新型コロナウイルス対策と“ウィズコロナ”時代に向けて個人情報を保護したPHRや情報ネットワークを整備すべき
石川 広己 氏

2020-7-1


石川 広己 氏

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に流行している。わが国でも,クルーズ船での集団感染やその後の国内での感染拡大の中で,情報の共有が十分でないなど,多くの課題が見えてきた。“ウィズコロナ”時代に向けては,“接触確認アプリ”などによるCOVID-19対策に加え,慢性疾患の増加を見据えて,個人情報を保護した上でのPHRや医療・介護の情報連携ネットワークの整備が求められる。

クルーズ船の中から見えてきたPHRの必要性

日本医師会では2020年2月,厚生労働省の要請を受けて,COVID-19の集団感染が発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号に,JMAT(日本医師会災害医療チーム)を派遣しました。同船には,3711人(乗客2666人,乗員1045人)が乗船しており,2月3日に横浜港へ入港した後で検疫が行われ,5日に陽性者が確認されたことから,19日までの14日間,全員が船内に待機し,健康観察を続けることとなりました。
JMATの役割は,乗客との対面と健康チェックでした。乗客には高齢者が多く,慢性疾患を抱えている方が多数いました。また,長期間の船内待機により体調を崩す方もいます。こうした方々に対して,普段かかりつけ医として活動している私たちが対応を依頼されました。
しかし,船内での医療活動は,多くの問題がありました。例えば,薬の確認や管理は非常に困難で,私が乗船した2月10日の時点では,船内の20名近い薬剤師が四苦八苦しながら作業をしていました。乗客の多くは,数日から2週間程度の予定で乗船しており,それに応じた数の薬しか持っておらず,お薬手帳も携帯していないため,飲み切ってしまうと,薬剤名がわからなくなってしまいます。また,外国籍の方の場合,日本以外で処方された薬のため,それがどのような薬であるのか,国内で承認されているものか,代替のものがあるかを確認するために,相当な労力を費やしました。
このような時に,PHR(Personal Health Record)などの整備が重要と改めて認識しました。国としてPHRを整備することで,今回のような特殊な環境でも,日本国籍の方ならば,持病や処方されている薬などの情報を正確に把握でき,診療に役立てられると思います。

国内のCOVID-19対策はITを活用できず応需情報などの情報共有に課題

COVID-19の感染が全国に広がる中で,わが国の対策は困難なことが多かったと思います。ITの活用もできておらず,国と医療現場の連携がうまくいかないために,混乱が生じました。その象徴的な例がPCR検査です。当初,相談センター,PCR検査などの業務が保健所に集約されました。そのために,保健所にはPCR検査の要請が殺到しました。しかし,保健所の数は減少傾向にあり,マンパワーも不足しています。にもかかわらず,多くの業務を集中させてしまったことが,PCR検査の遅れが出て感染者の拡大に影響したのでしょう。また,保健所も含めたIT化の遅れも指摘されました。保健所への報告が手書き文書とFAXによって行われていたために,感染者数の正確なデータを把握できない状況が生まれました。国は,これまで保健所を縮小する施策を進めてきましたが,その弊害が露呈したと言えます。今回は,保健所が果たす役割を再認識する機会になりました。今後は,第2波やほかの感染症対策のために,国や自治体がITなどを利用し,情報連携を整備して保健所の機能強化を図るべきです。
さらに,病床が不足するなど,ベッドコントロールがうまくいかず,医療崩壊のリスクを指摘された地域もありました。各自治体では,重症度分類を行い,医療機関での対応を決めています。しかし,自治体によっては,重症度分類に基づいた医療を行う上で,患者を受け入れるための空床情報を正確に把握できていないという状況が生じていました。一方で,的確なベッドコントロールを行えた自治体もあります。神奈川県は,県の対策本部が空床情報を把握する体制の下,常に最新情報を収集して,中等症以上の患者を重点医療機関に集中する「神奈川モデル」を構築し,医療崩壊を招くことなく,成果を上げました。
今回の経験を通じて,日常診療においても空床情報も含めた応需情報を地域で共有する仕組みが大切だと感じました。応需情報を扱う救急医療情報システムを構築している地域もありますが,このようなシステムをもっと活用することが必要です。

