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iPhone導入による診療現場の生産性向上~音声入力による電子カルテ記載の効率化~佐伯  潤(社会医療法人石川記念会 HITO病院 ICT推進課)

2020-2-3

佐伯  潤(社会医療法人石川記念会 HITO病院 ICT推進課)

篠原 直樹(社会医療法人石川記念会 HITO病院 ICT推進課 CTO)
村山 公一(社会医療法人石川記念会 HITO病院 ICT推進課)
石川 賀代(社会医療法人石川記念会 HITO病院 理事長)

医療や介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第10回は, HITO病院の佐伯 潤氏が,iPhoneを用いた電子カルテへの音声入力による生産性向上について解説する。

はじめに

医療機関を取り巻く環境は,超高齢化社会の到来による疾病構造の変化やテクノロジーの進歩,医療従事者の働き方改革推進などによって大きく変貌している。
当院では,メディカルスタッフへの業務用スマートフォン導入が業務効率化推進のプラットフォームになると考え,活用を推進している。今回はその中から,スマートフォンと音声入力を活用した電子カルテの記載作業効率化の取り組みを報告する。

医療機関が抱える課題と当院の取り組み

地方都市では人口減少,少子高齢化による働き手の減少と人員の確保が重要な課題となっており,働き方改革を推進し,生産性を高め,メディカルスタッフに選ばれる病院をめざさなければ,事業の継続は困難となり,地域医療の崩壊を招きかねない。
そのような危機感から,労働時間の短縮を意識しながら生産性の向上をめざし,効率の追求のみにならないよう,当院の「人」が中心のコンセプトに基づき(図1),「HITO」の視点を踏まえてICTの利活用を推進し,医療の質と業務効率の向上を図ることを目的として,「未来創出HITOプロジェクト」を立ち上げた。プロジェクトの推移は表1を参照されたい。

図1 HITOに込められた思い

図1 HITOに込められた思い

 

表1 「未来創出HITOプロジェクト」の推移

表1 「未来創出HITOプロジェクト」の推移

 

モバイル導入の経緯

ICT化推進の中で,PHSの保守終了に伴い,代替デバイスとして,携帯電話の病院での電波利用要件が緩和されたこともあり,通話以外にもさまざまなアプリケーション(以下,APL)が活用可能な,スマートフォンを検討するようになった。当初はコストに優れるAndroid端末でテストを行っていたが,iPhoneのラインアップが増えたことによりコストがクリアされ,セキュリティに優れるiPhoneを選択した。
2018年6月よりPHSからiPhoneへのシフトを段階的に開始し,2019年6月に導入台数が300台となり,日勤帯メディカルスタッフほぼ全員に行き渡るようになった。

iPhoneのセキュリティ

スマートフォンはPCと異なり,本体には大容量ストレージを持たず,サーバやクラウドのデータ・コンテンツを利用することが特徴である。患者情報を取り扱う医療機関は,情報機器の運用について厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に則って,セキュリティ対策を行い,規定を定めて運用しなければならない。利便性とセキュリティはトレードオフの関係にあり,自院でのスマートフォン利用において,何を許可して,どこに蓋をするかの検討と環境構築は必須である。
当院では,端末のMDM(モバイルデバイス管理)やネットワークへの接続制限,ファイアウォールによる適切なルーティング,iPhone専用のネットワークセグメント作成などにより,セキュアな環境を構築した(図2)。

図2 iPhoneのネットワークとセキュリティ

図2 iPhoneのネットワークとセキュリティ

 

業務効率化に向けて

メディカルスタッフの業務量調査を行うと,電子カルテ記載の時間がトップにこないだろうか? 当院でも,リハビリテーション科(以下,リハビリ科)にて業務量調査を行ったところ,記録業務がトップとなったことから,スマートフォンを用いた音声入力でのカルテ記載効率化による業務改善に着手した。

