地域医療と介護をつなぐ『北まるnet』 
持続可能なシステムでめざす安心できる地域づくり

団塊世代が75歳以上となる2025年に向けて、地域包括ケアシステムの構築が全国で進められています。その要の一つとなるのが、医療と介護の連携です。
今回、ICTを活用した医療介護連携に取り組む北海道北見市の事例を紹介します。
[企画協力:クラリス・ジャパン株式会社(旧ファイルメーカー株式会社)、2019年5月取材]

2019-10-15


北見市

2018年平昌冬季オリンピックでのカーリング女子の活躍で、一躍注目を浴びた北海道北見市。2006年に北見市、端野町、常呂町、留辺蘂町が合併したことで、北海道で最大、全国でも第4位の面積を有する地方自治体になりました。市東端のオホーツク海沿岸から西端の石北峠まで、その距離は約110kmに及びます。
北見市の人口は年々減少しており、2018年度末時点で約11万7000人、高齢化率は約33%となっています。将来人口推計では、今後は急激に生産年齢人口が減少し、2040年ごろには現役世代1人で1人の高齢者を支えることになると見込まれています。そのような中で、住民が安心して最期まで地域で暮らすには、地域包括ケアシステムの構築が必要です。

北見市では以前から、医療・介護の多職種が集まって情報連携を図ってきましたが、書類や電話での情報共有には限界がありました。そこで、北見医師会が旗振り役となって2011年に北見市医療福祉情報連携協議会(以下、協議会)を設立し、限りある医療・介護の社会資源を有効に生かすため、ICTを活用した医療介護情報連携ネットワーク「北まるnet」が構築されました。

北まるnetでは、「医療・介護情報連携システム」を使って患者、介護サービス利用者(以下、利用者)の情報(診療情報や、看護、介護、生活における情報)を多職種で共有でき、掲示板機能で関係者がコミュニケーションをとることができます。近年は、全国各地でこのようなシステムがつくられていますが、北まるnetには、次のような特徴があります。

○病院、診療所、保険薬局、介護施設、地域包括支援センターなど、幅広い関係機関が参加
○FileMakerプラットフォームの採用で、比較的安価に構築・運用を実現
○ニーズに応じて、ユーザー自身でシステムや機能の追加・変更が可能
○助成金や市の予算による構築・運用で、参加機関の利用は無料

* * *

運用開始から8年を迎えた北まるnet。医療・介護を取り巻く環境が変化する中、ICTを活用して安心して暮らし続けられる地域包括ケアシステムの実現をめざす、北まるnetの運用を紹介します。

北まるnetのイメージ

北まるnetのイメージ

 

ICTでぐっと近づく介護と医療

北見市を含めた北網医療圏では、2008年ごろから医療介護連携のネットワークづくりが始まり、病院とケアマネジャーの情報共有の重要性が認識されるようになりました。北見市は、2013年に入院時情報提供に関する独自ルールを、2016年には「入退院連絡の手引き」を作成し、連携の促進を図ってきました。

お話を聞いたみなさん

 

北まるnetでスムーズ・確実な情報連携が可能に!

ケアマネジャーの武田 学さん(現・介護老人保健施設さくら)は、「介護と医療の情報連携ができていないことで不利益を被るのは利用者さんです。北まるnetの活用で、入退院時から平時まで情報共有を円滑に行えます」と言います。
武田さんが以前勤務していた事業所には、協議会の今野 敦会長が院長を務める北見循環器クリニックをかかりつけ医とする利用者さんがいました。事業所とクリニックは北まるnetに参加しているため、利用者さんが受診する際には、掲示板機能を使って情報を共有していました。武田さんは、そのメリットについて、「北まるnetでは、問い合わせに対して同日中に返信をもらうことができます。また、医師や看護師に伝えてほしいことや診察・検査の結果についても、直接連携できることでスムーズ・確実な情報共有が可能で、関係者全員の安心につながります」と話します。

自作したシステムでケアマネの負担を軽減

2018年度の介護報酬改定では、入院時情報連携加算(Ⅰ)の要件が、「入院後3日以内に情報提供(方法は問わない)」へと見直されました。そこで協議会は、北まるnetに「入院時情報提供書システム」を作成(24ページ参照)。ケアマネジャーは、協議会ホームページから情報提供書をダウンロードし、情報を入力、PDF出力したファイルをアップロードするだけで、病院への情報提供を完了できるようになりました。
武田さんは、「入院先への訪問だけで1時間以上かかっていたものが、システムを利用すれば30分程度で完了します。病院訪問がなくなることはありませんが、ケアマネジャーの負担を軽減できます」と話します。関係各所への書類提出などの訪問を伴う業務を電子化できれば、ケアマネジャーの負担を削減できると、武田さんは、北まるnetのさらなる拡張に期待しています。

