技術解説(キヤノンメディカルシステムズ)

2018年4月号

Abdominal Imagingにおけるモダリティ別技術の到達点

腹部MRIの最新技術紹介─非造影検査での新たな診断情報の提供

中村 嵩之(MRI営業部)

当社は腹部MRI検査において,これまでMRCPなど造影剤を用いない検査で新しい診断の道を開いてきた。また,Time-Spatial Labeling Inversion Pulse(以下,Time-SLIP)を用いた腎動脈の撮像などの非造影MRAは,造影剤を使用できない患者へのアプローチとして高い臨床有用性が示されている。今日,撮像法や解析手法の進化により,形態情報だけでなく,動態や性状をも造影剤を用いずに描出することができるようになり,非造影検査の有用性が拡大しつつある。本稿では,非造影での血流動態イメージングおよび拡散強調画像を用いた定量手法であるintravoxel incoherent motion(以下,IVIM)解析に関して紹介する。

■非造影での血流動態観察を可能とする新しいMRA技術

非造影MRA撮像は,さまざまな手法の開発とともに適応領域を大幅に広げてきた。腹部領域においては,特にASL法を応用したTime-SLIP法により血管を選択して描出することが可能となり,さらに血液の流れを利用した撮像法のため,血流の方向性なども観察できるようになった。しかし,血流動態を把握したい場合,Time-SLIP法は1回の撮像で1つの血流時相しか描出できないため,撮像を複数回繰り返す必要があり検査として非常に困難であった。そこで誕生したのが,ASLとlook-lockerサンプリングを組み合わせた“mASTAR法”である。mASTAR法では一度のラベリングで複数時相のデータを収集できるため(図1 a),1回の撮像で撮像時間を延長することなく血流動態の観察を可能とする(図1 b)。また,近年では,ultrashort TE(以下,UTE)法とASL法やmASTAR法を組み合わせた撮像も用いることが可能となっている。UTE法は,位相エンコード傾斜磁場を用いずにRF 励起パルスのすぐ後からデータ収集を行うため,非常に短いTEでの撮像が可能なシーケンスである。そのため,血流の速い部分や金属の影響による信号低下を抑えることができる。頭部領域ではすでに臨床活用されており,ステントやクリップ留置部の描出向上が報告されている。腹部領域においても,術後のフォローアップなどで同様の適応が期待され,検査適応の幅がさらに広がるものと考えられる(図2)。

図1 mASTAR法のデータ取得方法(a)と腎動脈と門脈の画像例(b)

図1 mASTAR法のデータ取得方法(a)と腎動脈と門脈の画像例(b)

 

図2 UTE法を用いた腎動脈の画像

図2 UTE法を用いた腎動脈の画像

 

■新しい可能性を導くIVIM解析

IVIM解析は,拡散強調画像を用いて灌流の情報を観察可能にする解析である。体内の水分子の動きは,大きな血管内の動き(以下,coherent motion),すなわち一定の方向への動きと,ランダムな動き(以下,incoherent motion)がある。さらに,incoherent motionは毛細血管内の流れ(以下,perfusion)と細胞内や細胞外間質での拡散(以下,diffusion)に分けられる。通常使用する拡散強調画像では,perfusionの影響を無視するために高いb値での拡散強調画像を用いて,見かけの拡散係数(以下,ADC)をmono-exponential model(図3 a)で算出する。しかしながら,incoherent motionを分離して考えた場合,b値が低い部分(200s/mm2以下)ではperfusion,b値が高い部分(200〜1000s/mm2以上)ではdiffusionによって信号低下が生じると考えられる。そこで,これらを考慮するモデルとして,減衰曲線をbi-exponential model(図3 b)やstretched model(図3 c)で近似する手法が用いられる。前者は,真の拡散係数D,灌流を拡散と見なした疑似拡散係数D*,ボクセルから得られる信号のうち灌流として働く水分子の割合fが定義され,後者は,水分子拡散状態の不均一性を表すα,およびdistributed diffusion coefficient(DDC)が定義される。

図3 VitreaにおけるIVIM解析モデル

図3 VitreaにおけるIVIM解析モデル

 