音声入力のシステム概要

2017年に読影などで普及しているマイク+PCによる音声入力を病棟でのカルテ入力に導入した。しかし,期待したほど活用されず,スタッフからは,「気恥ずかしい」「PCの方が手間がかからない」「スマホでできないか」という声が挙がっていた。
そこで,開発元のアドバンスト・メディアと,導入が決まりつつあったiPhone用のAPLを共同開発することとなり,何度かの改良を経て,AmiVoice iNoteが完成した。日中勤務のリハビリスタッフ全員に行き渡るよう,40台のiPhoneを配布し,訓練結果を移動中に音声入力する運用を開始した(図3)。
モバイル端末の長所は機動性にあり,1人に1台の環境で,時間や場所に縛られることなく,いつでもどこでも入力が可能となる。その利点を生かしつつ機能を高めるため,テスト運用を行いながら,レスポンスやWi-Fi対策,テンプレート作成によるカーソル移動の自動化など,スタッフの意見を取り入れて改善を積み重ねた。
AmiVoice iNoteは,入力・変換・編集機能がワンストップで提供されるため,ユーザーの使い勝手が非常に高くなった。電子カルテへの転送は手動で,入力者本人によるHIS端末への転送(BluetoothまたはWi-Fi経由)か,Keeperと呼ばれるPC版の転送クライアントソフトを用いた,医療クラークによる代行入力かの選択が必要となり,当初,当院では後者を選択した(図4)。
2019年6月からは,ソフトウェア・サービスのモバイル電子カルテNewtons Mobileが導入され,音声入力キーボードAPL(日本語入力キーボードAPL)のAmiVoice SBx Medicalとの組み合わせによるカルテへの直接入力も可能となったが,この方式は提供ベンダーが2社にまたがるため,音声入力機能と編集機能がスムーズに連携できておらず,改善の余地がある。

図3 PC入力からiPhoneでの音声入力へのスイッチ

図3 PC入力からiPhoneでの音声入力へのスイッチ

 

図4 代行入力者によるカルテ転送

図4 代行入力者によるカルテ転送

 

音声入力の効果

音声入力を開始した結果,患者介入1回あたりのカルテ入力時間が平均で174秒から55.3秒へ約70%短縮され,科内では患者介入量が1日9時間増加した。これにより,実施単位数が17.6単位から18.2単位に増加し,訓練終了後のカルテ入力時間減少により時間外勤務が半減した(図5)。最新の調査では,平均でスタッフ1人1日1単位の効率化が図られている。
当初は,スタッフがキーボード入力に慣れているため,カルテの記載内容を発話にて入力することに躊躇が見られたが,リハビリ科主任がPC+マイクの時代から音声入力に慣れ親しんでいたため,スタッフへのレクチャーはスムーズに進んだ。内容を少し頭でまとめてから発話を開始するのがコツで,おおむね2週間程度で各スタッフとも音声での入力に馴染んだ。

図5 リハビリ科の音声入力による効果

図5 リハビリ科の音声入力による効果

 

今後の展望

変換精度の向上により,物理キーボードのないモバイル端末の入力方法として,音声入力は大変効率の良い手段となった。業務でストレスなく利用するためには,インプッドメソッドである音声入力機能と電子カルテ側のエディタ機能がシームレスに作動する必要があり,API(Application Programming Interface)による電子カルテ側と音声入力側の連携が望まれる。
当院でのスマートフォン活用に関しては,業務用SNSによるチャットコミュニケーションの活用が広がり,多職種連携のプラットフォームとして定着しつつある。また,カレンダーと通知機能,テレビ会議による移動時間の短縮,各種紙台帳のAPL化,マニュアルのwiki化,動画による教育コンテンツ作成なども業務効率化と医療の質向上に寄与している。
PHSの代替として導入したスマートフォンは,業務効率化,診療情報共有,コミュニケーション促進,教育の質向上など,医療従事者の新たな情報プラットフォームとして効果を発揮している。内線端末の置き換えにとどまらず,それぞれの病院に合ったシステムを構築していく必要がある。

 

(さいき じゅん)
松山大学経営学部経営学科卒業。診療情報管理士。1995年HITO病院の前身である医療法人綮愛会石川病院入職後,電子カルテを含む情報システム全般の導入を担当。2015年より経営管理室責任者。2019年よりICT推進課兼務。

 

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