innavi net画像とITの医療情報ポータルサイト

ホーム

日本ロボット外科学会理事長 渡邊  剛 氏 
低侵襲治療と第4次産業革命の流れの中でさらなる進化を続けるロボット支援下手術  領域横断の学会による“ライセンス”制度で安心で信頼性の高い手技の提供をめざす

2023-1-30

日本ロボット外科学会理事長 渡邊  剛 氏

一般社団法人日本ロボット外科学会(J-Robo)は,日本におけるロボット外科学の研究発表や知識の交換,連携の場として2008年に設立された。ロボット心臓手術の第一人者で,同学会創設者として初代の理事長を務める渡邊氏に,ロボット支援下手術の黎明期からこれまでの歩みと学会の役割,これからの展望などをインタビューした。

三次元の広い視野と自由度の高い鉗子操作で内視鏡手術をアップデートするロボット支援下手術

─ロボット支援下手術の現在までの歴史についておうかがいします。

手術支援ロボットの開発は,1991年の湾岸戦争をきっかけに大きく進展しました。前線の負傷兵に対する遠隔手術を目的に開発が加速し,その技術を転用してインテュイティブサージカル社が製品化したのが「ダビンチサージカルシステム(以下,ダビンチ)」です。ダビンチは1999年に1号機が完成し,2000年には腹腔鏡手術領域でFDA(米国食品医薬品局)の承認を得ています。最初にロボット支援下手術のターゲットになったのは前立腺です。前立腺は,骨盤の深いところで尿道を取り囲むように位置しており,内視鏡で腫瘍摘出や尿管吻合を行うのは難しい手術でした。ダビンチは三次元の大きな視野で鉗子の自由度も高いことから,米国で急速に広がり今では前立腺手術の8割以上がロボット支援下手術になっています。次に韓国を中心に胃がんや大腸がんなど消化器領域へ適用が広がり,そこから子宮や卵巣などの手術を行う婦人科領域,呼吸器領域などへ拡大しました。

日本では2009年にダビンチが薬事承認を取得して,2012年には前立腺がんの全摘手術が保険適用になりました。2018年には,胃がん,食道がん,直腸がん,肺がん,子宮がんなど12の術式で保険収載され,心臓領域でも弁膜症に対する治療(僧帽弁形成術と三尖弁形成術)が認められるなど適用が広がりました。さらに,2022年度の診療報酬改定では,咽頭・喉頭がんの頭頸部領域,肝切除などに拡大し,一部の術式ではロボット支援下手術による増点も認められました。

─ロボット支援下手術のメリットはどのような点にあるとお考えですか。

ロボット支援下手術の進展は,手術の低侵襲化の流れの中にあります。内視鏡を用いた鏡視下手術によって,開腹や開胸による大きく切る手術から,小切開での患者さんの負担を軽減した手術が可能になりました。鏡視下手術は,腹部外科からあらゆる臓器に広がりましたが,内視鏡を使った手技は制限が多いのも事実です。内視鏡の操作は長い箸を持って豆をつかむような作業ですが,手術支援ロボットでは直接手で豆をつかむような感覚で細かい作業が可能です。さらに,三次元の立体的な視野で目視よりも精緻な画像を見ることができ,細かく精度の高い手術が可能になりました。ロボット支援下手術は,内視鏡の制約を解放して低侵襲治療の精度と臨床的な効果を高めるものだと言えます。

領域横断的な情報共有と安全な手技のための認定制度を提供する日本ロボット外科学会

─日本ロボット外科学会の概要と役割についておうかがいします。

2008年に日本ロボット外科学会を立ち上げて初代理事長に就任しました。学会設立のねらいの一つは,ロボット支援下手術について情報を共有できる領域横断的な組織をつくることです。ロボット支援下手術では“手術支援ロボット”という1つのアイテムをさまざまな診療科が使うわけで,診療科の垣根を越えて知識を得る場が必要だと考えたからです。設立に至るまで,タテのつながりが強い医学界の中で苦労しましたが,幸い先駆的にロボット支援下手術に取り組む多くの外科医の賛同を得てスタートすることができました。これまで年1回,14回の学術集会を開催して,さまざまな診療科のロボット支援下手術の技術を共有し,研鑽の場として治療成績の向上に貢献してきました。

学会のもう一つの目的は,安全なロボット支援下手術のための仕組みづくりです。ロボット支援下手術の技術を磨くには,多くの症例を経験することが大切ですが,従来はロボット支援下手術を行っている先生に弟子入りして経験を積む方法しかありませんでした。そこで,J-Roboが主導して各領域の学会でロボット支援下手術の指導を行う役割(プロクタリング)をつくるお手伝いをしました。また,ロボット支援下手術のライセンス(Robo Doc certificate)を発行(認定)する専門医制度を構築しました。ロボット支援下手術の症例数や術式,論文数などに応じたポイントで,国内B級から国際A級まで4クラスのライセンスを発行しています。現在,J-Roboの会員数は2000名超ですが,専門医を取得しているのが686名,そのうち国内B級が579名となっています。

