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病院電子カルテを保存した訪問診療用タブレット吉村 光弘(公立能登総合病院 病院事業管理者)

2016-7-1

吉村 光弘(公立能登総合病院 病院事業管理者)

医療や介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第3回は,公立能登総合病院の吉村光弘氏が,訪問診療におけるモバイルデバイス活用事例を紹介する。

過疎地域の在宅医療こそ徹底した省力化が必要

老齢人口の急増に伴い,訪問診療は都市部で増加しているが,石川県でもこの10年で8割増となっている。しかし,金沢市を中心とする石川中央医療圏とは異なり,三方を海に囲まれ基幹交通路線から隔絶された能登半島では,人口減少と医師不足のため在宅医療はまったく進展していない(図1,2)。
そこで,当院や市立輪島病院などの過疎地域の中核病院では,自らが訪問診療・訪問看護を十数年前から行っている。最近は,末期がんの緩和ケアや神経難病による人工呼吸を在宅で希望する患者が増加したため,病院から専門医が訪問診療に出向く機会が増えてきた。
医療必要度の高い在宅の患者が増えると,どうしても病院電子カルテを在宅でも参照したくなる。現在,HumanBridge(富士通)やID-Link(エスイーシー)などの地域医療連携システムを経由して院外から病院電子カルテを参照できる施設が増え,2016年4月からは診療情報提供書のインターネット経由での送信に初めて200点の加算がついたことで普及にはずみがつきそうである。これを利用して過疎地域の訪問診療の最大の弱点である患者宅間の移動時間を,診療の予習や記録に有効活用できないかと考える施設も多いのではないだろうか。しかし,当院のある七尾市(7つの尾根から由来)は電波の状況が悪い山間地域を抱え,移動端末(ノートPCなど)はしばしばつながらなくなる。ただ,電波状況の良いはずの都会でも仮想デスクトップのリモート端末が病院電子カルテとつながらないことはしばしば経験されていて,単に電波状況の良し悪しではないようだが……。
以前は訪問診療の直前に電子カルテを印刷し,この紙に診療した内容をメモ書きし,帰院後に病院電子カルテに書き込んでいた。しかし,階層構造となった電子カルテの印刷は難しく,患者が多くなると取り違えやすくなり,診療後の電子カルテへの入力も医師にとって二度手間である。これらを解決するには,電波状況が良くない地域でも病院電子カルテを確実に閲覧でき,テキスト入力したものが病院電子カルテに自動的に取り込まれるシステムがあれば,スタッフの入力の負担も大きく軽減されるはずである。このような要望に対して,富士通が「往診タブレット」を開発し,当院に全国初で試験的に導入となった。本稿では,このタブレットの運用の実際と課題について述べてみたい。

図1 公立能登総合病院の位置

図1 公立能登総合病院の位置
公立能登総合病院は,能登半島の中央の七尾市にある。能登半島は三方を海に囲まれ,鉄道や高速道路などの幹線交通から隔絶されている。

 

図2 訪問診療の件数の推移(石川県)

図2 訪問診療の件数の推移(石川県)

 

運用の実際

400床以上の病院に対応する富士通の電子カルテHOPE EGMAIN-GXから,過去数回分の診療記録をUSBカードリーダ経由でマイクロSDカードに取り込み,これを往診タブレット〔富士通ARROWS Tab(10.1型ワイド液晶搭載タブレット,Android OS搭載型モデル)〕に挿入することで(図3,4),電波がつながらないオフラインの状態でカルテ情報が閲覧できるようになった。
訪問前の準備として,病院電子カルテ端末からマイクロSDカードへ,通常は5~8名程度の在宅患者の過去10回分の診療記録を取り込む。これは特定の診療科のみを取り込むことができないためで,1つの診療科しかかかっていない場合は,5回分程度の記録でも十分である。なお,訪問診療の患者リストは,電子カルテ付属の“台帳機能”で一覧表にして管理している。また,血液検査や処方歴については過去3回分を保存しているが,それぞれの取り込み回数は自由に個別設定できる。データの取り込みには1患者20秒程度を要する。なお,電子カルテのデータは暗号化してタブレットに保存されるため,盗難にあったとしてもデータを取り出すことはできない。
訪問先で閲覧するには,医師はパスワードを入力し,登録された医師リストから自分を選択して,患者カルテを開くことになる。診療録をテキスト入力するのは診察後や移動中のこともあるため,記載時には日付や時刻を指定してから入力している。

