訪問看護におけるケア手順書のICT化
小笠原映子 氏(群馬パース大学 保健科学部 看護学科)

2013-9-5


小笠原映子 氏

小笠原映子 氏

■ケア手順に関する情報共有の現状

訪問看護師は,清拭などの「日常生活ケア」,ガーゼ交換などの「基本的技術」,褥瘡の処置などの「専門的技術」,呼吸器管理などの「高度専門的技術」といった多岐にわたるケアを提供している。また,居住環境がさまざまな在宅という場で看護を提供するということは,病院と違い,使用する物品とそれに関する準備・片付けの方法も家庭によって異なる。さらに,療養者やご家族がそれまで積み重ねてきた長い生活習慣や価値観をアセスメントしながらケア方法を個別に構築している。
したがって,訪問看護師は,ケアの実施に関する詳細な情報について,さまざまな工夫をしながら担当する看護師間で共有している。例えば,手書きによるイラストを用いたケア手順書の作成や,療養者宅で必要物品の収納場所を確認しながら申し送るという方法で,詳細な情報を共有している。しかし,これらの方法は手間や時間がかかるわりには漏れやわかりにくさがあり,情報伝達の煩雑さ,時間的負担などの課題がある。

■「在宅看護におけるケア情報の共有ツール」の開発とICT化

これらの課題に対し,筆者は2010年に写真およびテキストで構成される「在宅看護におけるケア情報の共有ツール」を開発した。「ケア方法のわかりやすさ」「ケアの標準化」などにおいて有効性が認められたが,デジタルカメラで撮影したデータをPCに移動してケア手順書を作成するため,手順書の作成における煩雑さが課題として残った。また,印刷した紙ベースのケア手順書を訪問時に携帯するため,いつでもどこでも必要時に情報を共有できるツールではなかった。
ケア情報においても,医療情報と同様に,ICT化に向けた取り組みが必要であると考え,2012年に「在宅看護におけるケア情報の共有ツール」をICT化し,5か所の訪問看護ステーションを対象に介入研究を行い,ケアに関する記録および申し送りの時間短縮への効果を評価した。

■システムの構成と運用方法

システムの設置に関しては,おもてなし工学研究所の協力により実現した(図1)。まず,各ステーションの専用サイトを設置した。各ステーションの訪問看護師がケア手順を作成し,作成したコンテンツをiPad,PCなどの端末から専用サイトを通じ,クラウドのサーバに利用者ごとに保管する。担当する看護師は専用サイトで必要な情報を閲覧し,ケア手順を確認するというシステムである。
コンテンツの作成方法は,まずiPadでケア場面の写真を撮影し,撮影した写真に,お絵描きアプリのSkitch(撮影した写真に文字や図形を書き込める。https://itunes.apple.com/jp/app/skitch/id490505997?mt=8 )を使って,ケアの手順に関する説明やケアを提供する際の留意点などのテキストを書き込む。次に,WordPress(http://ja.wikipedia.org/wiki/WordPress )というブログツールをカスタマイズして利用し,テキスト入りの写真を療養者別に整理してクラウドに保管する。

図1 システムの概要

図1 システムの概要

 

■共有されたケアの内容(図2)

実際に共有されたケアの内容であるが,日常生活ケアに関する情報としては,清潔の援助(清拭,陰部洗浄),排泄ケア(オムツ交換),体位変換などで,ケア方法を示す内容とともに,物品の準備,使用後の片付け方法といった家庭ごとに異なる内容も共有されていた。
医療的ケアに関する情報としては,人工呼吸器管理,中心静脈栄養法,腎瘻管理,皮膚・褥瘡ケアなど医療処置の方法が共有されていた。人工呼吸器管理に関しては,回路交換の方法や呼吸器を装着している療養者の外出支援,移動用リフトを用いた入浴介助など,内容も多彩であった。

図2 共有されたケアの内容

図2 共有されたケアの内容

 

