高品質な医用画像をセキュアに流通させて日本の医療AI普及に貢献する 
医療AI開発を加速させるイヨウガゾウラボの事業展開 
國枝 良 代表取締役兼CEOに聞く

2025-11-25


國枝 良 代表取締役兼CEO

人工超知能(ASI:Artificial Super Intelligence)のナンバーワンプラットフォーマーをめざすソフトバンクは,東京大学,pafinなどと,医用画像データの収集・加工・流通を通じて医療AIの発展を支援する新会社,イヨウガゾウラボを2025年9月1日に設立した。高品質な医用画像データをセキュアな環境で流通させ,日本の医療AI開発を加速させる。同社の國枝良代表取締役兼CEOに新会社設立のねらいと事業展開を取材した。

ソフトバンク,東京大学,pafinの3者の強みを生かし医療AI開発を加速させる

─ソフトバンクが医療AI事業を強化する目的やイヨウガゾウラボ設立のねらいは何でしょうか。

私はソフトバンクでAIの開発に携わってきました。ソフトバンクグループでは,幅広い産業分野でAIの研究開発を行ってきました。その中で東京大学とともに産学連携プロジェクトとして,Beyond AI研究推進機構を設立し,AIの研究と社会実装に向けて取り組んできました。医療AIに関しては,このプロジェクトの一環として,電子カルテなどのHL7 FHIR規格のデータの流通を促進するHEMILLIONS(ヘミリオンズ)が設立されました。そして,医療AIに関する事業の第2弾として,医用画像の流通を担うイヨウガゾウラボを立ち上げました。
医用画像は,医師が疾患の有無を明確に判断でき,医療AIの開発に適しています。一方で,医用画像を用いた医療AIの開発には質の高いまとまった量のデータが必要であり,それを収集することは企業や大学などにとって困難です。特に,専門医がアノテーションした高品質の医用画像を開発に必要なだけ集めるのは難しいのが現実です。そこで,医療AIの普及のためには,医用画像の流通が重要だと考え,AI開発のプロフェッショナルであるわれわれと,医療のプロフェッショナルである東京大学の知見を掛け合わせて,イヨウガゾウラボを設立。医療AIの社会実装に貢献するために,開発を支えるデータの流通をめざします。

─ソフトバンク,東京大学,pafinの3者の強み,役割分担を教えてください。

ソフトバンクはAIの開発・実装に実績があり,東京大学は,医療と学術研究の中核を担っています。また,pafinは,フィンテック分野で培ったブロックチェーンなどの高い技術力を有しており,セキュアなシステム基盤を構築できます。医用画像は個人情報の「塊」だと言えます。例えばCTやMRIのスライス画像から顔を再構成することができるなど,きわめてセンシティブな情報を扱います。患者さんや医療機関にとっては,個人情報をセキュアな環境で扱うことが不可欠です。3者のシナジーによって,高品質な医用画像の利活用の促進につなげることができます。

「AI開発用セットサービス」と「オーダーメイドサービス」を展開(図1,2)

─新会社ではAI開発用セットサービスとオーダーメイドサービスの2種類のサービスを提供するとのことですが,具体的にどのようなサービスでしょうか。

イヨウガゾウラボの事業は,「医用画像の流通」を行うことで,大学などの研究機関や医療機器メーカー,医療AIベンダーといった,医用画像を必要としている団体・企業に,ニーズに応じたデータを提供します。その一つがAI開発用セットサービスです。本サービスは主に医療AIベンダーに対して,特定の疾患,例えば脳動脈瘤ならば病変のある画像,ない画像,教師画像(ラベルデータ)のデータセットを販売します。もう一つのオーダーメイドサービスは,医療機器メーカーなどからの要望に応じて個別に,例えば脳梗塞といった疾患や,拡散テンソル画像などのデータセットを提供します。
提供するデータセットの医用画像は,ノイズ除去といった加工を行い,教師データは医師がアノテーションしています。また,すべて顔の変形や匿名化処理などをしており,安全に研究や開発のための利用が可能です。

図1 AI開発用セットサービス (画像提供:株式会社イヨウガゾウラボ)

図1 AI開発用セットサービス
(画像提供:株式会社イヨウガゾウラボ)

 

図2 オーダーメイドサービス (画像提供:株式会社イヨウガゾウラボ)

