画像診断から情報診断へ 
Abierto Cockpitが目指す役割 
橋本 正弘(慶應義塾大学医学部 放射線科(診断))
Session 1 : HIT

2020-5-15


橋本 正弘(慶應義塾大学医学部 放射線科(診断))

慶應義塾大学では,内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の課題の一つである,「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム(AIホスピタルシステム)」の研究開発事業に,AI担当副院長である陣崎雅弘教授が中心となって取り組んでいる。その中で,患者医療情報の統合表示とデータ連携基盤の構築として,キヤノンメディカルシステムズの医療情報ソリューション「Abierto」シリーズを導入し検証を行っている。本講演では,当院のAIホスピタルシステムの概要,放射線科医が求めるAIの現状と課題,検査前確率の精度向上のための統合ビューア「Abierto Cockpit」の活用について述べる。

慶應義塾大学のAIホスピタルシステム

内閣府が進めているAIホスピタルシステム構想では,“自動音声口述筆記によるコミュニケーション支援”“セキュリティの高い医療情報データベースの構築”“ロボット・センサリング”を柱として,最新技術の開発や医療現場への実装を想定した検証が進められている(図1)。当院では,AIホスピタルシステムの実現に向けて,大学,病院,メディカルAIセンターが連携して,AIやICT技術を活用したさまざまな取り組みを行っている。その中で,キヤノンメディカルシステムズのAbiertoを導入して,患者情報の統合表示やデータ連携基盤の構築に向けた検証を行っている。

図1 「AIホスピタルシステム」の3つの柱 (戦略的イノベーション創造プログラムパンフレット2019より引用)

図1 「AIホスピタルシステム」の3つの柱 (戦略的イノベーション創造プログラムパンフレット2019より引用)

 

放射線科分野におけるAI活用の現状

放射線科分野では,2016年頃から画像診断のAI技術の研究が盛んになり,企業による投資も積極的に行われている。論文レベルでは,専門医と遜色ない精度があるとの報告もあり,国内においても臨床で利用可能な製品が発売され,今後も増えることが予想される。放射線科分野でのAI技術としては,現在,頭部の閉塞血管や脳動脈瘤の検出,脳出血や脳虚血部位の領域分割,差分画像による骨転移の検出や,ディープラーニングを応用した画質改善などのシステムが提供または開発されている。

放射線科を取り巻く環境と放射線科医が求めるAI技術

現在の画像検査は,CTの多列化,MR撮像の高速化などモダリティの進化や,各種の診療ガイドラインにCT,MRIが追加されるなど,その役割はますます大きくなっている。それに伴って検査件数は増加し,さらに,診療報酬上の画像診断管理加算2によって,翌診療日までに80%以上の読影が要求されるなど,放射線科医に求められる業務量は増え続けている。人手不足が深刻な放射線科医の負担軽減は,喫緊の課題と言っていいだろう。
画像診断における負担軽減として望まれるのは,“単純で面倒な作業の自動化”である。例えば,MRAの動脈瘤の検索や胸部CTの肺結節探しなどの作業は,細かく単調で集中力が必要であり,これをAIで自動化してほしいと考える放射線科医は多い。
現在,製品化されているAIを見ても,画像から病変を検出するcomputer aided detection(CAD)が中心となっている。CADには,1st Reader型(先にCADが結果を出す),2nd Reader型(先に読影医が画像診断を行う),Concurrent Reader型(CAD結果を参照しながら画像診断を行う)などの分類がある。しかし,厚生労働省の研究班の報告書によると,診断結果の最終責任は当面は読影医にあると結論づけられており,CADでは読影医の負担を本当の意味では軽減できない。例えば,胸部CT読影では,読影医の肺結節検索作業のうち,CADは7割程度はカバーできると考えられるが,見落としも拾いすぎも発生する。読影結果に対する責任が読影医にある状況では,CADが指摘した範囲をダブルチェックする必要があり,期待していたほどの負担軽減にはつながっていないのが現状だ。

