拡散MRIの最近のトピック 
神谷 昂平(東邦大学医療センター大森病院 放射線科)
MRI

2021-6-25


神谷 昂平(東邦大学医療センター大森病院 放射線科)

最新のMRIでは,装置の性能向上などに伴い,より高品質かつ高速な撮像が可能となり,従来は不可能だった新たな情報を取得できるようになっている。本講演では,拡散MRIの最近のトピックとして,脳の微細構造(microstructure)の画像化および定量化の手法であるmicrostructure imagingについて述べる。

撮像の高速化がもたらすメリット

図1は拡散MRIの画像であるが,「Vantage Galan 3T」(キヤノンメディカルシステムズ社製)にてb=1000,2000s/mm2,30軸,2mm×2mm×2mm voxel,multi-band factor 2の条件で撮像したところ,撮像時間は6分24秒であった(a)。少し前の世代の装置で,極力条件を近づけて撮像すると16分48秒であり(図1 b),Vantage Galan 3Tでは大幅に撮像時間が短縮している。6分程度であれば臨床現場や研究での使用も現実的になってくると考えられる。
拡散MRIは,米国のHuman Connectome Project(HCP)1)など,ヒト脳研究の領域で広く用いられている。図1に示したような撮像をしておくことで,さまざまな後処理解析が可能となる。例えば,ポピュラーな白質モデルの一つであるNODDIでは,軸索の密度や自由水の推定が可能である2),3)図2 a)。また,主要な神経線維束の自動セグメンテーションなども比較的簡単に行うことができる4)図2 b)。

図1 拡散MRIにおける撮像時間の高速化 a:Vantage Galan 3T b:少し前の世代のMRI装置 (以下,Vantage Galan 3Tのデータはすべて順天堂大学の装置にて撮像)

図1 拡散MRIにおける撮像時間の高速化
a:Vantage Galan 3T b:少し前の世代のMRI装置
(以下,Vantage Galan 3Tのデータはすべて順天堂大学の装置にて撮像)

 

図2 ポピュラーな拡散MRI解析手法 (図1と同一データを使用) a:NODDI2),3) b:拡散トラクトグラフィによる白質セグメンテーション4)

図2 ポピュラーな拡散MRI解析手法
(図1と同一データを使用)
a:NODDI2),3)
b:拡散トラクトグラフィによる白質セグメンテーション4)

 

Microstructure imaging

1.Microstructure imagingの概要
生体組織には何らかの特徴,例えば神経線維密度や腫瘍細胞密度などの特徴があり,それがMRIの信号強度に何らかの形で関係することから,組織の特徴がMRI信号の中にencodeされていると考えられる。つまり,信号は組織の特徴とスキャンパラメータ双方の関数と考えられる。

 S=F(b, t, TE, TR; x)

この時,xは組織の特徴を表すパラメータ(例えば神経線維密度など)である。この意味で,microstructure imagingは,得られた信号からxを求める逆問題,decodingの問題であると言える。

2.Microstructure imagingの課題
逆問題を解くためには,解けるようにデータを取得する必要がある。単純な例として,信号Sと生体組織のパラメータxの関係が単調で,かつ,スキャンパラメータの変化による信号の変動が十分に大きい場合,信号から組織のパラメータを求めることは可能である。しかし例えば,あるSの値を与えるxが複数存在する場合,または,
xが変化してもSが大して変化しないような場合には,信号から組織の特徴を推定することはできない5)
diffusion kurtosis imaging(DKI)は,b値についての二次式で表現されており,その未知数は定数項を含めて3つある。複数のbで撮像して,S(b)曲線にフィッティング処理を行うことで未知数を求めることが行われている。白質モデルの場合には,は2-3コンパートメントモデルが多く用いられるが,その未知数は(方向を別にして)少なくとも5,6個ある。当然ながら,未知数が多いほど推定は難しくなりやすい。そのため,例えばNODDIでは,いくつかの未知数を固定して未知数を3つにまで絞り込んでいる2)。NODDI toolbox内で固定されている拡散係数の1.7μm2/msという値を未知数に戻すと,パラメータ推定が著しく不安定になることが観察できる。これは,前述した2つの原因,(1) あるSの値を与えるxが複数存在する,(2) xの変化に対するSの変化が小さい,によることが示されている6),7)
上記のパラメータ推定の問題を解決するには,取得するデータを増やす,あるいは範囲を広げる必要がある。一つの方向性はb値を大きくする方法である。前述の白質モデルの場合,b値を非常に大きくすると細胞外と自由水の信号が抑制され,細胞内の信号だけが残るため,モデル自体が単純化してくる8)。もう一つは,b値以外の,例えばTEも同時に変化させるといった計測軸を追加する方向がある9),10)。b値だけでなくTEも変えながらNODDIを複数回撮像するようなものである。以前の手法では求められなかった未知数が求められる可能性がある。ただし,撮像時間は延長する。
つまり,microstructure imagingにおいて重要なことは,「異なるmicrostructure=異なるMRI信号」となるようにデータを収集する/できることである。