図2 オーダーメイドサービス
(画像提供:株式会社イヨウガゾウラボ)

 

─企業や大学などはこれまで独自にデータを収集していたと思いますが,イヨウガゾウラボのサービスを利用することでどのようなメリットがありますか。

イヨウガゾウラボの強みとして,次の3つが挙げられます。1つは,病変の有無が明確なデータを提供できることです。従来,医療AIの研究,開発のためのデータは電子カルテから検索し,病変の有無にかかわらず収集していました。一方で,イヨウガゾウラボのサービスでは,流通させる医用画像の加工を行う段階で,医師が病変の有無を判定しています。2つ目としては,個人情報を保護した安全なデータを扱っていることです。例えば,脳・頭頸部の画像では,顔の特徴点を変形させて,99%個人を特定できないように処理しています。この技術により,希少疾患の画像も安全に収集できます。また,3つ目として,3D画像再構成やセグメンテーションツールを用いて高精度の判定を行っており,高品質のデータを提供できます。これら3つの強みがあることで,イヨウガゾウラボのサービスを利用することにより,開発効率が向上すると考えています。

─イヨウガゾウラボが質の高いまとまった量のデータを集められる理由は何でしょうか。

東京大学と共同研究を開始してから事業化に至るまで4年4か月を要しましたが,われわれがこだわったのはオプトアウトではなくオプトインとした点です。患者さんにしっかりと利用用途を説明し,納得していただくプロセスを取ることで,利用する側も安心して活用できる。この進め方が多くの病院からの賛同を得始めて,さらにセキュアな流通基盤を構築して信頼を得るという関係づくり,環境づくりに取り組んだことが,質の高いまとまった量のデータを収集できる優位性につながっています。

─「AI開発用セットサービス」と「オーダーメイドサービス」いずれも,脳神経外科領域の疾患を対象にしてサービスを開始していますが,今後領域を拡大していく計画はありますか。

医療AIの研究,開発の動向からニーズを踏まえて,まずは脳神経外科領域の画像を対象としていますが,将来的には循環器領域や腹部領域にも拡大していきたいと考えています。

日本の医療が抱える課題解決に向けて安心・安全な医用画像の流通基盤を提供していく

─イヨウガゾウラボの今後の事業展開について教えてください。

医療AIの普及は進んでおらず,活用しているという声もあまり聞こえてこないのが現状だと認識しています。イヨウガゾウラボが医用画像を活用できる社会の実現を加速させることで,医療AIの普及が進み,多くの医療者から活用しているという声が聞こえるように取り組んでいきます。そのためにも,数値的な成果を追い求めるだけではなく,患者さんから同意と協力を得て,安心・安全な環境で医用画像を流通させることが重要だと考えています。

─日本の医療AI開発の課題と,その課題解決にイヨウガゾウラボが貢献できることは何でしょうか。

個人情報の取り扱いが高いハードルになっています。そのため,医用画像などのデータの流通が進まず,医療AIの開発も活発にならず,利用する人も増えません。われわれが医用画像のデータ流通の基盤を構築することで,このような状況を解決できると考えます。

─医療AIの可能性と未来の医療像について,どのように考えているか教えてください。

医療AIが普及していけば,医療は劇的に変わると思います。医用画像をはじめとした医療情報を基に,疾患の予兆を検知できるようになります。そうなれば,医療AIはもっと私たちにとって身近な存在となって,病院へ行くことなく,日常的に健康管理を行えるようになり,心の不安も解消できるでしょう。一人ひとりが自分自身の健康管理をできるようになれば,医師が患者さんと向き合う時間を増やすことが可能となり,また地域格差などの課題も解決できるはずです。そのような未来をめざして,イヨウガゾウラボも歩みを進めていきます。

(取材日:2025年9月18日,文責・編集部)

 

(くにえだ りょう)
2000年10月,J-フォン東海株式会社(当時)に入社。コンシューマー向けおよび企業向けサービスの開発に従事。その後,医療AI事業の研究成果を生み出した「Beyond AI 研究推進機構」の立ち上げを主導。2025年6月,ソフトバンク株式会社 Beyond AI推進室 AI事業研究推進部部長に就任(現職)。同年9月,株式会社イヨウガゾウラボ代表取締役 兼 CEO に就任。


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