図3 往診タブレットの利点

図3 往診タブレットの利点
電子カルテの事前印刷が不要で,荷物が軽く(600g),カルテ参照と診療録にテキスト入力できる。帰院後には,病院電子カルテに自動取り込みされるので,二重入力が不要である。

 

図4 往診タブレットの運用の実際

図4 往診タブレットの運用の実際

 

訪問診療に欠かせないツールに

往診タブレットの利用は,通常の訪問診療や訪問看護に役立つ以外にも,患者や家族への検査データの説明などの際にも重宝する。特に,患者が急変した際や看取りなどで主治医以外の医師が出向く場合には,往診タブレットは診療情報源として,まさに欠かせないツールとなった。
これまでも地域医療連携システムでメモ(あるいはノート)と呼ばれる備考欄にテキスト入力することはできたが,これを病院電子カルテにコピー・アンド・ペーストすることは困難であった。これは情報漏えいやウイルス感染を避けるために,ほとんどの病院電子カルテはインターネットに接続していないからである。これではせっかくメモに記録しても結局は二重入力が必要となってしまう。往診タブレットでは,入力した内容が病院電子カルテへ自動で取り込まれるため,二重入力の負担がなくなるとともに,より詳細な診療記録を書き入れるようになった。おかげで,帰院後に患者カルテへ入力する時間は,従来の1/3以下の4~5分程度となった。また,ベッドサイドで入力できることで患者誤認を防げ,安全面でも大きく改善された。

改善を期待する機能

一つは,マイクロSDカードが小さすぎて抜き差しが煩雑で,ときには床に落とすこともあるため,Wi-Fi経由で取り込めるようにしたい。また,テキスト入力をAndroid OSに付属の音声入力ツールで行うと,簡単な医学用語にも十分に対応できて,移動中の入力が容易となる。しかし,現時点ではインターネットへの接続が必要で,ウイルス感染など危険の点から禁止としている。さらに,タブレットに付属するデジタルカメラで患者の褥瘡の写真や,歩行・嚥下などの日常生活動作を動画で録画することもできるが,電子カルテへ取り込むことはできない。このほか,前回記録をタブレット上でコピー・アンド・ペーストする機能については,医師からの要望が多かった。

今後の展開

診療所向けのクラウド型の電子カルテなどはすでにモバイル対応となっているが,病院向けの電子カルテの院外への持ち出しは,まだごく一部でしか行われていない。しかし,しばしば移動端末の通信が途切れることや,システムの価格が数百万~1000万円と高額で,かつノートPCはベッドサイドで操作するには重たく,使いづらい。
今回の往診タブレットは,データの取り込みがやや煩雑なのと,テキストのみに入力機能が限定されてはいるものの,小型軽量(600g)で携帯性に優れていてベッドサイドに容易に持ち込める。また,入力したテキストを電子カルテに自動取り込みできることや,地域医療連携システムやVPN通信の移動端末を利用するよりも格段に価格が安いこと(数十万円)などコスト効果はきわめて高い。
最近では,タブレット以外にも在宅医療を支える情報共有ツールとして, LINEに似たスマートフォンの無料アプリケーション〔メディカルケアステーション(日本エンブレース)など〕やSNSなども,一部の訪問看護や介護ステーションでは利用されている。医療に関する個人情報をインターネット上で扱うことを問題とする意見もあるが,介護現場の手軽な情報共有ツールとして急速に拡大していくであろう。

まとめ

病院勤務医にとって,病院の電子カルテを持ち出せ,かつ診療録のテキスト入力と自動取り込みができるタブレット端末は,訪問診療での入力の負担を軽減してくれるとともに,診療の質や安全性をも高める有用なツールと言える。しかも,参照用サーバの設置も必要なく,低価格で導入・維持できる点で経営的にも導入が容易である。
なお,本稿の内容は,第35回医療情報学連合大会(沖縄県)にて講演発表した。

 

(よしむら みつひろ)
1981年に金沢大学医学部を卒業。同大学第一内科を経て,89年に金沢医療センター内科・医療情報部長。2013年に公立能登総合病院院長となり,2014年から七尾市病院事業管理者。金沢大学臨床教授,医学博士,医療情報技師。

 

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(ITvision No.34転載)
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