タブレットを活用した医療介護連携ICTネットワーク
守屋  潔(名寄市立総合病院 情報管理センター長,名寄市健康福祉部 参与)

2023-3-1


守屋  潔(名寄市立総合病院 情報管理センター長,名寄市健康福祉部 参与)

医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第17回は,北海道名寄市の医療介護連携ICTネットワークにおけるモバイルデバイスなどのツールを用いた取り組みについて,守屋 潔氏が紹介する。

はじめに

名寄市は北海道の北部地方に位置しており人口は2.7万人。2021年に市が旗振り役となって地域包括ケアシステム1)構築を目的とする医療介護連携ICTネットワークが正式稼働した。地域の基幹病院である名寄市立総合病院(当院)をはじめとする市内主要医療機関18,そしてほぼすべての介護施設38と市の4つの施設が参加して,名寄市全体を結ぶ1つのネットワークができた。主として介護認定を受けた高齢者を対象として,診療情報と介護ケア情報を本人同意の下で連携施設間で共有することにより,診療から在宅ケアまでを多職種で効率良く連携できるようになった。本稿では,主として当院の視点から医療介護情報の共有がもたらした効果について述べる。

救急医療連携ICT「ポラリスネットワーク」

当院は北海道が指定する地方センター病院として道北北部三次医療圏を守備範囲としている。また,日本最北の救命救急センターでもあるため,道北各地の二次医療圏の中核病院から毎日多くの救急患者が搬送されてくる。2013年に救急医療体制の維持のため道北北部医療連携ネットワーク協議会を立ち上げ,病院間での医療情報共有システム「ポラリスネットワーク」を導入した。画像,検査データを共有して当院への搬送の必要性判断の救急トリアージを主目的としたが,その後遠隔診療支援や病診連携など用途を広げ,現在では道北北部の公的医療機関は全施設が参加するに至っている(情報公開病院9と参照型医療機関19)。

名寄市医療介護連携ICTネットワークのシステム概要

名寄市は診療所のリソースが不足しており,市民にとって急性期病院である当院が事実上かかりつけの役割を期待されている。したがって,名寄市における地域包括ケアシステムの中心は当院と地域との連携となる。そこで,前述の医療情報共有システムを地域にも公開して,医療介護連携の促進を図ることとした。併せて医療機関,介護施設など多職種での連絡を容易にするためのICTツールも導入した。
システムの概要を図1に示す。医療情報に関しては,医療連携ネットワーク(ID-Link:エスイーシー)をケアマネジャー,地域包括支援センター職員,訪問看護師・リハビリ職と特別養護老人ホーム,老人保健施設でも参照できるようにした。また,新たに市内7つの調剤薬局のレセコン情報をクラウドサーバにアップして,同意を得た患者の調剤情報も公開することにより,介護スタッフが利用者が服用している薬の情報を把握できるようにした。医療介護連携ツールには,ID-Linkから処方,調剤,検体検査のデータを同期できる機能を有したものを採用した。これにより,通所介護,訪問介護のスタッフも薬の情報を参照できるようになった。また,市のデータベースから同意を得た利用者の介護認定情報をインポートしているので,認定情報の更新時にケアマネジャーが情報を得るために市役所まで足を運ぶ手間もなくした。

図1 医療介護連携ICTネットワークのシステム概要

図1 医療介護連携ICTネットワークのシステム概要

 

活用事例1:退院調整

急性期病院である当院にとって在院日数短縮は重要な課題であるが,高齢の患者の場合,自宅退院はハードルが高く,退院調整に時間を費やすことが多い。そこで,名寄市では,訪問する職種(ケアマネジャー,地域包括支援センター職員,訪問看護師,訪問薬剤師,訪問リハビリ職)の人数分,および市立病院においても連携スタッフ(患者総合支援センター)のために複数台のタブレットを調達して貸与することとした(図2)。これにより,訪問先から利用者の自宅の状況の写真を投稿したり,病院からも連携スタッフが患者のリハビリテーションの様子を動画で伝えている。情報の視覚化により電話や文章よりも明確に状況を共有できるようになり,医療側と介護側で共通した認識を得やすくなったことで,退院へ向けての課題も明確化された。2021(令和3)年度は介護認定を受けている入院患者のうち,ICT介入した患者についてはICT導入前の前年に比べ退院調整日数が平均8日間短縮され,その結果在院日数も平均9日間短縮できた2)

図2 タブレットを活用する訪問看護師

図2 タブレットを活用する訪問看護師

 

活用事例2:地域連携による重症化予防

慢性疾患のうち,特に入退院を繰り返すことが多い慢性心不全の患者を対象として,当院循環器内科外来と地域(診療所,介護事業所,調剤薬局,訪問歯科)との連携にICTを活用することで,重症化予防に取り組んでいる。まず,当院主催で慢性心不全の勉強会を複数回開催し,特に,介護メンバーが在宅での管理項目や重症化の兆候について学ぶ機会を持った。医師からは,在宅でも計測しやすい「体重の増加」が共通のチェックポイントとして示され,訪問看護や通所介護の現場で継続的に体重を測定しICTに記録している。また外来看護師から受診の目安としてレッドカード(すぐに受診),イエローカード(早めの受診)の基準が明示されたことにより,介護チームもその基準に沿って外来に相談しやすくなり,そこにICTを用いることで時間や相手の都合に気を遣うことがなくなった。最近では利用者に重症化の兆候が見られた場合,躊躇なく受診につなげているため,救急搬送される件数が確実に減少しつつある。

医療介護行政関係者で顔を合わせる場づくり

システムの仕様づくり,運用ルールの検討,ICT導入への合意形成を目的として,市内の医療介護行政関係者が月1回のペースで集まりながら会議,事例検討会,ワークショップを開催した。この取り組みは,本稼働後の現在も定期的に関係者が集まる場として継続している(図3)。
回を重ねるごとにお互いが顔見知りとなって,「医療と介護の間の垣根が低くなった」「チームとしての一体感が生まれるようになってきた」との声も多く聞かれるようになった。
当院のような急性期病院においても,今後単独では存在することは困難で,地域とのかかわりの中で生きていく必要がある。名寄市の地域包括ケアシステムを構築するために着手したICT化であったが,ICTの導入や運用をきっかけとして医療介護行政関係者が集まる機会が生まれ,ICTに限らず地域の課題を話し合う場に発展してきている。このプロセスそのものが地域包括ケアシステムづくりだと感じている3)

図3 定期的に継続している地域連携会議

図3 定期的に継続している地域連携会議

 

●参考文献
1)厚生労働省:地域包括ケアシステム
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/
2)沼田未来実:医療介護ICT連携ツール導入による自宅退院率と在院日数,調整日数の変化について. 自治体病院学会, 2022年11月10日.
3)名寄市あったかICT物語
https://nyhoukatsu01.wixsite.com/nayoroict

 

(もりや きよし)
名寄市立総合病院情報管理センター長兼名寄市健康福祉部地域包括ケアシステム担当参与。2019年まで国立大学法人旭川医科大学医工連携総研講座特任教授。


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