GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021

2021年12月号

GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021 Series 1

【基調講演 2】アルツハイマー病の疾患修飾療法実用化に向けて:分子イメージングとバイオマーカーによる加速

岩坪  威(東京大学大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 神経病理学分野 教授)

岩坪  威(東京大学大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 神経病理学分野 教授)

本講演では,アルツハイマー病における治療法の開発と分子イメージングの役割,今後の展望について述べる。

アルツハイマー病の発症メカニズムと進行過程

アルツハイマー病は,正常な脳には存在しないアミロイドβとタウの2種類のタンパク質の蓄積が関与している。このことから,アミロイドβとタウは,治療や予防の標的分子となりうる。
アルツハイマー病の発症メカニズムが解明される一方で,20世紀後半から治療薬の開発が行われ,多くの治験が実施された。治療薬を大別すると,抗アミロイドβ薬(セクタレーゼ阻害薬,抗アミロイドβ抗体薬など),抗タウ薬,炎症などのほかの機序のものがある。しかしながら,ほとんどの治療薬が第Ⅲ相試験で中止を余儀なくされた。
ところが2021年6月に,抗アミロイドβ抗体薬の「アデュカヌマブ」が米国食品医薬品局(FDA)から迅速承認された。また,「ドナネマブ」は第Ⅱ相試験で良好な成績が得られており注目されている。
図1は,アルツハイマー病の進行過程を,臨床症状,神経細胞の病理,アミロイド病理に分けて示したものである。臨床症状としては,アルツハイマー病になる前段階に,軽度認知障害(MCI)が生じる。アミロイドβは,臨床症状の出る15〜20年前くらいから先行して蓄積し始めていることが近年の研究で明らかになってきた。さらに,最近では,MCIより早期の「プレクリニカルアルツハイマー病」が定義されるようになった。そして,治療薬の治験実施時期も,MCIを含むプレクリニカル期へと移行している。

図1 アルツハイマー病進行の時間経過

図1 アルツハイマー病進行の時間経過

 

アルツハイマー病治療における分子イメージングの貢献

MCIやプレクリニカル期における治療薬の効果判定には,PETなどによる分子イメージングやバイオマーカーを用いて,変化を精密に計測することが必要である。この技術の確立に多大な貢献をしたのが,米国のAlzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)や日本のJ-ADNI研究である。J-ADNI研究では,アミロイドPETの標準的プロトコールが確立された。プレクリニカルアルツハイマー病に対しても,分子イメージングにより診断が可能となったことは,J-ADNI研究の大きな成果である。

抗アミロイドβ抗体薬の開発状況

抗アミロイドβ抗体薬は,血液中にアミロイドβ抗体を投与すると,その一部がblood-brain barrier(BBB)を越えるという性質を基に開発されている。凝集しているアミロイドβに対しては,抗体が結合して貪食・除去を促進するアデュカヌマブ,ドナネマブがある。アデュカヌマブは,第Ⅲ相試験としてEMERGEとENGAGEが行われ,途中での治験中止などの紆余曲折があったものの,前述のとおり2021年6月に迅速承認された。また,ドナネマブは,第Ⅱ相試験で臨床機能の低下を32%抑制したという結果が出ている。アミロイドPETでも高い抑制効果が認められ,タウの蓄積も抑えられている。今後は,プレクリニカルアルツハイマー病に対しての予防治験も予定されている。
新規抗体医薬の治験が成功した要因は,認知症症状完成後(臨床的なアルツハイマー病)だけでなくMCIを含む被験者を対象としたこと,アミロイドPETによりアルツハイマー病ではない被験者を除外できたこと,などが挙げられる。

プレクリニカルアルツハイマー病に対する予防治療

新規抗体医薬の開発が進んだことで,次の目標となるのが,プレクリニカルアルツハイマー病に対する予防治療である。しかし,陽性であっても無症状の被験者を募集することは困難である。そこで,われわれは,日本医療研究開発機構(AMED)の事業として,インターネット上で被験者を募集するプロジェクト「トライアルレディコホート(J-TRC)構築研究」を行っている。本研究では,認知症ではない50〜85歳のボランティアを募り,Webスタディによるリスク評価を行い,さらにオンサイトスタディで採血とアミロイドPETによりアミロイドβのリスク評価を実施した上で,治療薬の治験へと進む。

今後のアルツハイマー病治療の方向性と課題としては,中等度認知症期以降に有効な治療法の開発が求められる。また,米国で迅速承認されたアデュカヌマブについては,最適な対象者に適切に使用されることが重要である。一方,治療の適切な対象となる患者の診断には,アミロイドPETやバイオマーカーが必須である。これらの技術進歩によって,アミロイドβを抑えて発症を予防する「超早期治療」の実現が目前になっている。

 

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