3.Microstructure imagingの可能性
拡散MRIにおいて,変更可能なパラメータはいくつかあるが,従来行われていたb値の大きさや方向だけでなく,TEやδ,Δなどを変更することで何らかの組織の情報を得られる可能性がある。ただし,装置性能やシーケンスの制約があり,bやTE,Δをまったく自由自在に変更することはできない。この意味で,Vantage Galan 3Tなどの最新の装置では,達成可能なスキャンパラメータの範囲が,現在広く普及しているMRI装置よりも拡大しているというメリットがある。

4.画像提示
図3は,Vantage Galan 3Tで撮像した実際の画像であるが,前述のとおり,b値だけでなくTEも変化させながらNODDI的な撮像を複数回行っている(a)。TEが長くb値が高いものほどノイズの影響が強くなるが,提示している範囲のb-TEでは解析に耐えそうな画像が取得できている。
McKinnonらが報告した手法10)を用いて,軸索内のT2値を計算した(図3 b)。軸索内のT2値を定量できているのだとすれば,神経変性疾患において組織の特徴により特異的に迫れる可能性があり興味深い。

図3 Vantage Galan 3Tにおけるパラメータの設定範囲の拡大 a:b値およびTEを変化させた画像 b:intra-axonal compartmentのT2 10)

図3 Vantage Galan 3Tにおけるパラメータの設定範囲の拡大
a:b値およびTEを変化させた画像
b:intra-axonal compartmentのT2 10)

 

拡散時間の影響

近年,拡散時間が注目されている。ADCはΔに依存して変化する。ADCは水分子の平均的な動きやすさ(変位)を表現したものであり,集合としての平均と,時間方向の平均の2種類の平均化がなされている。集合としての平均とは,「ボクセル内に無数に存在する水分子の集合としての平均」ぐらいの意味である。時間方向の平均とは,経路長と変位の区別を思い出すとわかりやすい。ADCは変位,つまりスタート地点からランダムな動きを繰り返し終点まで到達する移動の総和に関係する。ADCは拡散時間(いわば観測をしている時間の長さ)に依存するため,単一の拡散時間で計測したADCを生体組織の特徴と結びつける場合は注意が必要である11)。逆に言えば,信号あるいはADCの拡散時間依存性を解析することで生体組織の特徴をとらえる試みが,近年脚光を浴びている。
拡散時間依存性によってとらえられる生体組織の特徴の一つとして,軸索の形状が注目されている。軸索の形状は非常に複雑であるが,シミュレーションによってADCを計算する際にその複雑な形状を反映することで,現実にヒトや動物で観察されるような拡散時間依存性が観測されるようになったと報告されている12)。つまり,拡散時間依存性を見ることで,軸索の形状が見られるようになる可能性があると考えられている。
今回,われわれは臨床用3T装置を用いた検討として,Vantage Galan 3Tにてoscillating gradient spin echo(OGSE), pulsed gradient spin echo(PGSE)を用いて撮像を行い,拡散時間依存性の評価を試みた(図4)。内包前脚(ALIC),内包後脚(PLIC),脳梁膝部(GCC),脳梁膨大部(SCC)のいずれにおいても,拡散時間に依存してADCがなだらかに変化していく様子をとらえることができた。これにより,何らかの微細構造に迫っていけるのではないかと期待できる。

図4 Vantage Galan 3Tによる拡散時間の変化に伴うADCの変化

図4 Vantage Galan 3Tによる拡散時間の変化に伴うADCの変化

 

まとめ

HCPで用いられているようなmulti-shellの拡散MRIは,最近の装置であれば数分程度で撮像可能なため,利用しやすくなっている。さらに,より進んだmicrostructure imagingによって,組織の情報をエンコードする方法やスキャンできるパラメータの範囲が拡大し,探索可能な領域が増えていくことが期待される。

* 記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれる場合があります。

●参考文献
1)Human Connectome Project
https://www.humanconnectome.org/
2)Zhang, H., et al., Neuroimage, 61(4) : 1000-1016, 2012.
3)Hernandez-Fernandez, M., et al., Neuroimage, 188 : 598-615, 2019.
4)Wasserthal, J., et al., Neuroimage, 83 : 239-253, 2012.
5)Kiselev, V., et al. Invest. Radiol., 56, 1-9, 2021.
6)Jelescu, I.O., et al. NMR Biomed., 2016; 29(1): 33–47.
7)Novikov, D.S., et al., Neuroimage, 174 : 518-538, 2018.
8)Veraat, J., et al., Neuroimage, 185 : 379-387, 2019.
9)Veraat, J., et al., Neuroimage, 182 : 360-369, 2018.
10)McKinnon, E.T., et al., Magn. Reson. Med., 81(5): 2985-2994, 2019.
11)Tanner, J.E., Biophys. J., 28(1): 107–116, 1979.
12)Andersson, M., Proc. Natl. Acad. Sci USA., 117(52): 33649–33659., 2020.

Vantage Galan 3T
一般的名称:超電導磁石式全身用MR装置
販売名:MR装置 Vantage Galan 3T MRT-3020
認証番号:228ADBZX00066000
類型:Vantage Centurian

 

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