低侵襲で患者負担の少ない心臓手術を追い求めた結果,ロボット支援下手術にたどりつく

─先生ご自身のロボット支援下手術への取り組みについてお聞かせください。

私自身は心臓外科医として,一貫して患者さんに負担の少ない心臓手術を追究してきました。冠動脈バイパス手術に対する「オフポンプ手術」,「アウェイク手術」など日本初の取り組みや,世界初の「完全内視鏡下冠動脈バイパス手術」を成功させるなど低侵襲手術に取り組んできましたが,その中でたどりついたのがロボット支援下手術です。ダビンチには米国での発売当初から注目していましたが,1.5mmの血管の吻合が可能な精度をめざし心臓バイパス手術が開発の目的の一つとなっていることを知って,わが意を得たりの感を強くしました。その後,米国まで実際の装置を見に行きましたが,ダビンチは低侵襲の心臓手術のためには欠かせないものだと確信しました。しかし,高価で,ましてや保険収載されているわけでもない装置を簡単には導入できません。結果的に2005年に当時教授を務めていた金沢大学と東京医科大学にダビンチを導入しましたが,これも日本初,世界初のチャレンジを続けてきた結果を評価していただいたからです。

その中で,もっと患者さんの役に立ちたいとの思いから2014年に東京都杉並区にニューハート・ワタナベ国際病院を開院しました。心臓血管外科,循環器内科を中心とする病床数44床の専門病院で,ダビンチ手術室のほか,ハイブリッド手術室,カテーテル治療室などをそろえ,年間200件以上のロボット支援下手術を行っています。これは4年連続で世界一の症例数です。その中で,われわれは心臓に対する「キーホール(鍵穴)手術」を行っています。ロボット支援下手術は,鉗子やカメラを挿入するために1円玉大の穴(ホール)を開けて行いますが,心臓手術ではロボットの場合で肋間を3〜5cm程度切開する小切開手術(minimally invasive cardiac surgery:MICS)で行っている施設があります。それでは,ロボットを使うメリットが得られません。キーホール手術には高い技術と経験が必要ですが,患者さんの負担を減らすために積極的に取り組んでいます。

AIやIoTなど第4次産業革命の流れの中でロボット支援下手術のさらなる発展に期待

─手術支援ロボットの技術開発への期待についておうかがいします。

手術支援ロボットはダビンチが先行してきましたが,ここにきて国産も含めてさまざまな企業が参入しています。今後,各社が競合することで,手術支援ロボットがさらに進化,発展することを期待しています。現在の装置は,まだ「遠隔操作型の内視鏡手術装置」であり,「ロボット」という言葉からイメージする機能とは隔たりがあります。しかし,昨今の人工知能(AI)やIoT(Internet of Things)に代表されるような「第4次産業革命」の中にロボット技術は確実に位置付けられており,今後,医療分野でのロボット技術が急速に進展すると確信しています。将来的には,エキスパートの手技を学習してボタンを押すだけでロボットが治療する時代も夢ではないと思っています。

─日本におけるロボット支援下手術のこれからについてはどのようにとらえていますか。

2018年以降,診療報酬改定でロボット支援下手術の適用が拡大するなど評価が高まっていることは間違いありません。また,政府の施策としてヘルスケア領域でのロボット活用に関する多くの研究開発プロジェクトが進められており,国としてのロボット活用への期待も大きくなっています。国産の手術支援ロボットについても,日本には産業用を含めてロボット開発の高い技術力があり,それが生かされるのではと大いに期待しています。なにより,日本は米国に次ぐ手術支援ロボットの導入数があり,J-Roboにも診療科を超えて2000名以上の会員が集まるほどロボット支援下手術に対する熱いマインドがあります。症例数も急速に増えており,治療技術もますます向上していくでしょう。

─ロボット支援下手術のさらなる進展に向けて読者へのメッセージをお願いします。

手術支援ロボットには高額な初期投資が必要で,診療報酬についてもすべての手術で認められているわけではありません。しかし,低侵襲治療の流れの中で,今後,病院にとって標準的な装備になっていくことは間違いないと思います。手術支援ロボットを運用していくには,診療科まかせにするのではなく,病院として院内のさまざまな診療科が利用できるような環境を整えたり,地域や病院間の連携を生かして有効利用できるように支援したりすることが必要です。有効活用できる体制さえ整えられれば,採算ベースに乗せることもできます。なにより最先端のロボットが入ることで,病院スタッフのモチベーションの向上につながり,研修医や若い医師も集まりやすくなるでしょう。ロボットはこれからの病院には欠かせない装置になっていくと思います。

(取材日:2022年11月10日)

 

(わたなべ ごう)
1984年金沢大学医学部卒業。同第一外科入局。1989年6月から1991年12月までドイツ・ハノーバー医科大学心臓血管外科に留学。帰国後,富山医科薬科大学(現・富山大学)医学部助手,講師,助教授を経て,2000年金沢大学医学部外科学第一講座主任教授に就任。2005年から2011年まで東京医科大学心臓外科教授を兼任。2014年ニューハート・ワタナベ国際病院開院,総長に就任。2018年より理事長を兼任。

 

→このコーナーの記事一覧へ

Digital Surgery vision 2023(ITvision 手術支援ロボット 特別号)(2023年1月31日発行)転載
【関連コンテンツ】