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北海道大学・米国国立がん研究所・名古屋大学,島津製作所が狙った細胞のみを殺す光リモコンスイッチの開発にはじめて成功〜副作用の少ないがん治療への貢献に期待〜

2018-11-7

北海道大学大学院薬学研究院の小川美香子教授(JST戦略研究推進事業さきがけ研究者兼任)・米国国立がん研究所の小林久隆主任研究員らの研究グループは,(株)島津製作所,名古屋大学高等研究院・大学院医学系研究科の佐藤和秀S-YLC特任助教(JST次世代研究者育成プログラム)らと共同で,新規のがん治療法である光免疫療法の治療メカニズムに関する研究を行い,光免疫療法は,全く新しい光化学反応を用いた細胞の殺傷方法であり,近赤外光が狙った細胞上にある「デス・スイッチ」をONにして選択的に殺すことができることを証明した論文を発表した。

光免疫療法ではIR700という化学物質を抗体に結合させた薬剤を用いる。研究グループは光反応によるIR700の化学構造変化に着目し,質量分析装置・原子間力顕微鏡などによる解析を行った。この結果,光化学反応によるIR700の化学構造変化とそれによる物性変化が,抗体の結合した細胞を殺す「デス・スイッチ」の本体であることを突き止めた。光免疫療法では,がん細胞膜上で近赤外光のリモコンでこのスイッチをONにすることで,がん細胞膜のみ殺傷することができる。

なお,本研究成果は,米国東部時間2018年11月6日(火)公開のACS Central Science誌に掲載された。

【参考図】

光化学反応による薬剤の化学構造変化が抗体の立体構造の変化を引き起こし,細胞膜に傷害を与える。すなわち,光免疫療法は全く新しい光化学反応を用いた細胞の殺傷方法であり,近赤外光がその「デス・スイッチ」をONにできることを証明した。

光化学反応による薬剤の化学構造変化が抗体の立体構造の変化を引き起こし,細胞膜に傷害を与える。すなわち,光免疫療法は全く新しい光化学反応を用いた細胞の殺傷方法であり,近赤外光がその「デス・スイッチ」をONにできることを証明した。

 

●背景

従来の毒を以て毒を制す考えに基づく抗がん剤治療では,正常細胞(特に免疫細胞)を殺すことによる副作用が問題となる。一方,米国国立がん研究所の小林久隆主任研究員らにより見出された新しいがん治療法である光免疫療法は,がん細胞以外に毒性を発揮しないため副作用の極めて小さい治療法。さらに,がん免疫を合理的に活性化する効果があることも発見されており,転移したがんへも有効であるなど,今後のがん治療を大きく変える可能性がある治療法として大きく注目されている。現在,日米で臨床試験が行われており良好な結果が報告されている。

光免疫療法では,IR700という水溶性のフタロシアニン誘導体である化学物質を結合させた抗体(抗体-IR700結合体)を薬剤として用いる。抗体はがん細胞の表面に結合する。抗体-IR700結合体を投与した後,近赤外光を照射するとがん細胞を殺すことができる。光免疫治療は,従来の抗がん剤による治療や光治療と効果の出方が全く異なることから,その細胞傷害メカニズムの解明が注目されていた。

●研究手法

IR700は,大きな水溶性の軸配位子を持つ化合物。本研究では,近赤外光照射時にIR700に起こる化学構造変化に着目した。様々な環境下でIR700と抗体-IR700結合体に近赤外光を照射後の化学構造を,有機化学合成及び質量分析装置・NMR(核磁気共鳴装置)など各種分析手法を用いて解析した。また,原子間力顕微鏡により近赤外光照射後の抗体-IR700結合体の立体構造を観察し,実際に光化学反応により抗体の構造が変わる様子を画像化した。

さらに,マウスを用いた実験において,生体内においても同様に光化学反応が引き起こされることを証明した。

●研究成果

光化学反応により,IR700の水溶性軸配位子が外れ化学構造が変化し,脂溶性の構造へ大きく物性が変わることを見出した。この光化学反応は,抗体に結合させた状態でも起こることを証明し,光照射後には薬剤が凝集する様子が観察された。原子間力顕微鏡による観察でも,抗体が変形あるいは凝集する様子を画像化することに成功し,光化学反応による抗体-IR700結合体の物性変化が証明された。マウスを用いた実験においても近赤外光による水溶性軸配位子の切断反応が確認され,生体内でも同じ光化学反応が起こることが確かめられた。がん細胞膜上の抗原にIR700-抗体結合体が結合した状態でIR700の物性が変化し膜抗原抗体複合体ごと変形や凝集体を生じることで,がん細胞膜が傷害されると考えられる。

すなわち,本研究では,薬剤の物性変化が「デス・スイッチ」の正体であり,近赤外光という生体に毒性を示さない光のリモコンでこのスイッチをONにすることができることを突き止めた。光によりがん細胞に結合した薬剤だけを毒に変えることができる,全く新しい細胞殺傷方法であることが解明された。

●今後への期待

本研究で見出した全く新しい光化学反応を用いた細胞の殺傷方法は,光免疫療法の有効性を示す上で重要な知見であり,光免疫療法をさらに発展させ今後のがん治療を大きく変えるもの。化学的観点からも生体内で化合物を活性化して選択的に狙った細胞を殺すことができる手法として有用性が高く,今後の薬剤開発に様々な方向から利用される可能性も高いと考えられる。

●論文情報

論文名
Photo-induced ligand release from a silicon phthalocyanine dye conjugated with monoclonal antibodies; A mechanism of cancer cell cytotoxicity after near infrared photoimmunotherapy(光による抗体シリコンフタロシアニン誘導体からの軸配位子開裂反応が,近赤外光による光免疫療法のがん細胞障害メカニズムである)

著者名
佐藤和秀1,2,3, 安藤完太4, 奥山修平1,5, 森口志穂5, 小倉泰郎5, 十時慎一郎5, 花岡宏史1, Tadanobu Nagaya1, 粉川良平5, 高倉栄男4, 西村雅之5, 長谷川好規3, Peter L. Choyke1, 小川美香子4, 小林久隆1(1米国国立がんセンター,2名古屋大学高等研究院,3名古屋大学大学院医学系研究科呼吸器内科,4北海道大学大学院薬学研究院,5株式会社島津製作所)

雑誌名
ACS Central Science(化学の専門誌)

公表日
日本時間2018年11月7日(水)午前2時(米国東部時間2018年11月6日(火)正午)(オンライン公開)

 

●問い合わせ先
(株)島津製作所
http://www.shimadzu.co.jp/