IVIM解析には,複数のb値で撮像した拡散強調画像が必要である。臨床活用においては,撮像時間や値の再現性,安定した画像の取得などの課題がある。しかし今日,複数のスライスを同時に取得可能な“MultiBand SPEEDER”の登場により,短時間により多くの断面の撮像が可能となっている(図4)。
さらに,横隔膜同期法と組み合わせることで,呼気の短い時間の間に複数の断面を撮像することが可能となり,IVIM解析の臨床適応がより現実的なものになりつつある。

図4 MultiBand SPEEDER 撮像時間の短縮や撮像スライス枚数を増やすことができる。

図4 MultiBand SPEEDER
撮像時間の短縮や撮像スライス枚数を増やすことができる。

 

また,データ解析手法も非常に重要である。通常使用される最小2乗法によるフィッティングでは,呼吸の影響やSNRの問題などにより信号値がバラつき,正確なフィッティングカーブを得ることが難しく,安定した結果が得られないことがある。当社のマルチモダリティワークステーションである「Vitrea」には,世界で初めてFDA Clearanceを受けたOlea Medical社製のIVIM解析アプリケーションが搭載されており,ベイズ確率に基づき,観察事象から推定事象を確率的に推論するベイズ推定法を用いることで,安定したロバスト性の高い結果が得られる(図5)。解析手法としてmono-exponential modelやbi-exponential modelだけでなく,stretched modelも用いることができ(図6),各モデルに基づくcomputed DWIの作成も可能である。
IVIM解析を用いた臨床有用例は数多く報告されている。例えば,肝線維症では肝臓のperfusionが減少するため,D*が有用な指標となる1)。また,肝細胞がんではDと組織学的悪性度とが相関することがわかっており,高悪性度肝細胞がんと低悪性度肝細胞がんの鑑別においては,ADCよりもDの方が良好な診断指標となることが示されている2)。さらに今日,IVIM解析を用いて,機械的な振動子を用いずにMRエラストグラフィの情報が得られる可能性3)も示唆されており,IVIM解析における新しい期待が高まりつつある。

図5 ベイズ推定法を用いたbi-exponential modelでのフィッティング例 ― あるピクセルにおける各b値の拡散強調画像における信号強度 ― フィッティング結果

図5 ベイズ推定法を用いたbi-exponential modelでのフィッティング例
― あるピクセルにおける各b値の拡散強調画像における信号強度
― フィッティング結果

 

図6 VitreaでのIVIM解析画面 フィッティングモデルとして,mono-exponential model,bi-exponential model,stretched modelを選択できる。

図6 VitreaでのIVIM解析画面
フィッティングモデルとして,mono-exponential model,bi-exponential model,stretched modelを選択できる。

 

今回,非侵襲的に腹部領域の臨床情報を得る方法として,新たな非造影MRA およびIVIM解析に関して紹介した。アイデア一つで,非造影で得られる情報は数多くある。Vitreaにおいては,IVIM解析のほかにT2mappingによる鉄沈着の解析や脂肪含有率の定量解析などが可能であり,解析手法によってもさらに新しい知見が広がるかもしれない。MRIは,さまざまなモダリティの中でも非造影でさまざまな情報が得られる装置であり,今後もMRIの可能性を最大限に活用していきたい。

●参考文献
1)Le Bihan, D., Breton, E., Lallemand, D., et al. :
Separation of diffusion and perfusion in intravoxel incoherent motion MR imaging. Radiology, 168・2, 497〜505, 1988.
2)Woo, S., Lee, J.M., Yoon, J.H., et al. : Intravoxel incoherent motion diffusion-weighted MR imaging of hepatocellular carcinoma ; Correlation with enhancement degree and histologic grade. Radiology, 270・3, 758〜767, 2014.
3)Le Bihan, D., Ichikawa, S., Motosugi, U. : Diffusion and Intravoxel Incoherent Motion MR Imaging-based Virtual Elastography ; A Hypothesis-generating Study in the Liver. Radiology, 285・2, 609〜619, 2017.

 

●問い合わせ先
キヤノンメディカルシステムズ(株)
広報室
TEL 0287-26-5100
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