専門医の“知見”をデジタル化し診断をサポートする類似症例検索システムを開発 静岡県立静岡がんセンター
画像処理(SYNAPSE Case Match)—フィルム&FCRの“DNA”を受け継ぐさまざまな先進技術

2013-8-26


遠藤正浩 部長

遠藤正浩 部長

FCRから発展した富士フイルムの画像技術は,デジタル画像処理からさらに進化し画像認識技術によって医師の診断をサポートするコンセプトシステムへと発展している。その画像処理技術と,静岡県立静岡がんセンターの豊富な症例データベースや高い専門性を生かして共同開発されたのが,類似症例検索システム「SYNAPSE Case Match(以下Case Match)」である。顔認識などの画像認識技術を応用して,肺がん(孤立性陰影)の診断において病変の特徴が類似した症例を検索し,類似性が高い順番に画像とレポートを提示して医師の診断をサポートするシステムである。同センターの症例画像の提供や特徴量の定量化など,共同開発にあたった画像診断科の遠藤正浩部長に,Case Match開発のコンセプトについて取材した。

■肺結節影1000例をベースに症例を見分ける専門医の“眼”を解析

2002年に開院した静岡がんセンターでは,当初から富士フイルムのPACS「SYNAPSE」を導入し,フィルムレス運用を行ってきた。また,同センターでは,静岡県が推進するファルマバレープロジェクト(同センターを中核として,産官学の共同による医療健康産業の活性化を図る取り組み)のもと,2005年から富士フイルムと“次世代医療用画像診断ネットワークシステム”の共同研究開発を進めてきたが,その成果の1つとして2012年10月に発売されたのがCase Matchである。Case Matchは,肺の孤立性陰影のCT画像を対象として,診断の際に病変の特徴が類似した症例を提示することで,診断医の判断を支援するシステムである。
今回の共同開発で静岡がんセンターは,同センターで蓄積されてきた約1000例の肺症例の提供と,肺がんの画像診断における専門医の知見の提供などを行った。遠藤部長は,「画像診断医が画像から診断を導き出すプロセスには,放射線医学的な所見や,疾患の背景といった知識からのアプローチと,病変の特徴から自分の頭の中にある“似ている”画像を,瞬時に照らし合わせることで診断を導く場合があります。Case Matchは,この画像の類似性から診断するプロセスに着目した技術です。開発は,診断医が“似ている”と判断する画像の特徴を整理して分類し,それをコンピュータで処理できるように定量化していくことで進められました。FCRから発展した画像技術は富士フイルムが得意なところですので,われわれはがん専門病院として蓄積された肺がんの症例データの提供と,専門医としての“眼”を提供したといってもいいでしょう」と説明する。

「SYNAPSE Case Match」による特徴量の抽出

「SYNAPSE Case Match」による特徴量の抽出

 

■結節の特徴を数値化し“特徴量”として重み付けして似ている画像を検索

画像が“似ている”とはどういうことか。開発では,まず同センターに蓄積された確定診断のついた1000例の肺孤立性陰影の画像を分析し,分類するところから始まった。肺結節について,大きさや,“円形”などの形状,さらに辺縁の性状や,“すりガラス状”といった内部性状などで似ていると判断される画像をグループ化した。遠藤部長は,「専門医であるわれわれは,結節を見た瞬間に,その位置や胸膜との関係,毛羽立ちやノッチなどの辺縁性状や,結節の濃度などの内部性状を瞬時に判断しているのですが,その判断について,どこに着目して,どうしてそう考えるのかといった思考プロセスを富士フイルムの技術者に説明していきました。例えば,一口に“すりガラス状”と言っても,実際には濃度や性状などには幅があり,境界もあいまいです。逆に言えば,診断の際にはその幅を含めて同一と判断していることになります。その判断過程を実際の症例についてアドバイスしていきました」と語る。
一方で,コンピュータで処理し解析するためには,類似性の定量化が必要となる。Case Matchでは,分類した結果をもとに病変の特徴に10程度のインデックスを定義し,画像解析によって“特徴量”としてスコアリングを行った。この数値化によって,画像ごとに特徴量の重み付けを行うことで,“似ている”画像を検索することが可能になった。Case Matchの開発を担当する同社R&D統括本部の久永隆治氏は,技術のポイントを次のように語る。
「Case Matchではすべての画像上の特徴を数値に置き換えています。そのために静岡がんセンターの症例をもとに,特徴量の抽出を行って数値化し,その妥当性についてフィードバックし,専門医の先生方から助言をいただくことを繰り返して進めました。画像の特徴の定義に幅があるということは,例えば,充実性かすりガラスかという二者択一では類似性は判断できません。1つのインデックスについて,類似の度合いを設定し,それらを組み合わせることで,似ている画像を素早く検索できるようにしました」
遠藤部長は,「Case Matchの役割は,似ている症例を探して提示することです。提示された情報を,自らの診断のサポートに使うか,そのほかに応用するかは利用者の判断です。だからこそ,Case Matchが医師の判断を迷わすような精度の低い結果を提供されると困るわけですが,80%以上の確率で類似性の高い症例が提示されており,診断のサポートとして有用だと思います」と評価する。

