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医療現場に,生産性革命を。─「チームDIGITAL 2.0」が証明した「掛け算のDX」 
住  昌彦(長野市民病院 チームDIGITAL 2.0 エバンジェリスト,血液内科)

2026-8-6

なぜ今,生産性革命が必要か

医療者本来の務めとは何か。患者に向き合い,手を当て,言葉で支えること─そのはずが,現実には電子カルテの前でサマリを書き,紹介状を作成し,記録と格闘する時間が診療時間を侵食し続けている。医療者が本来果たすべき役割と,実際に費やしている時間との乖離は,年々広がるばかりだ。
問題をさらに深刻にするのが2040年問題だ。長野医療圏では2020年から2040年にかけて生産年齢人口が約5万人(30万人→25万人)減少すると見込まれる。医療需要が最大化する一方で,担い手は確実に減っていく。「忙しくなったら人を増やす」従来型の対応はもはや不可能であり,業務プロセスを根本から再設計してテクノロジーにタスクシフトする「生産性革命」が求められている。減少した人員で医療の質を維持するには業務を1.35倍効率化(筆者試算)する必要があり,その解が生成AIの活用だと確信している。

「SecuAiGent」によるセキュアなAI実装

長野市民病院における生成AI活用は,2023年2月に副院長をリーダーとして発足した「チームDIGITAL」から始まった。同年8月には電子カルテと生成AIの接続という先駆的な取り組みを実現し,2025年4月からは私がエバンジェリストとして加わり「チームDIGITAL 2.0」へと進化した。
最初に立ちはだかる壁がセキュリティの問題である。患者の診療情報は「要配慮個人情報」であり,外部サービスにそのまま入力することは許されない。クラウド型の汎用サービスを使えばデータが学習に利用されるリスクもある。この課題を解決するため,ユニリタ社と共創し,Microsoft Azure OpenAI Serviceのプライベートクラウド環境を活用した独自プラットフォーム,SecuAiGentを構築した。
仕組みの核心はデータ連携のアーキテクチャにある。電子カルテのデータウエアハウス(DWH)から,過去の経過記録・検査値・画像読影所見などの診療データをETL(Extract/Transform/Load)ツールで抽出・匿名化した上で,院内専用のAIに連携させる。患者データが外部AI学習に流用されることは一切なく,高い機密性を保ちながら,医師が使い慣れたカルテ端末から直接AIを呼び出せる。操作の学習コストを最小化した点が,院内普及を加速させた大きな要因の一つだ。
この独自生成AIシステムにより,退院サマリの作成時間は従来の平均10分超から30秒~数分へと劇的に短縮された。2025年4月以降の効果測定では,アクティブユーザー111人の実績で年換算5472時間の業務効率化が実証されている。現在稼働するAIアシスタントは50種類を超え,診療情報提供書やレセプト添付の症状詳記を自動草案する「診療文書作成アシスタント」,各部門に最適化された「情報収集アシスタント」,救急搬送時における通院歴の瞬時要約など,臨床の多岐にわたる場面で業務効率化と診療の質向上を同時に実現している。

デジタル・アンバサダーが支える現場主導の展開

どれほど優れたシステムを導入しても,職員が使わなければ意味はない。他施設からも「機能は増えても全職員の日常使いには至っていない」という声をよく耳にする。テクノロジーの実装よりも職員の行動変容を導く方がはるかにハードルが高い─これが私たちの実感だ。
長野市民病院では「現場主導のボトムアップ型」で挑んでいる。医師・看護師・薬剤師・診療放射線技師・事務など多職種から院内公募で集めた「デジタル・アンバサダー」約50名が,2週間ごとのワークショップに集まり,活用アイデアと実践知を持ち寄る(図1)。トップダウンで「このシステムを使いなさい」と命じるのではなく,「自分たちが使いたいものを自分たちで作る」という姿勢が参加者の主体性を引き出している。
最も重要なプロセスが「暗黙知の形式知化」だ。ベテラン医療者が実践してきた業務には効率化のポイントが多数宿っている。しかし,それらは言語化されないまま個人の中にとどまってきた。この「見えない知識」をAIへの指示文であるプロンプトへ落とし込む作業こそが,真の革新につながる。プロンプトが完成した瞬間,個人の暗黙知は院内全体で共有できる「組織の資産」へと昇華し,ワークフロー全体の効率化につながる「掛け算の資産」となる。
推進体制にも工夫がある。私(エバンジェリスト)が現場のニーズを掘り起こし,医療情報の専門家(アクセラレーター)がAI活用の可能性を広げ,情報システム室員(ブリッジ)が実装へつなぐ「クロスリンク構造」により,現場の「困った」を迅速に解決策へ転化できる(図2)。「この書類作成が大変で……」という一言が翌週のワークショップでプロンプト化され,月内にAIアシスタントとして稼働するサイクルが定着しつつある。現場発のアイデアが形になる体験の積み重ねが好循環を生んでおり,普及のカギはテクノロジーよりもこの体験設計にあると確信している。

図1 ワークショップの風景

図1 ワークショップの風景

 

図2 エバンジェリストの価値

図2 エバンジェリストの価値

 

患者説明と地域連携─AIが広げる活用の場

AIの効果は院内業務の効率化にとどまらない。「Gemini」「NotebookLM」「Google AI Studio」(Google社)を組み合わせ,患者向けの病状説明資料やナレーション付き動画を短時間で作成している。最新の医学論文やガイドラインをNotebookLMに読み込んでスライドの骨子を作り,音声生成アプリで解説音声を付けてアニメーション動画へ仕上げる一連のワークフローだ。こうした「動画処方箋」を提供することで,患者は家族と繰り返し視聴でき,治療への理解と納得感が向上する。AIが「作業」を引き受けることで,医療者は共感・傾聴・ケアという医療の本質に時間を回せるようになる。
さらに見据えるのは「地域全体を一つの病院にする」構想だ。2026(令和8)年度の診療報酬改定で推進される2人主治医制において,急性期病院と地域クリニックの連携は不可欠となる。患者向け説明資料や動画をクラウド経由で地域のクリニック・介護施設と共有し,専門医の知見を「情報の架け橋」として地域全体に波及させたい。患者が遠方の基幹病院へ足を運ばずとも,住み慣れた地域で専門性の高い医療情報にアクセスできる─これが生成AIとDXが実現する,新時代の持続可能な地域医療エコシステムの姿だ。

おわりに

AIは「正しく疑い,正しく使う」道具だ。ハルシネーションへの警戒と,最終判断を人間が担う「Human-in-the-Loop」の原則は手放せない。しかし,その前提を守りながら活用を広げれば,限られたマンパワーで医療の質を守り続けることができる。
1人が作ったプロンプトやワークフローを組織・地域全体で共有し,生産性を飛躍的に高める「掛け算の人材」こそが2040年の医療崩壊を防ぐ鍵だ。私はエバンジェリストとして,これからも現場の最前線からAIと共創する医療を実践し続けていく。

 

(すみ まさひこ) 
血液内科医として長野市民病院,東京医科大学病院,飯山赤十字病院に勤務。造血幹細胞移植を専門とする。長野市民病院チームDIGITAL 2.0エバンジェリストとして医療DXの現場推進に携わるほか,ファイナンシャルプランナーの資格を持つ。note「medical AI labo」で生成AI活用を発信中。