧システムなど,病院向けのシステムが多く普及するようになってきたが,これらも画面上の入力が少なく画像を閲覧するという機能に特化しているため,普及していると考えている。モバイル端末の特長を最大限に生かすには,在宅医療や在宅介護現場が適しているのではないだろうか。
モバイル端末の最大の特長は,携帯電話会社の3G回線を利用できる点にある。3G回線は,日本全国でデータ通信が可能であるため,サーバをインターネット上に設置してあればどこからでもデータを引き出せる。これまで,医療機関から出てしまうと診療情報を見ることが容易でなかったものが,モバイル端末の利用とシステムの構成により簡単に取得できるようになる。

■モバイル端末の訪問看護への応用

訪問看護へのモバイル端末の応用を考えたのは,2008年から2010年まで「訪問看護と介護」(医学書院)という雑誌で,マグネットステーションという訪問看護ステーションや介護ステーションの経営の成功事例を毎月インタビューしていたことに始まる。
成功している訪問看護ステーションは,患者さんや利用者さんの満足度が高いだけでなく,ステーションのICT化が進み,多くの職員を抱え,離職率も低いという3つの特徴があることがわかった。さらに,記録もある程度コード化され,合理的に業務が進められていることもわかった。
成功している訪問看護ステーションは,電子看護記録などICT化が進んでいる一方で,ステーションに戻ってからの入力作業の負担が大きく,残業になっていることが問題となっていた。訪問看護ステーションは,病院看護と同様に看護記録に関する業務も多く,看護師の負担となっていた。インタビューをしていた当時は,ノートPCを持ち歩き,訪問先での入力や患者さんの情報を閲覧しているステーションはほとんどなく,持ち歩いている場合でもノートPCが荷物として移動時の負担ともなっていると感じられ,モビリティに優れているわけではなかった。
インタビューしたステーションの中には,ICT化されていなくても記録をコード化しているところもあり,ICT化することで,訪問看護ステーションの記録に関する業務が大幅に合理化されると確信した。

■訪問看護のワークフロー

訪問看護のワークフローを簡略化すると図1のようになる。日々の業務では,訪問看護ステーションから患者さんの自宅へ移動し看護を行う。移動の手段は自動車や自転車など地域によってさまざまである。看護が終わると移動し,次の患者さんのお宅へうかがうかステーションへ戻ることとなる。そこで,記録を完成させる。(1)から(4)が日常の訪問看護のワークフローとなる。
訪問看護ステーションでは,さらに月次で主治医へ報告書の作成や保険請求業務を行わなければならない。月末と月初には,事務的な作業が訪問看護ステーションの看護師にとって負担となっている。

図1 訪問看護のワークフロー

図1 訪問看護のワークフロー

 

■訪問看護と情報

訪問看護における情報は,訪問看護ステーションの管理業務の情報と看護に関する情報に分けられる。管理業務における情報は,訪問スケジュールの管理や勤怠の管理を中心としている。
看護に関する情報は,患者さんや利用者さんに関する情報が中心であり,主治医からの訪問看護指示書,介護保険においてはケアマネジャーからのアセスメントシート,居宅サービス計画書などの外部からの情報,内部の情報として,患者情報,利用者情報,訪問看護計画書,訪問看護記録などがある。患者情報や利用者情報においては,患者宅の地図などもあり,情報を整理し管理していく必要がある。訪問時には,これらの情報を持ち歩くためコンパクトにしたいというニーズがある。

■訪問看護ステーション支援システムの開発

訪問看護ステーション支援システム開発の構想は,2010年に知人が訪問看護ステーションの開業を支援したことに始まる。使い勝手が良く,安価なシステムがなく,選定が難航していた。さらに,モビリティを意識していないため,ステーションに戻ってから入力するので手間もかかる製品ばかりであった。そこで,システムを利用した分だけ費用を払えばよいシステムが開発できないかと考えた。個人的には,訪問1件100円という価格を考えている。このシステムを実現することで,訪問看護ステーションの運営費用が効率化できるであろう。
さて,システムの概要に戻ると,図2のように管理業務と看護業務の2つに分けて開発を行っている。管理業務は,iPadやPCを利用することを想定している。システムの開発については,モバイル端末の開発が得意なエス・ケイ社 と共同で行っている。
管理業務については,訪問看護ステーションのホワイトボードで管理している訪問スケジュールの支援を想定している「訪問予定」,e-ラーニングや研修会などの資料やどこまで研修が進んでいるかを管理する「教育管理」,訪問看護療養費や介護保険の請求などの「保険請求業務」,職員の勤務表などの管理のための「勤怠管理」を,所長などが手軽に管理できるようにシステムを設計している。このシステムについては,モビリティが必要ないと考えているので,iPadやPCでの管理を想定している。
看護業務については,訪問看護において必要とする患者さんなどの情報や看護記録を記録する「看護記録」,主治医やケアマネジャーへ月一度の報告を行う「報告支援」,患者さんや利用者さん宅までのカーナビのような「ナビゲーション」,看護を行うにあたってあると便利なアプリを集めた「看護支援アプリ」の機能がある。こちらは,iPhoneを利用することからモビリティを意識して開発している。

図2 訪問看護ステーション支援システム概要

図2 訪問看護ステーション支援システム概要

 

■現状の開発状況

現状の開発状況について,画面を見ながらいくつか説明する。
図3は,管理業務の「訪問予定」の画面である。画面上には,看護師と訪問予定の患者さんなどのスケジュールが表示されている。その下には,地図があり,看護師がどの位置にいるのかがわかるようになっている。これにより,管理者は,誰がどこにいてどの患者さんに訪問しているのかが一目瞭然となる。ちなみに,図4は訪問する看護師の画面であるが,自分がどの患者さんへ訪問することになっているのかがわかるようになっている。
図5は,「看護記録」の一例である。こちらは患者さんの左右の体温が入力できるようになっている。このようにコード化することで入力の負担が減るようになっている。
図6は,看護師が利用する画面のアプリを示している。すでに,「Medical Timer 」という点滴の滴下を測定するためのアプリを開発して,iPhoneのメディカルの分野で発売している。このような支援ツールを増やしていくことで,看護師が患者宅へ訪問するときの支援となるとともに,持ち運ぶ物品を減らすことができると考える。

図3 訪問予定のイメージ(iPad)

図3 訪問予定のイメージ(iPad)

図4 看護師側のスケジュールイメージ(iPhone)

図4 看護師側のスケジュールイメージ(iPhone)

図5 看護記録の入力イメージ(iPhone)

図5 看護記録の入力イメージ(iPhone)

 

図6 看護支援アプリ(Medical Timer)

図6 看護支援アプリ(Medical Timer)

 

画面作成:エス・ケイ社

■まとめ

良いシステムを安価に,といったときに,課題となるのが3G回線の費用負担である。クラウドを使用するシステムを安価にしたところでも,実際に3G回線の使用コスト負担が大きく感じられる。
現在は開発が当初より遅れているが,これは3G回線の使用料の問題と,クラウドの利用料をより安くし訪問1件100円を実現するために工夫をしているからである。これからのシステム開発にご期待ください。

 

◎略歴
(きむら のりひろ)
1994年武蔵工業大学工学部機械工学科卒業後,神尾記念病院などを経て現職。著書として,「超イロハ師長の病棟経営数字」(日総研出版),「超イロハ師長の役割・責任・目標・行動」(日総研出版),「病院経営のしくみ」(日本医療企画)などがある。

 

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