■類似症例の提示とレポートの活用で確信度と診断精度を向上

静岡がんセンターでの「SYNAPSE Case Match」による読影風景

静岡がんセンターでの「SYNAPSE Case Match」
による読影風景

同センターでは,Case MatchはSYNAPSEの読影端末に統合して利用されている。SYNAPSEの読影中,Case Matchを利用したい症例があれば右クリックすることでCase Matchが起動する。結節部分をクリックするだけで自動的に病変部分が選択され,検索することで類似した症例画像とレポートが表示される。遠藤部長はCase Matchの有用性について,「一番のメリットは,診断における確信度が上がることです。読影の際に判断の難しい症例では,スタッフに助言を求めることがありますが,Case Matchで似ている画像が提供されることは,診断医にとっては大きなサポートになります。また,Case Matchは鑑別診断における判断材料を提供してくれます」
Case Matchでは,あらかじめデータベースとして静岡がんセンターの1000例の症例が提供されるが,導入後には各施設で症例データを追加することができる。遠藤部長は,「当センターのデータは,当然ながらがんの症例が中心ですので,Case Matchを導入した各施設でさまざまな症例データを登録することで,より豊かなデータベースに育てていくことができます」と言う。
また,レポートも表示されるので,診断内容を参考にしたり,テキストの一部をレポートに利用することも可能だ。「一般の市中病院であれば肺がんの症例を扱う機会はそう多くないでしょう。Case Matchでは肺がんのデータベースとしてさまざまな画像を見ることができますので,教育的な役割も期待できるのではないでしょうか」と述べた。

■画像をキーにした検索による症例データベースの構築に期待

Case Matchは,肺の孤立性陰影以外の疾患への適応に向けて開発を続けているほか,同センターと富士フイルムでは,新たに肝臓の腫瘤性病変のCT画像について,類似症例検索システムの開発を進めている。肝臓は肺に比べてコントラストが低いため,抽出や解析の技術,類似性の定義づけなどを改めて検討している。
遠藤部長がCase Matchに期待するのが,症例画像データベースとしての活用法である。Case Matchでは,特徴的な画像から症例を検索する“逆引き”も可能になると言う。「これまでは症例名や所見と行ったテキスト情報から検索するしか方法がなかったわけですが,画像から検索できれば,診断までのプロセスが短くなります。また,画像の特徴から,例えば空洞のある肺がん症例だけを集めることも可能で,そこから新たな知見や研究への発展も期待できます」
そのためには,1つの施設だけでなく各施設で撮影された症例画像を集めて登録できるクラウド型の運用も必要になるが,遠藤部長は,「デジタル画像になったことで,ネットワークなどを利用した情報発信が容易にできるようになりました。それぞれのユーザーが自分が経験した画像を投稿できるようになれば,インターネットのWikipediaのような医療画像の公開データベースも構築可能です。多くの症例を経験する専門医でも,一生に一度しか出会わないような珍しい症例に遭遇することもあります。そういった症例は学会報告などの形で発表されますが,Case Matchを利用すれば画像をキーにしてたどることができます。個人情報などに配慮する必要がありますが,貴重な症例を人類の共有財産として利用できるような症例画像データベースを構築し,それを活用するシステムとして発展していくといいですね」と,将来的な展開についての期待を語った。

(2013年6月25日取材)

 

静岡県立静岡がんセンター
画像診断科 遠藤正浩 部長

静岡県立静岡がんセンター

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TEL 055-989-5222
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