スマートフォンとウエアラブルデバイス,IoTを活用した働き方改革
浅野 太一(前橋赤十字病院 情報システム課,診療情報管理室)

2019-2-1


浅野 太一(前橋赤十字病院 情報システム課,診療情報管理室)

医療や介護の現場において,タブレット・スマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している現場からの事例を報告する。シリーズ第8回は,前橋赤十字病院の浅野太一氏が,新病院移転とともに運用を開始したiPhoneによる働き方改革の事例を解説する。

はじめに

当院は1913(大正2)年に開院してから100年を超える歴史のある病院でありながら,その時代の要望に合わせて変革・進化する常に新しい病院をめざしている。現在,基幹災害拠点病院,高度救命救急センター,ドクターヘリ基地病院,エイズ診療拠点病院,地域医療支援病院,地域がん診療連携拠点病院,高次脳機能障害支援拠点機関,地域周産期母子医療センターの指定を受け,その役目を果たすべく日々活動している。
2018(平成30)年6月開院の新病院のコンセプトは,「みんなにとってやさしい,頼りになる病院」である。通常時にはもちろんのこと,救急や災害などの緊急時にこそ「頼りになる」病院であること,また,患者と家族にはもちろんのこと,職員,環境,そして地域や医療機関,消防・行政をはじめとする関係関連組織にとっても「やさしい」病院であることもコンセプトに掲げている。そのような病院をつくり上げる際に,スマートホスピタル化を検討し,iPhoneの内線やIPナースコールでの利用を皮切りに,病院のデジタル化を進めるプラットフォームを構築した。

スマートデバイスの検討

新病院へ移転するに当たり,(1)業務効率化,(2)先進的な取り組み,(3)スマートデバイス活用,(4)患者満足度向上,(5)将来への変化・適応など,複数のやりたいテーマを院内ワーキングメンバーと議論した。
こうした意見から新病院移転というイベントのさまざまなものを変えるチャンスにおいて,(1)通信手段を音声のみのPHSから変える,(2)どこでもつながることにより,職員の働き方を変え,多職種コラボレーションネットワークを構築する,(3)スマートデバイスで「音声」と「ビデオ」機能や,診療を支援するアプリケーションを活用する,というテーマを主に考えてきた。
検討を始めた当初,既存ネットワーク構築ベンダーより音声をIP化する難しさを強調された。また,交換機提供ベンダーからは,iPhoneの提案を望むも,Android端末での提案に終始されるなど,やりたいことを検討するための相手を見つけることの難しさに直面した。よって,ネットワーク構築に加え,音声ネットワークも併せて提供可能な検討先を新たに探すことが最初の課題となった。
次に取り組んだことは,検討当時に,すでにスマートフォンを導入していた病院への視察である。当時は端末の価格面からAndroidのSIMフリー(白ロム)端末での構築実績が多く,複数の無線LANアクセスポイントを移動しながら通信するローミングと言われる機能に苦労することがわかっていた。そのためiPhoneを内線端末として利用している病院を視察し,ローミング性能やiPhoneの使い勝手をヒアリングした。ちょうどそのころに,ネットワーク機器ベンダーのシスコシステムズ(シスコ)から,アップルとシスコで共同開発した機能“ファーストローミング”と“ファストレーン”の紹介を受けた。ファーストローミングは,シスコの無線LANアクセスポイント「Aironet」とiPhoneやiPadのようなiOSデバイスのローミング(現在はmacOSも対応)をスムーズにするための機能である。また,ファストレーンは「優先車線」という意味で,事前にモバイルデバイス管理アプリケーション(MDM)で指定したアプリケーションの通信が始まると,そのアプリケーション専用道路が提供され,音声・ビデオといった遅延やパケットロスに弱いアプリケーションの通信を助ける機能だった。また,ナースコール端末としてiPhoneを活用する際には,“CallKit”によるロック時のスライド応答や,割り込み着信機能が看護師から評価が高く,CallKitに対応した“Cisco Jabber”を音声アプリケーションとして採用することにした(図1)。
このように病院視察やベンダーと議論を重ね,iPhoneにした理由としては,(1)OSのバージョンを数年後でも統一できる,(2)デバイスが故障して最新機種となっても同じ操作性(マニュアル再作成や操作説明の手間が大幅に減る),(3)セキュリティ・端末品質が高い (複数病院の事例を見学,評価したがAndroid端末に比べ音声の品質・安定性ともに一番良かった)こと,が大きかった。
こうして要求仕様をまとめることができ,2018年6月より約800台のiPhone7を職員に配布し,職員間の内線とナースコール端末として活用を始めている(図2)。

