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富士通研究所,新しいAIによるがんゲノム医療の効率化を東大医科研との共同研究で実現〜血液腫瘍内科でがんゲノム医療の治療方針の検討作業時間を半分以下に削減〜

2019-11-6

(株)富士通研究所(注1)(以下,富士通研究所)は,2018年4月から東京大学医科学研究所(注2)(以下,東大医科研)と進めてきた共同研究において,がんゲノム医療を効率化するAI技術を開発し,東大医科研での実証実験によって効果を確認した。

がんゲノム医療では,遺伝子変異から治療方針を導き出す検討作業に多大な工数がかかっている。開発したAI技術では,様々な表現で記述された大量の論文から,治療方針につながるナレッジをその効果などの関係性も含めて抽出することで,ナレッジグラフ型のデータベースを構築できる。今回の実証実験で本技術を活用したところ,東大医科研の血液腫瘍内科において,急性骨髄性白血病の治療方針の検討作業を半分以下に削減でき,作業の効率化および高度化できることを確認した。

今後,富士通研究所は,さらなる効率化やがん種の対象を広げることで医師の業務を支援し,がんゲノム医療の普及に貢献していく。

本技術は,11月6日(水曜日)からドイツのミュンヘンで開催される「Fujitsu Forum Munich 2019」にて出展される。

●背景

がんゲノム医療では,がん患者の遺伝子変異を明らかにすることで,病気のなりやすさ,薬の反応性や副作用などを予測して,患者ごとに最適な医療を提供することを目的としている。日本においては,2019年6月よりがん遺伝子パネル検査が健康保険適用になったため,今後さらにがんゲノム医療を希望する患者が増加していくことが予想される。

しかし,がんゲノム医療では,検出された遺伝子の変異に対して,医学論文に書かれた過去の症例を参考に治療方針を検討するため,専門の医師はデータベースから該当しそうな論文を一つ一つ検索し,患者に適した治療法や治療法ごとの効果などを解読する必要があり,この作業に多大な時間がかかる(図1)。そのため,2018年4月に富士通研究所は,東大医科研と,がんゲノム医療における専門の医師の作業をAIによって効率化・高度化するための共同研究を開始し,今回,共同研究で開発した技術を活用した実証実験により効果を確認した。

図1 がんゲノム医療における治療方針の検討作業の位置付け

図1 がんゲノム医療における治療方針の検討作業の位置付け

 

●実証実験の概要

1.期間
2018年7月から2019年9月

2.場所
東京大学医科学研究所 血液腫瘍内科

3.開発した技術
医学論文中に様々な表現で記述される用語などを文脈から特定する富士通研究所の言語処理のAI技術と,治療方針の検討作業で必要となる情報に関する東大医科研の知見とを組み合わせることで,遺伝子変異と治療薬の関係性や,治療薬と効果の関係性などのナレッジを医学論文から自動的に抽出し,ナレッジグラフと呼ばれるグラフ構造型のデータベースとして構築する技術を開発した。

4.実証実験の内容
開発した技術を用い,86万件の医学論文からがんゲノム医療ナレッジグラフを構築した。構築したナレッジグラフには240万件のナレッジが格納されている。
実験では,実際の急性骨髄性白血病の過去の診療ケースを題材に,東大医科研の血液腫瘍内科医4名が今回構築したナレッジグラフを用いた検索を行い検討する作業を時間測定した。従来の方法での作業と比較することで,本技術の有無による検討作業の効率化を評価(注3)した。なお,本実証実験では,富士通(株)が日本医療研究開発機構(AMED)「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業」(注4)の「ゲノム医療を促進する臨床ゲノム情報知識基盤の構築」に参画して開発したデータベースの一部を,ナレッジグラフに取り込んで利用している。

5.結果
本技術により,各論文から抽出されたナレッジを提示することで論文全体を解読する負担を軽減し,さらに,必要な論文に絞った検討作業が可能になった。これにより,各遺伝子変異に対する従来の検討作業では,1件あたり平均約30分かかっていたところ,本技術の活用によって検討時間を半分以下に削減できることを確認した(図2)。現在,日本の白血病の年間罹患者は12,000人以上と推定(注5)され,全員を対象に本技術を適用したゲノム医療を行った場合,専門の医師による6,000時間の検討作業が3,000時間以下に短縮できることになる。

図2 本技術導入による効果

図2 本技術導入による効果

 

●今後

富士通研究所では,これまでに開発してきたAIの推定理由や根拠を説明する技術(注6)を本技術に適用し,治療方針の検討作業のさらなる効率化を図る。また,がんゲノム医療ナレッジグラフの対象を幅広いがん種に広げ,より臨床に近い医療現場での実証を進める。

●エンドースメント

東京大学医科学研究所 ヘルスインテリジェンスセンター 井元清哉教授
全ゲノムという途方もない情報を活用した新しいゲノム医療が期待されていますが,医師達の限られた時間の中でそれを実現することは極めて困難です。今回の実証実験によって,対象とした血液腫瘍においてAI技術は,治療法指針の重要な根拠となりうる文献に医師がこれまでの半分以下の時間でたどり着くようサポートできることが示されました。今後,ゲノム医療のさまざまな作業に対してAI技術が開発されることで,全ゲノム情報をフル活用した精密医療がより多くの患者さんに届けられ,がんに勝つ日本の医療が実現されることを期待しています。

注1 株式会社富士通研究所:本社 神奈川県川崎市,代表取締役社長 原裕貴。
注2 東京大学医科学研究所:所在地 東京都港区,所長 山梨裕司。
注3 本技術の有無による検討作業の効率化を評価:実際のゲノム医療における検討作業では,本技術を適用する治療根拠となる論文の検索作業以外にも,遺伝子配列の読み取りやデータ解析,結果のレポート作成など様々な作業が発生する。
注4 日本医療研究開発機構(AMED)「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業」:政府のゲノム医療実現推進協議会 中間とりまとめを踏まえ,ゲノム情報と疾患特異性や臨床特性などの関連について日本人を対象とした検証を行い,臨床および研究に活用することができる臨床情報と遺伝情報を統合的に扱うデータベースを整備するとともに,その研究基盤を利活用した先端研究開発を一体的に推進する事業。
注5 日本の白血病の年間罹患者は12,000人以上と推定:国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(出典)。
注6 AIの推定理由や根拠を説明する技術:「AIの推定理由や根拠を説明する技術を開発」(2017年9月20日プレスリリース)

 

●問い合わせ先
(株)富士通研究所
人工知能研究所
TEL 044-754-2652(直通)
メール qa_fy2019@ml.labs.fujitsu.com