■ICT化による効果

ICT化した「在宅看護におけるケア情報の共有ツール」のシステム試用前後に訪問看護師の方を対象に質問紙調査を行い,ICT化による効果を評価した。
その結果,「個別性の高いケースであっても,自信を持って訪問できる」という項目において,有意な改善が認められた。また,申し送り時間の変化については,訪問前の準備として行う「ケアに関する情報収集の時間」が短縮し,さらに訪問後に行う「ケアに関する申し送りの時間」も短縮した。
在宅看護の場面で個別性が高いケースというのは,医療依存度が高い,ケア方法や使用物品への要望が強い,使用用具の特殊性が高い,住宅環境が特殊な場合を指す。また,個別性の高いケアに関する情報は,情報量が多くなるとともに,医療的側面から生活習慣的側面まで,さまざまな内容が煩雑に混在しやすくなる。ICT化した「在宅看護におけるケア情報の共有ツール」は,写真という視覚的情報と最小限のテキスト情報で構成されている。このことがiPadの画面をスクロールしながら短時間でケアの手順内容や留意点の確認を可能にしたと思われ,調査結果で示された「自信を持って訪問できる」という回答や申し送りに関する業務時間の短縮につながったのだと思う。

■システムの評価

質問紙調査の結果,お絵描きアプリとして用いたSkitchについては,操作性および実用性ともに高い評価が得られた。こちらは,iPadで利用されることを前提に最適化されたiPad用の専用アプリであるため,インターフェイスもわかりやすいものになっていたことから,利便性に優れていたと思われる。一方,コンテンツの登録・閲覧に用いたWordPressの操作性については,「使い慣れればよいが使いこなせなかった」という意見があり,操作性に関して課題が残った。しかしながら,実用性については,「ケア情報の作成には時間がかかるが,一度作成すると申し送りが楽である」という意見のように,過半数から肯定的な回答が得られた。
また,今回は3か月という短い介入期間であったためか,iPadやシステムの操作は一部のスタッフに限定されていた。これらのことから,コンテンツの登録・閲覧に関する操作については,汎用性を重視したWebアプリでは限界があると考えられた。ICT化全般に言えることであるが,専用アプリを開発すれば,操作性,利便性を向上させることはできるが,その場合,高額な開発費用がかかりコスト面の課題が出てくる。また,幅広い年齢層の看護師が所属する訪問看護ステーションにおいては,スタッフ全員が取り組めるような導入プログラムの準備や十分な導入期間の設定など,多忙な訪問看護師の方が取り組めるような工夫も,併せて検討していくことが必要であると思われた。

■今後の展望

質問紙調査の自由記載欄に「ほかの看護師のケア方法を皆で見ることができる」という意見があり,ICT化によるケアの情報共有は,熟練した訪問看護師の経験知を新人看護師に伝える手段の1つとして,教育の面からも役立つ可能性があるとも考えられた。また,訪問看護師間だけでなく,ケアの意義や根拠などの情報を付加することで,家族介護者への指導や介護職などとの情報共有のツールとしても活用できるものと考える。

●参考文献
1)小笠原映子・他 : 【訪問看護・ケア情報共有ツール】開発の試み(第1報). 第15回日本在宅ケア学会学術集会, 2011.
2)小笠原映子・他 : 訪問看護におけるケア情報の共有に対するInformation and Communication Technology(ICT)化の予備的研究. 第2回日本在宅看護学会学術集会, 2012.

 

●施設概要
〒370-0006
群馬県高崎市問屋町1-7-1
TEL 027-365-3366
URL http://www.paz.ac.jp/college/

●略歴
(おがさわら えいこ)
聖路加看護大学看護学部卒業,群馬大学大学院保健学研究科修了(保健学博士)。聖路加国際病院,医療法人樹心会角田病院,群馬県総務局総務事務センターに勤務した後,群馬大学医学部保健学科助教,群馬パース大学保健科学部看護学科講師などを経て,現在同大学保健科学部看護学科准教授。

 

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