北まるnetを使うと

 

ICTを活用した多職種参加の「遠隔リハ会議」

北まるnetの参加施設である北星記念病院は、2017年に地域包括ケア推進室を新設。室長で医療ソーシャルワーカーの関 建久さんらが、入退院支援や在宅医療の推進に取り組んでいます。関さんは、入院時情報提供書システムにより、「入院した患者さんの情報を、入院翌日くらいに確認できるようになり、とても便利です」と話します。
急性期病院でありながら回復期リハビリテーション機能も有している同院では、ICTを活用した医療介護連携の取り組みとして、「遠隔訪問リハビリテーション会議(以下、遠隔リハ会議)」を独自に行っています。iPadのビデオ通話アプリ「FaceTime」とFileMakerプラットフォームで構築した介護システム「かいご君」を使用して、患者宅と病院をつなぎます。患者宅にいる本人・家族、セラピスト(PT、ST、OT)、ケアマネジャーと、病院にいる医師が会議に参加します。これを始めた背景には、2018年度介護報酬改定で加算要件が緩和され、医師の会議参加にテレビ電話などの利用が認められたことがあります。
関さんは、「当院リハビリテーション科の戸島雅彦部長は、北見市唯一のリハビリテーション専門医で、地域にとって貴重な存在です。遠隔リハ会議ならば、先生は外来の合間に参加できるため、時間を効率的に使うことができます」と説明します。担当ケアマネジャーからも、会議で説明を聞くことで利用者さんの状態を理解でき、根拠をもったケアプランを提案できると好評です。

ある日の遠隔リハ会議

 

救急医療で役立つ「救急医療情報Pad」

市の中心部にある北見赤十字病院は、地域医療の“最後の砦”として多くの救急車を受け入れています。救急搬送されてきた患者さんの既往歴や服薬情報は、ご家族やかかりつけ医に確認するのが一般的ですが、北まるnetでは「救急医療情報Pad」が稼働しており、登録されている患者さんの情報を閲覧できます。同院脳神経外科部長の木村輝雄さんは、「搬送中に救急救命士が情報を確認して、病院到着時に患者さんの治療方針に必要な情報を伝えてくれるので、診療に非常に役立ちます」と話します。また近年は、老衰で亡くなる高齢者も増えていますが、老衰でも、救急搬送され十分な情報がなければ、本人が望まない救命措置が取られることがあります。木村さんは、本人が望む最期を迎えるために、終末期医療に対する患者や家族の考えを北まるnetで共有することも一つの手だろうと話します。

* * *

北まるnetは、“小さくつくって育てていく”システムにすることで、柔軟で、継続しやすい医療介護情報連携ネットワークとして運用されています。状況に合わせた運営が可能な医療介護連携の方法として、これからの展開に注目です。

 

INTERVIEW
北見市医療福祉情報連携協議会会長 北見医師会会長  今野  敦さんに聞く
医療と介護を“続きもの”にする北まるnet

地域は“医療・介護サービスを提供する1つの機関”

北見市医療福祉情報連携協議会会長 北見医師会会長  今野  敦さん

協議会設立の目的は、高齢化が進む中、働き手の少ない地域で、ICTを活用することで医療と介護の情報連携を行うことです。高齢者にとって医療と福祉は当然“続きもの”であり、情報の乖離は非常にデメリットが大きいと考えていました。地域を“医療・介護サービスを提供する1つの機関”と考え、その中でチーム医療を実現するには、多職種が情報を共有することは必要不可欠です。

低コストで柔軟に構築できるFileMakerを採用

協議会の設立では、医師会が動かなければ介護側も動きにくいと考えました。医療、介護の関係者だけでなく、北見市にも参加いただき、ICT技術関連では北見工業大学に協力いただきました。
スタート時点から最適なシステムを見極めることは難しいため、運用しながら検討し、それを柔軟に反映できるシステムが必要でした。初期費用が抑えられ、ユーザーによる変更や追加が可能なFileMakerの採用を決め、「DASCH Pro」(→25ページ)の開発元であるDBPowers社にシステム構築を依頼しました。柔軟性のあるシステムだからこそ、社会の変化に合わせて活用を考え、対応できる、小回りの利く運用が可能になります。

住民が満足できる一生を地域で送るために

今はACPが推進されていますが、この実現には地域全体のチームワークが前提となります。地域の人々が満足できる一生をこの地で送るために、医療と介護が情報をきちんと伝え、共有することが必要な時代が来ています。時代とともにシステムへのニーズは変わるので、工夫し、迅速に対応できる医療介護ネットワークとして進化させていきたいと思います。

*アドバンス・ケア・プランニング(ACP):自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、前もって考え、家族や関係者と話し合って共有すること。


(ケアビジョン Vol.2(2019年10月1日発行)より転載)
TOP