図1 割り込み着信画面

図1 割り込み着信画面

 

図2 iPhoneを用いた内線電話・ナースコールシステム

図2 iPhoneを用いた内線電話・ナースコールシステム

 

運用方法

運用に当たっては,iPhoneがWi-Fiの通信圏外となるリスクが災害拠点病院としての責務に影響を与えるため,端末にはキャリア電波を利用するためSIM契約(音声・データ通信)と,院内の3キャリアのアンテナを増強(基地局を院内に設置)し,3キャリア電波の不感知対策を施行した。また,災害時優先電話の提供を望んだため,iPhoneのSIMはNTTドコモと契約した。 こうして,院内の無線LANアクセスポイント(Wi-Fi)とキャリア(LTE)の2経路での通話・着信制御や,建物外施設(ヘリポートや備蓄倉庫など) ,非常階段,エレベータといったWi-Fiエリア対応が厳しい箇所の電波共存を図ることができた。端末には,MDMによる利用アプリケーションの制限,Web電話帳(連絡先を一元管理・連絡する相手の院内位置情報を検索)の提供,紛失時の対策としてアップルの“Device Enrollment Program(DEP)”契約とシスコの“Meraki Systems Manager(MDM)”により,モバイル端末への監視の強化と初期設定の手順の簡素化などに取り組んだ。

電話端末からスマートデバイスになったことによる効果

音声やビデオ映像を扱えるiPhoneが内線端末となったことにより,相手が何をしているのか,こちらが何をしているのかを伝えられるようになった。院内の状況をビデオ映像で伝えられる特性を利用し,病院移転時の患者搬送では非常に役立った。図3,4のとおり,旧病院から新病院へ患者様を安全に運ぶため,旧病院本部と新病院本部,救外搬出口,付き添う職員が状況をビデオで確認した。現場映像を見ているだけでさまざまなことが把握でき,かつ2km以上離れた本部のホワイトボードに刻々と記載される文字やその場の状況もビデオ会議システムやiPhoneを使って映像で確認することができ,とてもスムーズな搬入出ができた。
さらに,iPhoneの電話帳アプリケーションにて連絡先と位置データをひも付けたことにより,電話をかける際に相手がいまどこにいるかを事前に把握し,電話をかける判断ができるようになった(図5)。

図3 病院移転時の患者搬送での映像による確認

図3 病院移転時の患者搬送での映像による確認

 

図4 病院移転時システム

図4 病院移転時システム

 

図5 電話帳アプリケーション

図5 電話帳アプリケーション

 

今後の展望

まずは内線とナースコール端末として活用をスタートしたが,導入後もICT関連のワーキンググループ活動は継続し,iPhoneでのビジネスチャットや院内グループウエアの活用,PACS画像の閲覧,看護業務の効率化ツールの活用〔音声入力システム「AmiVoice MLx」(アドバンスト・メディア)など〕,電子カルテの閲覧,電話帳ソフトの機能改善,プレゼンス機能の追加などさまざまなテーマを検討している。特に,AmiVoiceMLxの活用はPCのない環境下での情報入力を支援するツールとして効果が期待できるため,現在一部の看護師と特定の病棟において検証を進めている。また,今後さらに,ビル内設備として導入した中央監視・自動制御設備のベンダーとも協力関係を継続し,ICTシステムとの接続を考えている。

 

(あさの たいち)
1992年電機メーカー系システムインテグレータ会社入社後,SEとして医療系のシステムなどを担当。2009年前橋赤十字病院に入職。以降,病院情報システム全般の運用管理責任者として勤務。2017年より情報システム課長兼診療情報管理室長。

 

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