オンライン資格確認の開始により情報連携ネットワークの構築が加速

これまでのCOVID-19対策では,情報の共有やデータの活用などが十分にできませんでした。この課題を解決するためにも,PHRのための情報基盤を構築することが,今後大切です。日本医師会では,医療・介護の情報連携ネットワークの構築をめざしています。このネットワークは,学術情報ネットワークSINETのような高速通信回線をベースに,8Kの高画質手術映像も高速に配信できるものを理想としています。こうしたネットワークを構築し,全国の医療機関・介護施設をセキュアに接続して情報を共有できるようにしたいと考えています。医療・介護の情報連携ネットワークは,構築には時間を要しますが,2021年3月からオンライン資格確認が始まることで,加速すると期待しています。
オンライン資格確認は,IP-VPNの接続方式にIPv6を用いるため,非常にセキュアな運用が可能です。これにより,高いセキュリティレベルで全国の歯科を含めた医療機関,薬局のネットワークが構築されます。さらに,介護施設も接続できれば,医療・介護の情報連携ネットワークができます。この情報連携ネットワークでPHRや応需情報を共有できるようにすることが,“ウィズコロナ”時代の医療体制に役立つはずです。

今後のCOVID-19対策として安心して使える“接触確認アプリ”に期待

“ウィズコロナ”時代には,PHRや情報連携ネットワークを活用できるようにすることが大事ですが,個人情報の取り扱いには注意が必要です。今回,中国や韓国,台湾がITを駆使して,COVID-19を制圧したことが報じられました。これらの国々は,GPSを用いて感染者の位置情報を把握するなど,個人情報を管理することで成果を出しています。しかし,このような個人情報の管理には反対です。中国や韓国,台湾は,政治的な理由から,これまでも個人情報の管理を行ってきました。例えば,韓国の場合は,同一民族,同一言語の北朝鮮と政治的に分断されており,安全保障上の理由から住民登録番号制度を導入しています。このような事情を考慮すると,私は,わが国の医療・介護分野のIT化に同様の仕組みを取り入れることに違和感を感じます。やはり,医療・介護分野には,国民を管理する制度とは異なる方法で行うべきです。
一方で,わが国ではCOVID-19対策として,“接触確認アプリ”を推進しています。私も政府の「接触確認アプリに関する有識者検討会合」に委員として参加しましたが,このアプリはスマートフォンのGPSを用いずに匿名性を確保しています。データも端末で管理できるために,個人情報を提供することなく安心して利用できるので期待しています。

慢性疾患が増加する“ウィズコロナ”時代に向け個人情報を保護した上でのITの活用を

COVID-19は社会に多大な影響を与えました。人々の生活は大きく変わり,経済も打撃を受け回復には数年かかると予想されます。“ウィズコロナ”時代は,わが国でも高齢者や低所得者層を中心に慢性疾患が増加すると思われます。また,潔癖症の人が増えることで,不衛生であることに対する差別なども問題になるかもしれません。このような社会の変化の中で,今後は慢性疾患などの疾病管理を行い,重症化を予防する対策も必要になります。そして,その対策のためにも,個人情報を保護したPHRや医療・介護の情報連携ネットワークの整備が求められます。

 

(いしかわ ひろみ)
1980年千葉大学医学部卒業。95年から千葉県勤労者医療協会かまがや診療所院長。2004〜2019年千葉県勤労者医療協会理事長を務める。また,鎌ヶ谷市医師会副会長,千葉県医師会理事などを歴任。2010年から日本医師会常任理事。IT戦略などを担当し,厚生労働省や総務省,経済産業省の医療分野のIT施策に関する検討会の委員を多数務める。


※2020年5月21日取材。所属・役職は取材時のものです
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