検査前確率の精度向上と放射線科医の役割

読影は,“検査前確率”に,オッズ比である“画像所見”を掛け合わせることで成り立っていると言える。
現在のAI(CAD)は,画像データから病変を検出する技術で,画像所見の部分を担うことはできるが,検査前確率の部分を考慮することは難しい。その意味で,画像所見をより精度高く検出できるCADが実用化されれば,放射線科医はさまざまな情報を拾い上げて検査前確率と画像所見を掛け合わせることに集中でき,本来の“Doctor’s Doctor”の仕事にフォーカスできると考えられる。現在の放射線科医は,画像診断管理加算などのプレッシャーの中で,目の前の検査に対して病変検出と鑑別診断の列挙に疲弊しがちだが,画像所見をサポートするAIが普及していくことで,今後は主治医を通して患者のアウトカム向上にも寄与することが期待される。

統合画像ビューワAbierto Cockpit

検査前確率の精度を上げ,さらに患者のアウトカムにかかわるレポートを作成するためには,適切な臨床情報を取得できる環境が重要である。しかし,現在の病院情報システムでは,必要な情報を適切なタイミングで参照できないのが現状だ。それは,電子カルテシステムだけでなく画像情報や生理機能など各部門システムに情報が分散しており,統合的に表示することが難しいからである。
そこで,AIホスピタルシステム事業の“患者医療情報の統合表示基盤”として,Abierto Cockpitを導入した。VNAに保存されているDICOM画像やnon-DICOM画像,各種検査レポートに加え,電子カルテの診療データを併せて参照できるシステムを構築した(図2)。
Abierto Cockpitでは,タイムラインとデータパネルで必要なデータを一覧で表示できる(図3)。時系列データでは,さまざまな時間軸をそろえて表示できるほか,検査データに変化があった時にどんな薬剤を飲んでいたのか,その時に撮ったCT画像などをすぐに表示して参照できる。
Abierto Cockpitの活用に当たっては,画像診断では臨床情報にとらわれない第三者の視点も重要であり,“必ず参照しなければならいないもの”ではない,という点に注意しなければならない。臨床情報に過度に影響されず,客観的な診断を下すことも放射線科医に求められていることを忘れてはならない。

図2 Abierto Cockpit‌を用いた患者医療情報の統合表示および複数病院間のデータ連携基盤

図2 Abierto Cockpit‌を用いた患者医療情報の統合表示および複数病院間のデータ連携基盤

 

図3 Abierto Cockpitの表示画面

図3 Abierto Cockpitの表示画面

 

Abierto Cockpitを支える技術とこれから

Abierto Cockpitの技術的な背景について紹介する。Abierto CockpitはWebアプリケーションとして開発されていることから,クライアントはWebブラウザでよく,PCやタブレットなどでも動作する。データをサーバサイドに持つためバージョンアップが容易で,端末の盗難や紛失などによるデータ漏洩のリスクが少ないことも特長である。
また,医療情報プラットフォームの“InterSystems HaelthShare”,JavaScriptのフレームワークである“Angular”,ウィンドウやフレームの配置などの自由度の高いレイアウトを可能にする“GoldenLayout”が採用されている。InterSystemsのHaelthShareで採用されているCachéは,医療分野では豊富な実績を持つデータベースソフトウエアで,複雑な形式のままデータを格納して高速に取り出せるように工夫されていることが特徴である。また,Abierto Cockpitでは最新のJavaScript ES6を採用していることから,医療機関でも多くのユーザーがいるマイクロソフト社のWebブラウザ“Internet Explorer”がサポート外となるが,パフォーマンスと将来的な技術の発展性を優先した決断は評価できる。
Abierto Cockpitでは,多くの情報を統合的に観察して検査前確率の精度を向上する可能性が示されている。当院で実際に稼働を開始しているが,まだすべての情報が集約できていないため,今後,Abierto Cockpitに表示できるデータを増やしてさらなる検証を進めていきたい。

 

●そのほかのセミナーレポートはこちら(インナビ・アーカイブへ)


【関連コンテンツ】
TOP